「バーニィは、そんなこと言わない」
「へぇ……あんたも“アリス”っていうんだ」
謎の武闘家少年に助けられた私は彼と協力して、ならず者集団を全員木に吊し上げた。
一息吐いた頃合いで、少年の縁者と思われる女性が現れた。
彼女も少年と同系統の意匠の黒いハンター風衣装に身を包んでいる所から、彼の家族か仲間のようだ。
第一印象はフード付きのマントを羽織って強者感を漂わせた頼れる姉御って感じ。
背中に背負ったボウガンの使い込み具合からも、その熟練度の高さが窺える。
お姉さんの名前も“アリス”と言うらしい。
「俺っちは……みんな“VB”って呼んでる」
武闘家少年ことVB君は、さっきの剛気はどこに行ったのか、顔を真っ赤にしたまま、アリスお姉さんの後ろでモジモジしている。
「そうなんだー。ところで、貴方達って、もしかすると……」
私がそう言うと、二人は若干警戒気味に身を固くした。
「賞金稼ぎの人かな?」
私は首を傾げ、そう言った。
見た目や言動から考えると、裏社会系の人にしか見えない。
この見立てに私は、かなり自信を持って言った。
二人は数秒間の沈黙の後、俯き加減に呟いた。
「うーん……だいたいあってる?……まぁ、やってる事は同じかも……」
「あー、やっぱり?そうだと思ったんだー」
推測が当たって、思わず得意気に微笑んだ私を見て、お姉さんは「……まぁ、怖がられるよりいいか……」と、苦笑した。
「賞金とか一度も貰った事ない……」
「子供に大金持たせてもロクなことがない。こっちで管理してるよ」
VB少年のぼやきをアリスお姉さんは厳しい態度で制し、少年はションボリする。
子供がお年玉とかで大金を貰うと、親が貯金する名目で取り上げる話は良く聞くけど……こういう場合、本当に貯金しているか、知らない間に使い込んでいるか、割と五分五分だよね……。
私がうっかりそんな内容を口から漏らすと、VB少年はショックのあまり泣きそうな顔で震えながらアリスお姉さんを見つめた。
「ちゃんと信託基金に預けてるから!元本保証で手堅く資産運用してるから!利回りも悪くないから!成人時か引退時に通帳渡すから!あー、もう!!」
アリスお姉さんは必死の形相でVB少年をハグして宥めた。
荒くれ者だと思ってたけど、お尋ね者相手の仕事でも地に足がついていて、ちゃんとしてるんだね……余計なこと言ってごめんなさい。
「さて……我々のチームも、げ……いやクライアントからの依頼を受けて、あんた同様に皇子救出とローレンツ家の討伐を目的として行動している」
アリスお姉さんは、腕を組んで言った。
「仲間は既に、敵の拠点に到着して活動しているが、皇子の所在によっては、任務に支障が出る可能性がある。彼の安否の確認は重要な事項だ」
なるほど……確かに、帝国の皇子を盾にされたら、こちらは下手に出るしかない。
……しかし、
「ただ、我々は、こっちに殿下がいる可能性は低いと見ている」
うん……私もそう思う……。
多分、この人質引き渡しは、私、アリス・イシュタールの身柄を確保する為の見え透いた罠なのだろう。
だが、万に一つでも、本当に相手方が人質の引き渡しをする気があるのなら、それを無視する訳にはいかない。
私は二人と指定された場所で集合する旨を確認した後、再びスクーターの形態になったプルマに搭乗して、指定された場所であるブルーツリーフィールドへ向かった。
□
その後は特に妨害もなく、何とか指定された時刻の前に、目的地に到着した。
深い森に囲まれた平野には既に幌付きの馬車数台と怪しい一団が待ち構えていた。
私はスクーターから降り、彼らと対峙する。
「アリス・イシュタールか?」
私は無言で頷く。
「人質は?」
私が問うと、馬車から、拘束されたバーナードが連れ出された。
婚約者のやつれた姿に一瞬ビクッとなる。
バーナードは弱々しい様子で息も絶え絶えに言う。
「アリス……来てはいけない……早く逃げるんだ……!」
その様を見て……私は深い溜息を吐いて首を横に振った。
……こいつら、全然分かってない。
緊張していたが、心底冷めてしまい、相手方に言い放つ。
「バーニィは、そんなこと言わない」
「はぁっ?」
本物のバーナードは……そんな、普通のヒーローみたいな事は言わない……。
絶対に、言わない……!
「言わないんだよぉぉぉ――!!」
彼は決して、見た目通りの儚げな深窓の貴公子ではない。
実際のバーナードは……もっと恐ろしい……
名状し難い“何か”なんだよ……!
「本物の彼なら、こんな時は、こう言うね!『アリスが敵を蹂躙している所が、見たいなー』って」
「はぁぁぁーー???」
敵は私の言葉が予想外すぎて理解不能なのか、目を白黒させている。
「メテオ☆シャワー!!」
彼らの頭上にキラキラした星の雨が降り注ぐ。
この攻撃は、広範囲に聖属性のパーティクルが無差別に降り注ぎ、範囲内にいる者のバフや状態異常を解除してデフォルトに戻し、さらに敵対している対象のカルマ値がマイナスの場合、その値に応じてダメージを与える……らしい。
「ぐわぁぁぁあああ!!」
見るからに悪人の集団は逃げる間も無く瀕死に追い込まれていく。
偽バーナードも幻術が剥げて素顔が露わになっていた。
「こんなの、聞いてないっ……!」
……少し貧相な魔術師風のおじさんだった。
君らの敗因は……バーナードの腹黒を見抜けなかった事だよ……。
「やはり偽物か……どうやら本物は隠し砦の方にいるようだ」
アリスお姉さんは、応援を呼んでくれたのか、武装小隊と共に現れて、壊滅状態の敵を制圧した。
彼女はかなり仕事の出来る人のようで、テキパキと配下に的確な指示を飛ばして、あっという間に悪漢集団を片付け終えた。
「今、砦の方に同志が潜入している最中で、我々もこれから駆けつけて応援に向かうつもりだ」
アリスお姉さんは、気難しいラーメン屋のように腕を組んでこちらを見つめる。
「出来れば……一緒に来て貰えないだろうか?ローレンツ公爵は私設軍隊を砦に集結させている。是非とも、その対集団戦で威力を発揮する不可思議な力を貸して欲しい」
私は迷う事なく、サムズアップした。
「いいよー!」
どっちみち打ち合わせでは、そこでクリス王女達と合流する手筈であった。
頼れる味方はいくらいてもいいだろう。
私は再び、スクーターに乗り、次の目的地である隠し砦へ移動を開始した。
そして、アリスお姉さんとVB少年の二人は高速な忍者走りで、ぴったり背後に付いてきている。
……。
私が知らないだけで、この世界にも強者っているんだなー……。
□
一時間ほどで、事前の計画通りである隠し砦の手前まで到着した。
予定ではリオン王子とクリス王女が共同で即席の前線基地を設置し、攻め込む準備をしている筈だ。
私が基地に近づくと、クリスとダンが駆け寄ってきた。
「来ましたね。無事で何よりです」
「バーナード殿の姿が見えないと言うことは……やはり、人質云々は罠であったか」
プルマはスクーター状態から普段の大きさに復帰して、私の肩にしがみついた。
私達は、お互いの無事を確認して、ホッと胸をなでおろした。
「ところで……そちらの方々は?初めて御目に掛かる方ですが……?」
クリス王女は警戒気味に、アリスお姉さんとVB少年の方を見る。
傍のダンは突然現れた強者二人を前に無言のまま若干緊張気味だ。
私は二人を紹介した……と言っても、私も初対面で良く知らないけど。
「我々もローレンツ家の討伐を目的として派遣されている者だ。無条件で信用しろ、とは言わないが、可能な限り全力で加勢する」
「そうですか……まぁ、こちらは既に闇鍋状態ですので、今更、不透明度の高い方が二、三人加わった所で変わらないですね……では案内しましょう」