サマーキャンプ(1)――ハリーの視点
ボイジャ王国、七の月の初旬は夏が始まったばかりで、野外キャンプにはちょうどいい季節だ。
湖面に双子山の雄大な姿を湛えた絶景は、貴重な夏期休暇を費やしてでも足を運ぶ価値は十分にある。
自国の美しい自然に触れ、胸の内に秘めた国を愛する思いは一層深まる。
俺は深呼吸をして新鮮な空気を堪能しながら、二週間ほど前の事を思い返す。
◇
「えっ?夏期休暇……ですか?」
俺は予想してなかったリオンの言葉に軽く驚いた。
「ああ、ここの所、お前は、ずっと休みなく働いてくれた。少し仕事から離れて羽を伸ばした方がいいだろう」
確かに、最近は激務といってもいい状態であったが、国内情勢を考えると、呑気に立ち止まっても居られない筈だ。
「その通り。近々確実に国内は大きく動く。その結果どうなろうと、我々は多忙を極めることとなる……だからこそ、今の内に思う存分、休暇を楽しんでこい」
リオンはニヤリと不敵に笑う。
「お目当の令嬢との仲を深める絶好の機会だろう?彼女はサマーキャンプに参加予定らしい、お前も行って来たらいい」
あのリオンがこんな配慮をするようになるとは……昔を知る者なら考えられない成長だ。
願っても無い話ではあるのだが……。
「俺もヒドラ討伐で十分力を付けた、護衛ならば、ジョージ一人で十分。それに政務なら前倒しで片付けていけばいい話だ」
「……そこは僕の代行を手配しておく、と言う所じゃないのか?」
このぼやきにリオンとジョージは顔を顰める。
「俺は直属の配下を甘やかせるようなことはしないぞ。ましてや恋に浮かれる口説き屋に過剰な手助けなんぞ、誰がするか」
本気だか冗談だか分からない言葉に苦笑する。
だが、最近、俺は政務と任務で、彼女はチア部のキャプテンでと、お互い多忙で距離を狭めることができなかった。
得難いチャンスは有効に使わなければ、と意識を前向きに切り替えた。
俺の頭の中は、大自然の中で微笑む健康的な美女サラ・エンジェルの姿で埋め尽くされる。
「尊き王族のお慈悲に感謝します。有難き幸せ」
満面の笑みを浮かべて大仰に述べると、リオンは苦みばしった顔で不貞腐れた。
「はっ!せいぜい束の間の休息を楽しめばいい。休暇が終わったら、今まで以上にこき使ってやる!覚悟しとけ!」
◇
「ケイト、そっちからも引っ張ってくれ、いいか?」
「OK!せーのーでっ、と」
「よし、後はペグで固定したら、ここは終わりだな」
「それは私とレイでやっておくから、貴方は他を見てきてちょうだい。野営に不慣れな子もいると思うの」
「分かった」
マイクルとケイトリン嬢は手際良くテントを設営した後、自発的に他の生徒の面倒まで見ている。
さすが模範的優等生だ。
周りを見渡すと、クリスティーン王女とダンは慣れているのか大き目の天幕を手際良く設営し終えて、カマドの設置を始めている。
冒険者コース講師のマック・ガイダンスと教師ジョセフは、地図を手に持ち、魔道具で風向きと気圧を調べ、天候の予測をしている。
「ハリー」
全員分のテントの設営を終えたマイクルに声をかけられる。
「どうした?」
彼は小声で意味ありげに囁いた。
「休憩の後、野営炊飯の準備を開始するんだが……することがないなら川釣りで魚を確保してくれないか?……サラ嬢と一緒に!」
「えっ?」
……。
事前にリオンに何か吹き込まれたのだろうか……。
彼の背後をチラッと覗くと、ケイトリン嬢がニコニコしながらサラに押し付けるように釣竿を渡し、背中を叩いている。
……これは後押ししてくれてるって事で、いいんだよな。
「はぁ……仕方ないわね……」
サラは釣竿を手に微妙な表情で、こちらに歩いてきた。
□
念願の二人きりとなる機会を得た。
学園内では彼女の――上流階級の男子生徒とは常に距離を置く――スタンスに阻まれ、糸口すら掴めなかったが、俺は内心浮き足立つのを抑えるのに必死だった。
最初は、社交辞令を交わすのみだったが、周囲に人の目が無いからか、いつもより距離が近く感じる。
美しい自然環境が二人を祝福して開放的な気分に盛り立てているようだ。
意外なことに、サラは野外活動の経験があり魚釣りも中々の腕前だ。
「ハリー様の分まで釣っておきましょうか?」
彼女は口端と鼻を持ち上げ気味にウィンクして、こちらを挑発する。
普段の学園生活では見られない子供っぽい態度に心の奥がくすぐられた。
「じゃあ、ディナー後のジョセフ先生特製デザートを賭けて、釣り勝負はどうかな?」
「あらぁー、いいのかしらぁ?そんなことおっしゃって、後悔しますわよ?」
「よし、お互い手加減は無しで、魚を多く釣った方が勝ち!乗るかい?」
「ふふふ。いいわ。私、甘いものには目がないの!」
それからは、魚が釣れる度に一喜一憂の大騒ぎで、彼女の無邪気な笑顔は眩しく、俺の目に焼き付いた。
やがて、陽が傾き、ローラ湖は次第に赤に染まる。
湖面に刺さる細い槍のような流木に留まるヤマセミ――王冠のような冠羽を持った青灰色の鳥が、やけに神秘的に見えた。
釣り勝負はサラの優勢のままで終わりそうだ。
「魚も君の美しさに抗えずに引き寄せられているようだ」
「もう、ハリー様ったら、こんな場所でまで、お世辞なんて」
魚が水面を跳ねる音の後、ヤマセミが羽ばたき、嘴で魚を捕らえて目の前を横切っていく。
「僕は、美しいものが大好きなんだ」
殆ど無意識に、心から溢れる情感を言葉に換える。
「この国の美しい自然……友と家族、そして愛する人……全てが掛け替えのない……命よりも僕の大事な、宝なんだ」
彼女は無言で俺の横顔を見ている。
「僕は守りたい、この国の美しさを。そのためなら、いつでも命を投げ出せる。だから……誰かを好きになったら、すぐに想いを伝えるようにしている」
彼女に目線をしっかり合わせて言った。
「後悔したくないんだ」
「……」
夕日に包まれた彼女は、少し困った顔で俯いた。
■
その後もサラとは、何かとペアを組んで共同作業を行い、二人の距離は大分近づいた……と、思う。
まぁ、ここに来るまでに比べたら、遥かに前進した。
そして、キャンプも終盤に差し掛かり……。
「夏のキャンプのイベントと言えば、これは絶対外せないでしょう!男女ペアでの肝試しイベント!!」
「……気のせいか、盛大にフラグを立てようとしているな」
「それは気のせいです。わたくし、謎のUMAとか伝説の殺人鬼の出没なんて、全く期待してませんって、はい」
「期待してるんだ……」
変人のクリスティーン王女は相変わらず、謎の盛り上がりで興奮気味だ。
いつのまにか護衛兼保護者的立場になっていたダンも戸惑い気味だ。
肝試しとは、男女二人一組で、ロウソクを手に持ち、ここから薄暗い林の中を十分ほど歩いた所にある祠まで行き、祭壇にロウソクを供えて、そこに置いてある護符を取って戻ってくるだけの簡単なイベントだ。
しかし、この肝試しは夏のキャンプに参加した者への通過儀礼として避けては通れない試練でもある。
もし、これをキャンセルしたら、以後『臆病者の負け犬』として、不名誉なレッテルを貼られたまま学園生活を過ごすことになってしまう。
「それは少し大げさじゃないか……?」
「まぁまぁ、こういうのは本気になった方が楽しいでしょ?」
レイとケイトが言うように、肝試しといっても、きゃーきゃー言っている女子はいるが、本気で怖がって怯えている者はいない。
これが毎年恒例となっている理由は、プロムナードでのダンスパーティに向けた、カップリングの為のデートイベントとして機能しているからだ。
俺は自然な流れで、サラとペアを組む事になった。
「こんなの何が面白いのかしら?……まぁ、さっさと帰ってきてバーベキューに有り付きましょう」
確かに、様々な経験を積んでいる彼女からしたら、こんなイベントなんて子供だましなのかもしれない。
それでも、彼女と二人っきりになれて、俺は内心浮かれていた。
作中登場するヤマセミはアメリカヤマセミ(Belted Kingfisher)という鳥で、中々かっこいい見た目です。




