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見せかけの恋を信じて……――ハリーの視点

 “七冥”の面々は、ローレンツ家の嫡男ケインと、その一味を容易く拘束し、場の空気は一気に和やかになった。


 リーダーらしき男ラルフはニヤニヤ笑いながらメイド衣装で不機嫌そうなサラに話しかける。

「いい格好だな。ずっとそのままでもいいんじゃないか?」

「頭かち割るわよ」

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよなぁ」

「冗談なんて言ってないけど?」

「はぁー、少しは丸くなったかと思ったら……変わんねぇなぁー」

「……着替えてくるわ」

 サラは冷たい目のまま、こちらを見向きもせずに、彼らの配下が確保した部屋に入っていった。


 ラルフは、気遣うような口調で俺に話しかけてきた。

「兄さんも大変だな……若いのに。こんな災難に巻き込んじまって、悪いな……」

「あ……いえ……こちらこそ、助けていただき、有難うございます!」

 俺は相手の傷だらけの強面にビビりながらも、礼をする。

「まぁ、それは別にいいってこった。こっちは任務でやってるだけだ。それより……」

 彼はおもむろに傷だらけの顔を近づけて囁く。

「アイツとはちゃんとトコトン話し合った方がいいぞ。二人とも全然納得してる顔じゃないしな。次のフェーズまで時間はある。腹を割ってきっちり話し合っておけよ」

 俺が恐ろしい顔面の迫力と温情溢れる言葉のギャップに困惑していると、控え室からサラが出てきた。

 全身黒のベール付きの修道服のような短いジャンプスーツに、膝上まであるロングブーツを履いた、見るからに戦う尼僧といった出で立ちだった。


 彼女はリーダーの勧めに、最初は難色を示していたが、最終的には説得を受け入れ、俺は彼女と二人っきりで話をする時間を得た。



 俺とサラは、最小限の応接セットが置いてある小部屋で二人きりとなって、向かい合って座っている。

「サラ、君は……いや、スワップ……守護聖人様と呼ぶべきか……?」

「どれも本名じゃないわ。お好きな方でどうぞ」

 しかし、真実を知るせっかくの機会だというのに、部屋の空気も、俺の口も、酷く重かった。


「意外だったわね……あなたが内偵だったなんて……」

 先に言葉を発したのは彼女の方だった。

「君程じゃないよ。それにしても……何故、潜入任務で、あれほど派手に動いたんだ?」

「あら、目立たない方が却って危険なのよ。如何にも私隠れてますって風じゃ、逆に怪しまれて目を付けられやすいから、あれくらい派手に動いた方が、やり易いの……あなただって、そうでしょう?」

 それは、確かだ。

 訓練でも常に自然体であることは求められている。

 しかし、

「それにしても、派手に動きすぎている。ましてや、学園の人気者やチア部のキャプテンまでやる必然性はないだろう」

 この問いに彼女は無言のままだった。


「……君は本当に異端審問官なのか?」

「そうよ」

「じゃあ、サラ・エンジェルは実在しないのか?」

「んー……存在はしていたわ。数年前まではね」

「えっ……?」


「エンジェル家の令嬢サラは難病を患っていて、生まれてから殆ど寝たきりのまま領地の生家で闘病生活を過ごしていたの」

 彼女は遠い目で話を始める。


「エンジェル伯爵夫妻は長い間待望して、やっと授かった我が子を救おうと必死で看病していたけど……その願いも虚しく、彼女は十二歳の時に儚くなったの。でも、夫妻は……特に母親である夫人は、その早すぎる少女の死を受け入れられなかった……娘は昏睡状態で眠っているだけだと、そう言い張って彼女の側を離れようとしなかった……」

 サラは深い溜息を吐いた。

「結局エンジェル伯爵は、夫人を薬で眠らせている間に、手飼いの錬金術師に依頼して、娘の死体に防腐処置を施し、その死を隠蔽したの……」

「それは……」


 それは、確実に禁忌だ。


「ええ……どんな理由があっても、戸籍を管理している聖教会に対して生死を偽装するのは許されない罪……でも、伯爵は愛娘を失って心が壊れた夫人の為に、全てを理解した上で禁忌に手を出したの」

 今まで予想だにしていなかった重い真実を前に、俺は沈黙するしかなかった。


「夫人は娘の死という現実を直視することなく、二度と目覚める事のない我が子の看病をしつづけ……その翌年に後を追うように亡くなった……」


 部屋に暫しの間沈黙が支配する。


「エンジェル伯爵は……奥方の葬儀の後、聖教会に単身出頭して、司祭に事の次第を全て打ち明け罪を告解をし……領地の為に責任を取るべく自らの命を絶つ覚悟だった。でも司祭の説得で何とか思いとどまったの。この一件は、聖教会の総本部に伝達され、最終的に聖教皇預かりとし、一切が極秘事項となり、伯爵の処分は保留、表向きは娘の療養の為に、父子二人は祖父がいる他国へ一時移住した事になった」

「何故だ?どうして聖教皇が幼い伯爵令嬢の死を、そこまで重要視した?」

「さぁ?猊下の深謀遠慮は凡人には窺い知れないこと……何らかの深いお考えがあったのでしょう」


 ホライズンズ聖教国の主であり、この世界の最高権力者の一人である聖教皇。

 その思惑と行動は謎に満ちており、歴代の聖教皇は不可解すぎる事件を度々巻き起こしている。

 直属の守護聖人ですら理解出来ないのなら、一般人に毛が生えた程度の俺に分かる訳がない。


「そして、その後、私に任務が与えられたの。『サラ・エンジェル伯爵令嬢として、セレスティアル学園に潜入し、この国の未来の王となる者を見極めよ』と」

「未来の王……?リオン殿下のことか?」

「ふふ……彼は複数いる候補者の一人に過ぎないわ」

「えっ!?」

「猊下が指名された候補者は、リオン、クリスティーン……それと、ダン・スターマンとマイクル・スミス」

「待て、クリスティーン王女はともかく……他の二人は平民じゃないか!」

 彼女は少し大げさに肩を竦める。

「猊下の今の王家に対する信用度は、そこまで下がった……という事でしょう」


 以前、彼女とカフェテリアで交わした会話が脳裏に蘇る。


 ――『民衆の洞察は賢者の叡智に勝る』と、お爺様が言ってましたわ。


 今になって、その言葉の真意を理解した。


 現国王の兄上で王太子だったユリシーズ様の行方不明と国王交代劇にはローレンツ公爵が手を下したと、国民の誰もが確信を持って疑っている。

 王太子が議会制の導入に前向きな考えを察知した結果では、と。


 この大陸において、王族の婚姻と王位継承には、聖教皇による“祝福”と言う名の承認が必須だ。

 しかも、その基準は厳しく、社会的な正当性が怪しい場合、しばしばメシア教の教えに法って拒否されてきた。


 自らの都合で、国王の首をすげ替えた上に、聖教皇の承認が不必要な側室を国王代理に押し付け、正式の祝福をなされた敬虔な信徒のクラリス妃を離宮に追いやったローレンツ家の無軌道な行い。

 加えて、その非道を黙認した大多数の貴族は、絶対的な最高権力者の不興を買うには十分すぎるだろう。


「……王家の力量によっては、完全な民主化を支持する……というのか?」

「当然それも視野に入っておられるでしょう。どの候補者が王になったとしても、ローレンツ家の断罪は決定事項でした」


 彼女が言っている事はホライズンズ聖教国による明らかな内政干渉だが、七冥の態度からしても、外交におけるデリケートな配慮など素振りすら見せない。

 それだけ、ローレンツ家の振る舞いに聖教皇の忍耐も限界だったのだろう。



「それで、話を戻すと……任務を受けてから、伯爵令嬢として活動する為の準備が始まったんだけど……」

 彼女の口調に微かな逡巡が混じる。

「その中の資料に……彼女の……サラ・エンジェルの日記があったの」

「日記?」

「ええ……貴方、想像できる?体の弱い、寝たきりの少女がどんな気持ちで毎日を過ごしていたか?少なくとも、私は読むまでは何一つ分からなかった」

「全く分からないな……我が身の不幸を嘆くとか……家族に申し訳ないとか……健康な人間を羨んだり妬んだり……とか?」

「そうね。そういう事も勿論書いてあったわ……でも、大部分はとっても前向きな夢の話が殆どだった。元気になったら何がしたいかって、希望に満ちた言葉が沢山書かれていたの」

 彼女は遠い目で彼方を見つめる。

「以前猊下は仰っていた『どんなに強い人間でも絶望を抱えたまま生きられない、弱い存在だ』と……」

 今まで、特に大きい病気や怪我をした事がない自分には想像も出来ない世界だ。

「でも、逆に言うと、一欠片の希望があれば、誰でも死の運命に立ち向かえるほど強くなれる……彼女の日記には、希望の輝きに満ちていたの。それは……死と暴力の世界にいる血に塗れた自分にはない、眩い光だった……」

 そう話す彼女の眼差しがフッと和らぎ、その時だけは年相応の、普通の女性のように見えた。

「サラ・エンジェルには多くの夢があった……草原を自由に走り回りたいとか、馬に乗って遠出したいとか、冒険者になってダンジョンを攻略したいとか……」

 彼女はまるで仲の良い友達の話をしているように微笑んだ。

「勿論、学園の事も沢山書かれていたわ。チアリーダーになりたいとか、パーティで夜通し騒ぎたいとか、沢山の友達と素敵なボーイフレンドが欲しいとか……普通の女の子が夢見るような事は一通り書かれていたのよ」

 彼女は少し潤みかけた瞳で宙を見つめて言った。


「私にも……そんな事を考えていた時期があったなって、思い出して……それで、読んでいる内に決心したの。どうせ彼女の代理となるなら、ここに書かれていることを全部叶えてみようって!」


 少し悪戯っぽく笑った彼女の表情は、いつもの、俺の知っているサラそのものだった。


「猊下にその事を伝えたら、思いの外お喜びになって……『大いに、存分にやりなさい』ってお墨付きまでくれたの。だから、私、何の遠慮もなく行動したわ!」


 彼女が血に塗れた異端審問官だと知り、初めて抱いた本気の恋はただの見せかけであったのかと、自分の見る目のなさに絶望した。


 しかし、彼女の言葉と表情を見て、決意を新たにした。


 今、目の前にいる女性こそが、俺が愛した“サラ・エンジェル”そのものだと。


 たとえ見せかけであっても、

 この彼女への思いを命を懸けて信じると、

 天に誓ったのだ。



「僕から見たら……君は充実した学園生活を楽しんでいるように見えた」

「……そうね……あれが、“普通の日常”という事なのでしょうね……私にとって、初めて過ごした、人間らしい……魔法のような日々だった……」


 彼女の表情に影が差す。


「でも……魔法はいつか解けるもの……」


 サラは無表情な顔を俺に向ける。

 彼女の周囲が闇に包まれる。


「貴方も、さっき見たでしょう?本当の私を……私は……本来居るべき場所に帰らなければならない……」

「君は、本当にサラ・エンジェルの夢を全て叶えたのか?」


 サラの日記に、普通の女の子が願う夢が全て書かれていたのなら……将来の伴侶に関わる事は、絶対に書かれている筈だ。


 俺は目の前の彼女に縋るように尋ねる。


「彼女の、一番の夢は……!」

「普通の女の子の夢が全て叶うなんて、それこそ幻想よ。それに、私は……普通じゃない……!」


 彼女は俺の言葉を、思いを、遮った。


「私は、邪神教団で兵器として生み出された忌まわしい存在。猊下の慈悲によって生かされ、存在意義を与えられた、地獄の申し子……普通の、人並みな人生なんて……ありえないのよ……!」


 彼女は目を見開く。


「貴方には分からない」


 そこには彼女の内面で吹き荒れる嵐が、はっきりと見えていた。


「地獄は死後の世界にあるんじゃない。この世界に無数に存在している……私はその一つで生まれ育ち……今も戦っている。貴方のような、何も知らない普通の人達を守るために――!」

「だったら、僕も、一緒に――!」

「バカなこと言わないで!!!」


 彼女の頬に涙が伝う。


「貴方には貴方の役目があるでしょう……!」


 彼女の絞り出すような声に、心臓は引き裂かれるように痛んだ。


「未来の王を支えるという、唯一無二の役割が……」


 彼女は学園生活の全てを振り切るように、首を振る。


「貴方はリオン王子の助けになってあげて……」


 俺は手を伸ばし、彼女を繋ぎ止めようとした。


 しかし、

 首筋にチクリとした刺激を感じた瞬間、体から力が抜け、

 世界は暗転し始めた。


「さようなら……」


 聞きたくなかった、別れの言葉。


 涙を流す彼女に……この手は届かなかった……。




 こうして、俺の、甘いだけの恋の揺籃期は終わりを告げ……

 長く苦難に満ちた……愛を巡る試練の地獄が始まったのだった。


 この件で一番修羅場だったの猊下説。

(厨二病のシナリオライターの脳内設定が反映されちゃった結果……)

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