寝耳に水が入りそうになったお話。
寝耳に水とはまさにこのこと。びっくりしてガバっと起き上がった拍子にシャンプーの水が耳に入りそうになったわ。
「はい?」
「あとで詳しく青山からお話しをしますが、メイクは僕が担当します。メイク担当の僕がモデルさんを決めていいって言われたので。」
「あのう。話が見えないんですけど。」
だって、そうでしょ?ウェディングドレスを着てほしいなんて、いきなり言われても。その前に聞き間違いよ、絶対に。
「続きは、青山からご説明いたしますので。」
シャンプーを終えた髪をタオルで包まれ、元の席に案内されると、すぐに青山さんがやってきた。
そこで田中さんが一礼をして下がっていくと、青山さんが口を開いた。
「田中からお話があったと思うんですが。」
「あのう。聞き間違いとしか思えないんですけど。」
「いえ、聞き間違いじゃないですよ。西嶋が独立することはご存知ですよね?」
「ええ。まあ。知ってますけど。」
どうしていきなり西嶋さんの独立の話?
タオルを外して、さっそくブラシやハサミを手に青山さんがカットを始める。口と手が同時進行している。さすがプロ。
「西嶋の店は、ブライダルに力を入れたサロンにするつもりなんですが、その最初のパンフレットのモデルさんを探しているところでして。花嫁役の一人を七瀬さんにお願いしたいと思っているんです。」
「はい?」
冗談もほどほどにしていただきたいわ。それともドッキリかしら?
それにしても、こんな会話がまわりのお客さんに聞こえたらえらいことじゃないの?
思わずキョロキョロすると、両隣の席は空席になっている。ドッキリかどうかは別にして、気遣いだけは感じられるわね。
「これはメイクを担当する田中の意向でもあるんですが、西嶋が七瀬さんにお願いできないかって言っているんですよ。」
ハサミが動かす合間に時折、鏡をまっすぐに見つめる青山さん。真剣な表情をしながら、私をからかっているに違いないわ。真に受けたりしないわよ。
「またまた~!新手のドッキリですか?」
「いえ、本当のお話です。」
笑うこともなく青山さんはいたって真剣な表情。演技力あるのね~。
「そんなこと言って、OKした瞬間にテレビのスタッフさんたちがゾロゾロ出てくるんでしょ?」
「いえ、そうじゃなくて、本当の話なんです。今から西嶋と話していただけますか?」
青山さんはお尻のポケットからスマホを取り出すと、電話をかけ始めた。
「西嶋か?忙しいところ悪い。ちょっと七瀬さんと話してくれるか?」
そう言うとすぐにスマホが私の手に乗せられた。恐る恐る耳を近づける。
「もしもし…?」
「七瀬さん、お久しぶりです。アレルギーも治まったことだし、今回の件、お願いできませんか?」
「お願いって、ドッキリの騙され役ですか?」
「相変わらずですね。ガチです!」
電話の向こうの相手がクスクスと笑う。声も話し方も確かに西嶋さんね。偽者が話しているわけでもなさそう、だけど、おかしいわよね。どうして私?
「あのう、今日ってエイプリルフールでしたっけ?」
「だから、そうじゃないんです!良いお返事を期待していますね。」
「はあ…。」
ポカンとしたまま青山さんにスマホを差し出すと、苦笑いしながら西嶋さんに言う。
「おい、西嶋。唐突すぎて信じてもらえてないぞ。どーすんだ?」
そこから二言三言話して通話を終了させると、青山さんが言った。
「七瀬さんは、お若いですよ。肌もキレイだし。カルテを見るまで、僕と同じくらいだと思っていたくらいです。実のところ、西嶋が地元の方でモデルさんの探し方もわからない状態なのと、知っている方がいいということもありまして。もちろん、少しですが、お礼をお渡しいたしますので。どうかお願いできませんか?」
驚きで無言になる私。ドッキリにしては手が込んでいるけど、信じられないわ。
今日はシャンプー中の居眠りを回避できた、というか居眠りすら忘れるくらいビックリしたと言ったほうが正しいこの状態。
「施術後に改めてお話をしたいので、お時間よろしいですか?」
仕上げのカットをしながら、無言のままの私に、青山さんが言った。




