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眠り男レザーチェ 魔城兵団  作者: 辻風一
クララ・カリガルチュア
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第五元素の秘密

 話は少し前に戻る……クララは女子寮に走り、探索のための道具を準備した。空模様があやしいので、雨具も用意する。宮葉みぞれは愛用の木刀を握りしめる。クララが大学の前で辻馬車を拾うと、当然のようにみぞれも相乗りした。


「ちょっと、本当に私についてくる気?」


「恩義を返さないとね」


 クララは額に手を当てて嘆息する。その心を反映したように、空模様は鉛色の曇天で覆われはじめ、冷たい風が吹き出した。辻馬車がカポカポと石畳の街道を進み、やがて、篠つく雨が降りだし、石畳のない田舎道は泥濘ぬかるみに変わった。


「どけどけいっ!!」

「邪魔だ辻馬車!!」


 のっぽと太っちょの人相の悪い男が手綱をひく荷役馬車が強引に割り込んだ。辻馬車の横を走り、車体に泥飛沫があたり、馭者が悪態をつく。インゴルシュミッツ大学から離れた西の森の中にフランケンフェルド教授の住む館があるのだ。針葉樹と灌木などに覆われた森の中には、他に住んでいる人家は無かった。


「ねえ……クララ。さっき、あなたは復讐のために、黄金の仮面をつけた魔道士を追っているといっていたけど……」


「……ええ……そうよ……」


「レザーチェさんは、あなたのお兄さんではないと言っていたわね……」


「ええ……あいつは賞金稼ぎの相棒……人殺ししか能のない残忍な人形よ……」


 憎悪のこもったような口調と表情に、宮葉みぞれはぞっとするものを感じた。


 ――クララとレザーチェ……二人の間には複雑な事情があるようね……


「ねえ……彼は何者なの?」


「何者? レザーチェが何者なのか、私も知らないわ。当人も記憶がないと言っているし……私にはどうでもいい事よ……」


「……もしよければ詳しい事情を教えて欲しいの」


「いいわ……あれは今から3年前のことよ……」


 クララ・カリガルチュアは瓶底眼鏡をはずし、おもむろに語りだした。中古の粗末な辻馬車のキャビン内が、彼女の美貌により王室のように輝く。


 クララことクレールヒェン・カリガルチュアは帝国の首都・ブランデンブルク市郊外の森のなかにある地元の名士カリガルチュア家の長女として生まれた。一人の兄がいたのだが、長兄レオンハルトは幼い頃に流行り病で没した。そして、心理学者であり魔力者であった母ロスヴィータも、長兄のあとを追うように同じ病で亡くなる。


 クララは科学者であり、錬金術師でもある父ミヒャエル・カリガルチュア博士の愛情を一身に受け、そして親切な使用人たちによって育てられた。クララは生まれつき、体が弱く、学校も休みがちで、家庭教師と父に学問を教わった。


「父・ミヒャエル・カリガルチュア博士は魔法科学者としてブランデンブルク大学で教鞭をふるっていたけど、ある研究のため大学を去り、館で研究をしていたわ」


「なんの研究?」


「……第五元素よ」


「えっ、第五元素? う~~ん……四大元素なら聞いたことあるけど……五番目の元素なんてあったけ?」


「四大元素を構成するものは?」


「え~~と、世界を構成する物質として、“火”、“風”、“水”、“土”というのがあるわねえ。これらが組み合わさってさまざまな物質ができているという……」


「第五元素とは、“火”、“水”、“土”、“風”に次ぐ五番目の元素としてあると、昔から仮説がたてられたものよ……古代テナエキア王国の哲学者アリストテレスは四大元素に宇宙を構成する物質“輝くものエーテル”をくわえたわ。


「宇宙を構成するもの……輝くもの……エーテル……そんなものがあるの?」


「科学と魔法が発達した現在、気球・飛行船・飛行機などが発明された……だけど、成層圏より上、宇宙までは達していない……しかし、父はなんらかの方法でエーテルを発見したようだわ。どうやったかは、もう永久にわからないけれどね……」


「錬金術師が非金属を黄金に変えるための物質『賢者の石』を求めたけど、結局みつからなかったというわ……それと同じようなものじゃないの?」


「そうね……賢者の石もエーテルも、何百人もの錬金術師が長い時間をかけて研究したけど、結局みつからなかったし、精製もできなかったわ……」


 やがて時代は中世から近代に代わった。錬金術は結局、金を生み出す事はできなかったが、実験結果から冶金学が生また。ほかにも占星術から天文学が生まれるなど、魔法から科学が生まれていった。科学者は第五元素の存在を否定し、近代魔法学者も追従せざるを得なかった。今では研究する者も絶えた。


「でも、父は科学や近代魔法から見捨てられた第五元素エーテルを研究していた。中世では見つからなかったものでも、発達した現代の近代魔法と科学からのアプローチで何か新しい発見があると考えていた。実際、十年以上の膨大な時間がかかったけど、父は第五元素を発見することができた……」


 宮葉みぞれが半信半疑な目でクララを見つめた。だが、クララはニコリとして、ブラウスから真鍮製のロケットペンダントをひきだした。それは宮葉みぞれがインゴルシュミッツ大学の女子寮に暮らすようになった第一夜、クララに医者になる希望を語ったとき、彼女が父の形見の安物の人造石だといっていたペンダントだ。クララは真鍮の蓋を開いて、中の白い石を見せる。曇天で薄暗い辻馬車のキャビンの中で仄かに青白く輝いていた。


「まさか……これが……」


「そう……父はエーテルを発見し、凝縮して精製することに成功したわ。父はこの結晶体を“光り輝く宝石グレンツェント・エーデルシュタイン”と名づけた……」


 宮葉みぞれは自らが発行する神秘の宝石“光り輝く宝石グレンツェント・エーデルシュタイン”を、魂が魅入られたように見つめる。


「この結晶体は私の生命線でもあるわ……」


「えっ……それはどういう……」


「私は生まれつき体が弱く、本来は生涯の大半をベッドに縛り付けられていたわ。このまま人生は終わると思っていた……でも、父が精製した、この神秘の石から放射されるエンルギーが健康体にさせてくれる……常人以上の魔力を与えてくれる……これがなければ、私は再びベッドの虜囚となってしまう……」


「そうだったの……でも、なぜ第五元素が発明されたと世間に発表しないの? 世界的に有名になると思うけれど……」


「父はエーテル結晶体の持つエネルギーを悪用されることを恐れたわ……戦争ばかりしている現在の世界情勢を見なさい……父の目測ではエーテル結晶体を大量生産すれば、国一つを滅ぼす力を持つことができると言っていた……」


「そんなに……強力で怖ろしい力を持つものなの?」


 宮葉みぞれがゴクリと唾を飲み、ロケットペンダントの“光り輝く宝石”を見つめた。妖しく仄かに、青白く輝くのが答えに思えた。


「だけど……父が創り出した第五元素の研究成果を……どこからか探り出して、館に奪いに来た者がいたの……」


 暗い曇り空を進む辻馬車の窓に、稲妻の輝きが室内を照らし、遅れて轟音が響き渡った……


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