風車小屋にて
「魔道士クヴェレが潜んでいた隠し部屋に入った。おそらく緊急脱出用の地上への階段か通気口があると踏んだからだ。賭けであったが、運が良かった……」
狭くて急な階段であったが、レザーチェは駆け上った。背後の通路を支える柱や梁が倒れ、煉瓦が崩れていく。常人ならば間に合わず瓦礫に埋まってしまったであろう。
だが、レザーチェは卓越した体技『迅速通』の加速移動で地上目がけて疾駆した。残像が瓦礫で埋まったが、本体は地上へ出る。森の中にある木の洞に秘密の鉄扉があった。だが、体力と魔力を使い果たし、肉体は疲労の極致にあり、足取りがよろけていた。
「我は森の中で倒れ、死の眠りにつくところであった。が、奇跡がおこった……知り合いが通りかかったのだ……」
「知り合いって、さっきの馭者さん?」
そのとき、勢いよく玄関の扉が開いた。
「ちわぁ~~~…知り合いのイーヴォでやんす。以後、お見知りおきを……」
イーヴォは翌朝、木賃宿から去り、故郷であるハンバーホ市内の片田舎の村へ旅立った。路銀が心許ないので、自分の足と道行く農家の荷馬車に乗せてもらい、日雇い作業をしながらの旅である。そんな彼がインゴルド湖の貸しボート屋の手前にある駅馬車のステーションで早めの昼食をとっていた。
すると、森の方から大地を揺さぶる衝撃がおこり、震動がステーションを揺らし、棚や机から物が落下する。地震かと思いきや、違うようだ。外では露天商や観光客が大騒ぎをしている。森の方で大量の土埃が舞いあがるのが見えた。どうやら、森の廃教会の辺りで地盤沈下があった様子。イーヴォは野次馬根性が働き、女房子供に土産話とばかりに森へ見物にいった。
「……そこで、レザーチェの旦那に再会したんでさあ……こいつはきっと運命の女神ノルンのお導きに違いねえ……レザーチェの旦那に恩返しをしろってね……」
「確かに女神ノルンの御加護かもな……イーヴォには助けられた……あらためて礼をいう……」
「水くせえなあ……困ったときはお互い様でさ、レザーチェの旦那……」
レザーチェとイーヴォは辻馬車を拾って、北の森にある風車小屋のアジトへ向かった。だが、車内の座席で疲労により微睡んだレザーチェは夢を見る。クララとみぞれが、暗い館のなかで、実験台の上の青い肌の巨人を目撃する夢。そして、巨人に追われる二人の姿だ。
魔眼の持ち主で、魔力『霊夢の幻影燈博覧会』により、他者の眼球を通して未来予知を行うレザーチェであったが、眠っている状態には不思議な予知夢を見ることがあった。
クララ・カリガルチュアの考察では、レザーチェの現在意識が眠りについたとき、意識の裏で眠りについていた潜在意識が起きて活性化し、己や大事に思っている者の未来に危機が迫る道筋を自動的に探し出し、夢としてレザーチェ本体に伝えているのではないか? というものだ。
「我は予知夢で、クララとみぞれの危機を予感し、風車小屋にある葬儀馬車で大学へ向かった……フランケンフェルド教授の住所を探りだし、西の森へ向かった……」
だが、レザーチェの肉体は度重なる戦闘によって、クララの注入した魔力は消えかけていった。イーヴォに葬儀馬車の手綱を託した。
「へへへ……レザーチェの旦那のお役に立つなら、たとえ火の中水の中ってね……旦那の大事なご主人様と御学友の危機を救えてよかったですぜ……」
「……もっとも、イミルはそれほど悪い奴ではないようだったがな……」
レザーチェはイミルの眠る別室に視線を向ける。レザーチェはイーヴォに助けた礼だといって、路銀の入った皮袋を渡した。だが、イーヴォは恩返しだからと、頑なに受け取らない。だが、早く女房子供に孝行すべきだと悟らせて、家へ帰らせた。
「イーヴォはハンバーホ市の村に故郷があるのね……」
クララが遠い目をして、イーヴォを見送った。彼女の伯父ドロッセルマイヤー教授の館があり、クララが復讐のために体を鍛え、魔術を学んだ雌伏の地である。
「ねえ、クララ……ひとつ、訊きたいんだけど……」
「なによ……」
「二人は葬儀馬車でインゴルシュミッツ市まで旅してきたそうだけど、なんでまた……よりによってニセの葬儀馬車で?」
「ああ……レザーチェを運ぶのに都合がいいからよね……」
仮死状態で眠ってしまうレザーチェは警察の職務質問で面倒な事態になることが多いのだ。その点、葬儀馬車は便利だった。
「それに、葬儀馬車は有料道路の料金所を素通りできるわ……この国では葬儀馬車は無料なのよ……」
「ええっ……そんな理由も……って、思いきり違法だよね……」
「賞金稼ぎはこまかい事を気にしないわ……節約できるときには節約しないと……」
「いやいや、そんな……」
クララが無い胸をはって平然という。賞金稼ぎでも、法律にしたがって犯罪者や逃亡者を捕まえる仕事である。違法には違いないのだが……
ともかく、宮葉みぞれがインゴルシュミッツ大学に転入して三日の間にさまざまな出来事があり、人に出会い、冒険をした。こんな事があるのだろうかと、みぞれは不思議な面持ちだ。




