魔道士ズィーガー
「バークとヘアの小悪党コンビね……」
「「誰が小悪党コンビだっ!!」」
牛首と豚首の怪人が同時に叫ぶ。どうやら剥製のマスクを被っているだけのようだ。
「へっ!? さっき、気絶したはずの死体調達人……そういえば、服が同じね!」
「けっ、もうばれたか……さっきは不覚をとったが、今度はそうはいかないぜ……」
「そうそう……お前らが階段から迷路結界に入るのはわかっていたからな……」
「たっぷり、怖がらせてから始末しようと思ったが、もうばれちまったぜ……」
バークとヘアがせせら笑う。
「ちょっと、あんたたち、この変な空間はなんなのよ!」
「うひひひひ……そりゃあ、クビーン先生が作った絵の中の世界よ。先生は精魂こめて描いた絵と、同じ範囲の空間を操ることができるだぜ」
「どうやってこの迷宮空間に出入りしたのよ!」
「きひひひひ……そりゃ、クビーン先生の絵の中に描かれた人物のみが自在に出入りできるし、外で戦っているズィーガー先生と人造人間たちも平気で動けるさ。この魔術、凄すぎじゃね!?」
「いろいろ教えてくれて、ありがとう……マヌケコンビさん達」
「ちょっと、クララ……」
「あああああっ!!! しまったああああああっ!! クビーン先生に叱られるぅぅぅ~~~…」
「それに、怒り狂ったズィーガー先生に五体バラバラに切り刻まれらあ……ぶるるる……」
マスクで分からないが、蒼白となった牛面バークと豚面ヘアが、武器を持ってクララとみぞれに襲いかかる。
「「こうなりゃ、生きて返さねえぞ!! 小娘ども!!!」」
一方、古着屋通りでレザーチェとズィーガーの激闘は続いていた。平衡感覚の崩れた世界で、眠り男レザーチェは苦戦を強いられ、手足に切り傷が増え、血を滴らせている。
「……いいざまだな、レザーチェ……」
「……なに、かすり傷だ……」
「ぐひひひっ……強がりをいうとこなんぞ、俺の兄弟子にそっくりだぜ……」
魔道士が両手の槍穂を元に戻し、鉄仮面のアイサイトをあげて、血塗られた手を舐め上げた。
「兄弟子だと?」
「そう……お前みたいにフェアプレイだとか、騎士道だとか抜かす奴でな……かつて俺のいた魔術師の私塾で一番弟子だった。俺は二番よ……だが、兄弟子はある日突然、この世を去った……何故死んだか分かるか?」
「……お前のことだ……己が筆頭になるために、殺したのだろう……」
「ぐひひひひ……ご名答! だいぶ、俺のことがわかってきたようだな……俺が一番になるために、兄弟子を暴漢に襲われたように見せて殺した……もっとも、師匠にばれちまって、逐電し、暗黒街のはぐれ魔道士になっちまったがな……」
「偽りの勝利や名声を求め続けて、良心の呵責はないのか?」
「はんっ! んな下らねえモンは無いね! どんな汚い手を使っても、俺が勝利すりゃいいんだよ! 俺の名前は勝利者だぁぁぁ!!!」
夜霧にまぎれて、ペストマスク怪人が鉤爪を閃かせ、背後からレザーチェに襲いかかる。青髪の賞金稼ぎは前面の魔道士を睨みつけたまま、グレイブの石突を斜め上に上げて、押し出した。
「ギャイイイ!!」
ペストマスクの顔面に石突が衝突し、仮面の黒眼鏡部分が割れて眼球に刺さったのだ。痛みのない人造人間といえど、突然視覚を奪われて動揺したようだ。態勢の崩れたレザーチェを左右から鳥仮面たちが鉤爪で襲う。レザーチェは瞬転の速さで右側の鳥男の首を両断した。ペストマスク男の首が霧を赤黒く染め上げ、横に飛んだ。レザーチェの左上膊部に三筋の赤い傷が生じた。左側の鳥男の鉤爪の成果だ。
が、それ以上は踏み込めなかった。右の怪人の首を斬った長柄が左のペストマスク男を横殴りに叩きつけたからだ。背骨のひしゃげた仮面男が石畳に転がる。そこを、背後で視覚を奪われた鳥男が気配を頼りに鉤爪をレザーチェに乱撃を送る。だが、右側を背中に半身となった彼は、グレイブの片刃剣は残像を幾つも残しながら、軌跡を描き、ペストマスク男の心臓部に肋骨の間から突き刺す。鉄製の人工心臓と動脈をつなぐチューブを正確に切断したのだ。
赤黒い血潮が奔流のごとく溢れだし、ドウと倒れる。頑丈で不死身の人造人間といえども、首を失い、人工心臓を破損されては動けなくなった。だが、三半規管がおかしくなった世界での、急激な動きの反動で千鳥足となる――
「貴様、人造人間の弱点を知っているとは……さては、行方不明になったボルガンを始末したのはテメエだな……」
そこへ、石畳に倒れたペストマスクが右手からレザーチェに襲いかかった。レザーチェは同じく肋骨の間から人工心臓の動脈チューブを狙った。が、乱れた平衡感覚と、素早く下がった怪人の動きにより、狙いはずれて鳩尾に突き刺さった。人間なら気絶するが、人造人間は両手でガッキとグレイブの長柄を掴んで離さない。
「!!!」
そこへ、ズィーガーが電光の如き速さで騎乗槍と化した右手槍をレザーチェに突きだしてきた。最後に残った人造人間を捨て駒にして動きを封じ、青髪の賞金稼ぎにトドメを刺しにきたのだ。
「グワアアアアアアアアアアアッ!!」
霧の中で騎乗槍の刺さった傷痕から血の激流が流れだし、白霧を染め上げた……




