敵か味方か
クララとみぞれは風車小屋の前で辻馬車を降りて、馭者に賃金を払って返した。白い霧のなかにたたずむ三階建て以上ある風車小屋が見える。風が無いので羽根車は動かない。
「はたして、レザーチェは中にいるのか……いないのか……」
「きっと、いるわよ……」
「だといいけど……最悪の場合、敵が……魔道士スヴェンガルドとレザーチェが中で待ち構えているかもしれない……裏口から入るわよ……」
「ごくり……うん、わかった……」
みぞれが愛用の木刀を握りしめる。二人が忍び足で風車小屋の裏手に回り、裏口の扉へ行った。
――あの優しいレザーチェさんが敵になったかもしれない……だとしたら、強敵だわ……敵となっていたら、非情な暗殺者となってしまう……そして、私を……クララを容赦なく殺害するだろう……
心臓の鼓動がドキドキと高鳴る。みぞれは、とにかくクララを守らねばと、決意をする。
「そう、硬くならないで……今回は様子見……レザーチェが敵に廻っているようなら、すぐ引き返すわ……策を練って、私が再び催眠魔眼で味方にするわ……」
「そ、そうよね……レザーチェさんは大事な味方よ……」
――あたしとクララで、レザーチェさんを元に戻してみせる……
窓から中を探ってみる。物音がしない。その時、屋内から男の大きな声がした。
「グワアアアアアアアアアッ!」
クララとみぞれが居間の扉の影から中を伺う。イミルの大きな背中が見えた。その向かいに誰かいる。
「カンシャクを起こすな、イミル……そこは、ニュンフだ……5の意味だ……」
「アゥゥゥゥ……ニュぅぅ……んぐぅぅぅ……」
眠り男レザーチェの、神界の竪琴のごとき美声が聞こえた。巨人の影から、右手の指を五本立てている姿が見えた。二人とも樽を椅子とテーブルにして座っている。クララとみぞれはホッと息をつく。安堵のため、肩の力がドッと抜けた。
「はあぁぁぁぁ……良かったぁぁぁ……レザーチェさんは敵になったわけじゃないのね……」
「そうね……助かった……と、言いたい所ね……でも、あいつ、何をやっているのかしら……」
さしものクララも表情がおだやかになり、いつもの憎まれ口を叩いた。居間にいってみる。
「アウゥゥ……ニュゥ……ンフゥ……」
「ニュンフだ……もう一度、最初から読むぞ……アインス(1)……ツヴァイ(2)……ドライ(3)……フィーア(4)……ニュンフ(5)……」
「アィインスゥ……ツヴァァイ……ドゥラァァアイ……」
レザーチェは壁に小さな黒板を張りつけ、数字や文字を教えていたようだ。イミルも指を折り曲げて、数字を必死に覚えている。
「驚いたわ……あなたが、人造人間に文字を教えているなんて……」
宮葉みぞれも同感であった。レザーチェには剣術武闘の達人の面しか見た事がなかったのである。
「……イミルは我に似ている……過去も己も知らず、誰かに操られる『生』のある人形……」
宮葉みぞれはハッと胸をつかれる思いだった。レザーチェはイミルに己の境遇を重ねていたのである。クララも同じ様子だ。
「だが、イミルには『魂』の可能性がある……我はイミルの魂を最大限に引き出すつもりだ……」
「魂の可能性……」
クララとみぞれは顔を見合わせた。




