天下分け目の号令
クリスとダンの案内で、私達は前線基地を一望できる高台に移動した。
眼下を一瞥しただけで相当人数が集まっているのが分かるが、お世辞にも統制が取れているとは言い難い混沌とした印象だ。
そこには設置された天幕が立ち並び、私達はその一つに入った。
内部には折りたたみの机と椅子が複数置いてあり、どうやらここが臨時の会議室となっているようだ。
「現状、こちらは寄せ集めではありますが、概算で二千人ほどの人員を動員しております。対して、敵方ローレンツ公爵家の私設軍隊は先鋭約五千人。通常ならば、数でも練度でも、勝ち目はないでしょう」
クリス王女は冷静に現状を分析する。
「しかし……全ての面で不利、という訳ではありません」
彼女はダンに目配せする。
「うむ、まず、潜入中のスパイからの情報では、敵方の士気は最底辺まで下がっているとの事だ」
「そうなの?」
「現在、敵軍の名目上の総指揮を取っているのが、嫡男のケイン・ローレンツ。公爵家の後継者と見なされているが、全く人望が無い下劣な品性の持ち主で、実質の指揮を取っているエイベル・アトラクタ並びにその配下からは蛇蝎のごとく嫌われている」
……筆頭公爵家なのに、まともな人材いないのかなぁ……?
「無意味に血統を過大評価した結果です。その挙句、お家存亡の危機であるというのに縁故関係を優先する始末……有事がなくとも自然に瓦解していたでしょう」
「はっ!違いない。そういう腐った連中は、被害が拡大する前に、さっさと引導を渡すに限るな!」
クリスの呆れ気味なコメントにアリスお姉さんも同意している。
「加えて、相手は訓練されたプロの軍隊ではあるが、実戦経験は野盗討伐程度の小規模戦のみ。それに対し、こちらには、百戦錬磨の冒険者ギルドのトップランカーが覆面で多数参加している。彼らの実力と経験ならば、数の不利は十分補ってくれる」
ダンの想定にアリスお姉さんも頷く。
「その上、こちらには、戦略レベルの戦闘力を秘めているアリス嬢もいるとなると、勝算は十分過ぎる程に高いな。さらに相手はピンチとなっても、脛に傷を抱えている以上、国に救援要請を出す事もできない……完全に命運は尽きているな!」
アリスお姉さんはくつろいだ様子で豪快に笑い飛ばした。
「まぁ、そうなんですよね……ただ、不安材料がない訳でもないんですが……」
「懸念点があるのか?」
「ええ……愚弟が敵に対抗する為になりふり構わず人員を招集したのですが……流石に雑多過ぎるのです」
クリス王女はため息混じりに愚痴を零した。
「確かに、敵の軍隊に対抗する為にある程度の数をかき集める必要はありましたし、短期間で成し遂げた手腕はむしろ褒めるべきでしょう。しかし、同時に、それ自体が不安材料でもあります」
「ならず者でも混じっているのかい?」
彼女は自分の風体を棚に上げて言う。
「単純に金目当てであったなら、まだ良いのだが……現状の不安要素は最も多くの人員を投入しているのが、民権組織“自由の翼”である事だ」
「他にも“ロイヤル・ハンド”や“マジカル・ビーナス・ファンクラブ”からも多数参加していますが、数でも練度でも彼らに対抗できるレベルではないのです」
「ああ……なるほど。要は、何時味方が敵に反転するか分かった物ではないという事か」
「そういう事です……しかも、王位に執着がない愚弟は恐らく『この場を混乱させればいい』くらいにしか考えてないでしょう……しかし、それでは敵対勢力に何らかの隠し球があった場合に取り返しのつかない事態になりかねません」
クリス王女は深い溜息を吐いた。
「状況は理解した。しかし、話を聞く限り今更どうこう言っても始まらないな。不安に足を取られて勝たなければならない戦で最大のチャンスを捨てる方が、どうかしている」
アリスお姉さんの言葉にダンも同意する。
「その通り。戦わずして、この国の負の連鎖を断つ機会は無い。未来の為にも、悪の温床であるローレンツ家は、今、ここで滅ぼす!」
ダンは毅然とした表情で強く言い切り、クリス王女は彼の手を握りしめ、二人は見つめあった。
二人の様子にアリスお姉さんはニッコリ微笑んだ。
「うんうん!やはり、新しい時代を切り開くのは、あんた達のような若者であるべきだ!誠に尊い!あたしも全力で応援するよ!」
私はアリスお姉さんとは出会ったばかりで、彼女の人柄も素性も良く分からなかったが、この時の言葉と表情には、一切の嘘はない、と感じた。
□
私は、クリスとダンに導かれて、さらに山道を登り、敵の砦が見渡せる場所に到達した。
そこは高見台のような、簡素な施設だった。
ここから見える隠し砦は周囲を山脈に囲まれた天然の要塞だ。
外観の印象は、防壁で覆われたマリナー王朝時代の遺跡だが、現状、ローレンツ家は内部を魔改造して、今では王国における巨悪の総本山と化している。
リオン王子は完全武装状態でもって陣頭に立ち、敵陣を睨みつけている。
自陣の大多数である民権組織からの応援部隊は前線に緊張気味に立っていて、若干顔色が青い。
反面、学園の講師マック・ガイダンスらしき仮面の戦士が率いる覆面冒険者集団は戦いの始まりをワクワクしながら待っている。
後方では、マイクル率いる攻略メンバーが、支援部隊に混じって忙しそうに作業していた。
彼とクリス王女による呼びかけの結果、メインキャラ全員この場にいるようだ。
その人波の合間を新聞部員のサンドラが、ちょこまかと動き回り、世紀の一戦を精力的に取材しているみたい。
「姫様ー!!」
高見台に重武装で身を包んだ侯爵令嬢ナンシーが駆けつけた。
「そろそろ、突入の予定時刻ですわ。それに先駆け、まずリオン殿下による降伏勧告を行います。そして敵がこれに従わなかった場合、先制でアリス様の攻撃を数発おみまいしたいのですわー」
「事前の打ち合わせでは、これを合戦の開始の合図とする手筈となっている。お願いできるだろうか?」
私は彼らの要望に頷きで返し、私は前に踏み出す。
背後から、アリスお姉さんが声を掛けた。
「先制攻撃が始まったら、奴らは、こっちにも刺客を送り込んで来るだろう。だが、ここは、あたしらが完全にガードする。だから、思う存分、ぶっ放しな!」
彼女は力強くサムズアップして、横のVB少年も何度も首を縦に振る。
私は振り返り戦場を見ると、リオン王子がお立ち台に登り、拡声魔道具を手に持ち、良く通る声で敵方へ最終通告を始めた。
「立て籠もっている者どもに告ぐ!我々は、国家に仇なし、民を不当に搾取するローレンツ一族を逆賊として討つ正義の義士である!このまま悪に加担するならば、今から容赦無く裁きの鉄槌を食らわす!だが、まだ良心が欠片でも残っているのならば、大人しく門を開き、投降せよ!!」
リオン王太子のこの呼びかけに、砦の中は目に見えて動揺し、辺りは騒然となった。
そして、そのざわめきの中、正面の防壁上の通路に一人の人物が現れる。
鎧の装飾から推察すると、実質上の現場指揮官のエイベル・アトラクタだろう。
武勇に優れ、文武両道と名高く、若くして私軍の頂点に抜擢された人物ではあるが、その顔色は土気色で、見るからに消耗しているように見える。
「殿下……貴方こそ、ローレンツ公爵様の後援で王太子の座を得たにも関わらず、その恩に背き、安易に国に動乱を呼び込まれて良いと思っているのですか!我が先鋭は、そのような寄せ集めの雑兵に倒される程弱くはない!」
彼は、言葉こそ勇ましいが、その目線は迷いで宙で彷徨い、内心で小さくない逡巡があるのが明らかだ。
「はっ!」
リオン王子は、この発言を一笑に付した。
「だから、目の前にある巨悪を見逃せと?バカなことを!道理には限度というものがある!恩義とは思考停止で悪を容認する免罪符ではない!」
リオンは持っていた槍の柄で地面を突く。
「罪は罰せねばならん!」
彼はエイベルを力強く指差す。
「主人の過ちを正すことなく、沈みゆく大船にしがみ付く――忠義と怠惰を履き違えた愚かな追従者共よ!民衆の怒り、今こそ思い知るがいい!!!」
リオンが飛ばした檄は、先ほどまで不安な状態であった自軍を奮い立たせる。
それはこの場にいる全員が何となく抱いていたモヤモヤを言語化し、聞いた者全てに進むべき明確な方向性をはっきりと指し示した。
そして、敵方には……大義名分が自軍に無いと思い知らされ、その士気はさらに下がった。
リオン王子の大立ち回りに、私の周囲も好反応を示す。
ダンとアリスお姉さんは腕を組んでウンウン頷き、クリス王女も弟の成長に感無量のようで、若干涙ぐんでいる……
「くぅ〜〜、推しキャラの未公開イベントを回収……これぞメイン役得!」
……と、思ったら違った。
お立ち台の上のリオンは、おもむろに懐から何かを取り出す。
それは……マジカルサインだった。
彼は場違いな可愛い女児向けグッズを頭上高く掲げ、魔力を込め、七色に輝かせる。
防壁上のエイベルは突然の王子の奇行を訝しげ、周囲の兵士は微かに嘲りの表情を浮かべた。
「アリス様、合図でございます!敵陣へ攻撃を!」
ナンシーの呼びかけに、我に返った私は、ワンドを手に持ち、敵陣を睨みつつコマンドを選択する。
「メテオ☆シャワー!!」
私の言葉によって、砦の上空から、聖なる星の雨が降り注ぐ。
防壁の内側は、星型のパーティクルで眩い光に満ち溢れ、兵士達は思わぬ奇襲に、一転パニック状態になる。
私はすかさず第二の攻撃を放つ。
「スター☆バースト!!!」
一切遠慮をしない最大出力のビームは、砦を守る強固な壁を直撃し、要塞全体を激しく揺らした。
防壁上で立っていたエイベルは、この攻撃で大きく体勢を崩し、慌てて砦の奥へと引っ込んだ。
やがて、正門が開かれると、武器を構え、整列した騎兵隊が姿を現し、こちらに向かって駆けて来る。
敵は籠城は不利と判断した様で、降伏勧告は拒否するようだ。
「応戦せよ!!」
リオン王子の号令によって、左右の部隊が一斉に動き出す。
天下分け目の決戦の幕が切って落とされた。




