扶桑ブレイド
その頃、みぞれは木刀を青眼に構え、牛男の肩口に一撃を送る。が、牛仮面バークは斧を盾にして防御した。手が痺れたみぞれに、バークが急接近し、両手で斧を振りおろす。みぞれの肩口からあわや真っ二つ……とはならずに、みぞれは驚異の反射神経で飛び退き、斧刃は壁に叩き込まれた。破砕音がして、板の破片が飛び、壁が壊れる。態勢が崩れたみぞれに斧の連撃が続き、間一髪飛び退くという受けの態勢が続く。
「きひひひ……棍棒ごときじゃ斧には敵わんぜよ……」
「棍棒じゃないわよ、扶桑が世界にほこる〈太刀〉よ!」
扶桑女子が左手で木刀の中をつかみ、引っぱった。中からギラリと光が差し、スラリと反りのはいった抜き身が出てきた。
「うげええっ……仕込み刀か……」
宮葉みぞれが右八双に構え、右脇構えへ転じ、摺り足で牛仮面バークに仕込み太刀を振り上げた。水の流れるような撃剣に、バークの斧刃を支える木の柄が断ち切られる。慌てた牛仮面が壁の残骸に転び、首が横にずれた。
「わわっ! 前が見えねえっ!」
立ち上がったバークは両手でマスクを元に戻そうとするが、慌てているので、どこかに引っかかって取れない。足元が乱れ、廻廊の真ん中にある暗黒の奈落に体がかたむく。
「あぶないっ! 右側は落とし穴だよっ!」
「右側だな……左へ……うわわっ、ととっ!!」
「あっ……あたしにとっての右はあなたにとって左だったわね……ごめんちゃい……」
「ごめんちゃいで済むかい! ア~~~~~~~レ~~~~~~~~~~!!!」
牛仮面バークは地の底へと、重力に憑かれて落下していった。それを見た豚仮面ヘアは、長年の相棒のあっけない最期を見て、急に臆病風に吹かれた。
「わわわわわ……そんな、バークがやられた……クビーン様、お助けをっ!」
剥製師ウィリアム・ヘアが武器を投げ捨て、手近の扉を開いて入っていく。
「あの扉がクビーンの部屋へ続く部屋よっ!」
「待ちなさいっ!」
クララの叫びに、みぞれが木刀の鞘を投げ捨て、閉じようとする扉の隙間にはさまった。
ズィーガーの騎乗槍腕が脾腹を貫通し、大量の血飛沫が霧に舞う。
「誰だテメエはっ!」
魔道士の刺突した相手はレザーチェではなかった。彼よりはるかに大きな体を持つ、青い肌の全身に縫合痕が目立ち、四角い扁平な額の頭を乱れた黒い髪が覆った巨漢だ。両目は半眼で薄く光って、こめかみと首筋に電極が刺されている。
「イミル! 小屋で勉強をしていろと言っておいたのに……」
「……レザーチェ……トモダチ……イミル……タスケル……」
人造巨人がレザーチェに振り向き、ニッと笑う。容貌魁偉な2.7メートルの巨人だが、子供ように邪気のない笑顔である。驚いて硬直した重装甲甲冑のズィーガーの右手槍を両手でつかんで、気合一閃、投げ飛ばした。
「うわああああああっ!」
甲冑の魔道士が受け身も取れずに石畳に激突し、割れた瓦礫が粉塵とともに舞い上がった。動揺したペストマスク怪人の手からグレイブの長柄がすべり、頭部を切断した。三体目の人造人間もすでに倒された仲間の後を追って、溶解液が噴出し、白い泡となって白骨と化した。
「これで後は貴様だけだぞ……ズィーガー……」
眠り男レザーチェがグレイブの切っ先を倒れた板金鎧武装の魔道士に指し示す。
「……くそぉぉぉ……さては、そのデカブツは、フランケンフェルド教授の館から暴走して逃げた、イミルとかいう出来そこないだな……」
甲冑騎士の両腕と両足が触手のように伸びて、起き上がった。凹んだ板金がボコボコと音を立てて修復されていく。
「ならば、奥の手だぞ……クビーン、頼む!」
ズィーガーが霧の虚空に向かって叫ぶ。すると、狂った輪郭で構成される古着屋通りの大地がグラグラと揺れ始めた。そして、夜霧の向こうから、西の果てから何か巨大なものが迫ってくるのが見えた。
「……まさか……街が……」




