死神レザーチェ
黄金の仮面をつけた黒いローブ姿の男は魔道士であろう。だが、宮廷魔道士や正規の魔道士ギルド所属の者ではない、違法のはぐれ魔道士か闇ギルドの魔道士を思わせる荒んだ妖気を孕んでいた。
「だ……誰だ、貴様は……人の家に勝手に……」
「私のことはどうでもいい……不躾だが、ミヒャエル・カリガルチュア博士……第五元素の研究書類をいただきたい……」
「第五元素……誰にそれを訊いた? 誰も知らない秘密のはずだが……」
「以前、ここに仕えていた下男のギルベルトだ……彼は賭博や喧嘩など、トラブルメーカーであったようだが、私どもには良い情報をもたらせてくれた……」
「くっ……ギルベルトか……奴め、私の研究を探っていたのか……」
「パパ……パパ……なんなのあの人たち……怖いわ……」
「しっ……静かに、クララ……大人しくしていればよいんだよ……」
父に抱きかかえられ、小刻みに震えていた愛娘。
「大人しく渡さないと、大事な娘がどうなっても知らないがな……」
「なっ、なんだと……それだけは……」
血の気がひいて蒼白になるカリガルチュア博士は娘を背中にかばった。クララは己が卑劣な取引材料にされ、ショックを受ける。
「道士さま……書斎から第五元素に関する研究書類を発見しました!」
第三者の声に博士と黄金仮面が振り返ると、階段を駆け下りてくる白仮面のローブ姿が見えた。その後ろに黒仮面の姿が続く。黄金仮面の弟子か部下のようだ。二人とも魔道士のようだが、杖ではなく、大剣を腰にさげている。白仮面が書類を持っていた。道士様と呼ばれた男が書類に目を通す。
「ふふふふふ……よくやった、ドーフライン……第五元素の研究書類が手に入れば、ここにもう用はない……」
「道士様……この二人はどうしますか?」
「もう、用済みだ……レザーチェよ、始末せよ……」
道士様と呼ばれた黄金の仮面男は白仮面のドーフラインを誉め、もう一人の黒仮面の男に殺害命令をくだした。
ここまで聞いて、宮葉みぞれは耳を疑った。
――えっ!!! レザーチェって……まさか……まさか……レザーチェって、ベルデンリンクでよくある名前なのかしら……黒仮面の男で素顔を出していないし……同名異人よね……きっと……きっと、そうに、違いないわ……
一つの単語の登場が、宮葉みぞれの脳を惑乱させた。先を聞きたくない気持ちと、先を聞かねばならないという使命感にも似た気持ちが複雑に交錯する。別人であって欲しいという思いで、祈りながらクララの語る言葉を一字一句聞き逃すまいと、耳をすませる。
黄金仮面の双眸の奥が金色に光って、レザーチェと呼ばれた黒仮面の男に命令する。
「まさか……それは……亡き妻と同じ『催眠魔眼』!」
「了解……マスター……」
黒仮面のローブ姿が鞘から大剣を引き抜いた。白仮面の男と違い、何の感情も無い機械人形が発しているような声であった。
「そんな……長年の研究結果を奪っておいて……さらに命まで奪うなんて……せめて、娘の命だけは助けてくれ……」
ミヒャエル・カリガルチュア博士が黄金仮面の魔道士に懇願する。父の大きな背中に抱きついたクララは何もできずに震えていた。
――誰か……誰か……助けて……神様…………
異様な音がして、クララの顔になにか熱いものがかかった……赤く鉄分の匂いのする血潮だ。
「そんな……いや……いや……お父様……」
「第五元素の秘密を独占したい……レザーチェよ、娘も父の後を追わせてやれ……」
「了解……マスター……」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
クララ・カリガルチュアの瞳が金色に輝き、黄金の髪が天井に逆巻いた。最愛の父の死を目の当たりにし、独自魔力『催眠魔眼』が覚醒したのだ。
「レザーチェとか言う奴……魔道士どもを倒しなさい!」
「了解……マスター……」
「なにっ! 道士様と同じ催眠魔眼を使うのか……ぐあらぎゃっ!!」
黒仮面の男が引き抜いた大剣を、隣にいた仲間のはずの白仮面の魔道士の胸に突き刺した。白仮面は抵抗する間もなく床に倒れ、絨毯に赤い血の花が咲いた。次に黒仮面レザーチェはリーダー格とおぼしき黄金の仮面をつけた魔道士の胸に大剣を向ける。
「やめろ……レザーチェ……私はお前の主人だぞ……」
黄金仮面の双眸が光りはじめる。が、遅かった。レザーチェの大剣は魔道士の心臓を一突きにしていた。
「よくやったわ……レザーチェ……最後はその剣で自決しなさい……」
「了解……マスター……」
黒仮面の男は黄金仮面の魔道士から大剣を引き抜いた。支えを失い、ドウと倒れた。レザーチェは血塗られた大剣の刃を己の首筋にあてる。頸動脈をきれば拍動に合わせて血が噴出し、短い時間で大量の失血でショック死をする。
民間の心理療法士がおこなう催眠術では、深い催眠状態であっても、自殺などの理不尽な暗示を命じれば心理的ブレーキをかけ、実行することはない。
これは殺人の命令も同様である。探偵小説や怪奇小説にあるような催眠術による他殺自殺は不可能である。が、例外があった。それが呪いの邪眼ともいわれて、人々に忌避された魔力『催眠魔眼』なのだ。
いくら催眠魔眼の力が開眼したとえいえ、普段の心優しいクララならば絶対に行わない他殺自殺の暗示命令は、実父をはじめ、自分の大事な家族と等しい使用人たちを殺害した悪党一味に対する報復だ。クララ・カリガルチュアの衝動的な怒りと絶望あってのことだ。
そのとき、魔道士の仮面が外れて、床に転がった。ここで初めて魔道士の素顔がさらされた。どんな悪人面か見てやろうと、視線を向けた。
「えっ……そんな……あなたは……」




