ゼウスの弾き手
「はっ」
雪洞に漂う淡い小さな光を、マティアは剣で斬った。
精霊系の神獣プルイーナ。
たいした攻撃力ないが、人を幻覚で惑わす。
「やはり、ここには神獣が住み着いているな」
「先に向かった男は、大丈夫でしょうか? あいつはあの様子ですが……」
アズールの視線の先
「ううっ、寒い。歩きたくない」
遅れて後をついてくるククルを見て
「まあ、この寒さなら仕方ないか」
少しペースを落とそう、とマティア。
「竜奏医師が、手を冷やすのはダメだろう」
冷えたククルの手を、マティアは両手で包んで温める。
ククルは、ほんのり頬を赤くさせ
「あったかい……これって、何の儀式?」
「寒い時は、こうやって温めるんだ」
儀式ではないぞ、とマティアは苦笑い。
面倒見のいいマティア見て
「マティア殿には、弟か妹がいるのでは?」
アズールが言う。
「はい……ですが、病気で」
表情を翳らせたマティアを見て
「すいません、無神経なことを」
頭を下げたアズールに
「顔を上げてください。殿下が、気に病むことではありません」
本当は、父からウェルテクスを引継ぎ竜騎士になるのは弟のはずだった。
女の竜騎士は、まだまだ数が少ない。
父には反対されたが、後悔はしていない。
「私が、竜騎士として立っていられるのは弟の思いも引き継いているからです」
黙って聞いていたククルとアズールを見て
「湿っぽい話になりましたね」
プルイーナの幻覚に引っかかってる様子もないし、青年の方は大丈夫でしょう、とマティアは足を早めた。
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雪洞・最深部
「コントラバスね……まあ、弾けないことはないけど。ゼウス、今日から君は僕のだ」
青年が、雪の中に埋れていたコントラバスに触れると大剣へと姿を変える。
「ヨアルリの情報も、なかなか使える」
そして、溜息をつき
「左目が痛むな……来てるな」
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「しかし、この雪洞は一体何のために作られたんだ?」
人工的に作られた感じがする、とアズール。
「昔の人の神殿じゃない? たいてい最深部には御神木とか置かれてるし」
右目を擦りながらククルが言う。
「さっきから、どうした?」
「……右目、痛い。やっぱり、来てる」
ここに、二重楽器がある、とククルは続ける。