表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

8・王笏の、名前?

 

「はーい、右、左! もう一回右、そこでくるっとまわって……ジャンプ! わあ、すごいすごい!」

「……陛下、何をしてらっしゃるんです」


 私が思わず拍手をすると、後ろから呆れた声がした。振り返ると宰相のフィブリスが、いつもの通り厚い書類の束を持って立っている。


「あ、フィブリス! 見て、この子すごいんだよ」

「この子って……」


 フィブリスが思いっきり胡散臭そうに私を見る。……まあ、それも無理はないけど。


「ほら、そんな顔しないで。いいからちょっとだけ見てて? ―――行くよ、右! はい左!」


 私の掛け声に合わせて動き回るのは、犬でも猫でもない。キラキラ輝く大きな水晶をあしらった銀の杖……つまり王笏だ。

 それが私の声に合わせてくるくる回り、上下に跳ねて、リズミカルに水晶を煌めかせているのだ。


「いえーい!」


 最後に王笏と一緒にくるりとターンした私を見て、フィブリスは額を押さえて沈痛な息を吐いた。


「これはいったい……、貴女は何をしているんです」




 宝物庫の管理人のキクルが、様子がおかしいと知らせに来たあの日以来、王笏は常に私の傍に置かれていた。

 魔王に選ばれたあの日だって、勝手に飛んで私のところへ来たぐらいだ。私の部屋にあっても、ほとんどじっとしていることはない。私の動きに合わせて揺れたり光ったり、寝る時はベッドにまで入り込んできた。


 その動きはまるで生き物みたいで、その晩私は、つい王笏に話しかけてしまった。


「ねえ、あんた何でそんなに私にくっついて来るの?」


 すると王笏は、小さくちかちかと瞬いた。


「ん? 私の言ってることわかるのかな?」


 また小さくきらめき、さらにくるりと回る銀の杖。


「まさかね……」


 苦笑して呟くと、膝の上に飛んできて揺れている。まるで『本当だよ。信じて』と言わんばかりだ。


「よーし、それなら……」




「……っていうわけで。いろいろやってるうちに、こんなに私の言うこと聞いてくれるようになったの! すごくない?」


 私とフィブリスの視線の先で、王笏が得意げに揺れている。


「まったく貴女という方は……、こんな話、聞いたこともありませんよ」

「そうなの? じゃ、ますますすごいってことだね。―――そう思ったら、なんだか可愛くなってきた。そうだ、いっそ名前をつけたらどうかな?」

「は?」


 フィブリスが理解し難いという顔をしているけれど、もう慣れたので私はいっこう気にしない。


「えっと、王笏だから……シャックーはどう?」

「やめてください、陛下!」


 フィブリスがすごい剣幕で叫んだ。


「え、だめ?」

「貴女って方は、前代未聞で型破りな上に、名付けのセンスもないのですか!?」

「……は?」


 ―――ツッコミどころ、そこ?


 私は思わず首を傾げたけれど、よく見るとフィブリスの後ろで王笏も斜めに傾いている。あの反応はたぶん、あんまりお気に召していないようだ。

 仕方ない、他の名前を考えよう。……王笏というよりは魔女っ娘スティックみたいだし、もっと可愛いほうがいいかな?

 昔見たアニメに「魔女っ子きゅありん」っていうのがあったな。ああ、だめだ。きゅありんは確か、杖じゃなくてコンパクトだったっけ。


「んーじゃあ、キラキラしてるから『きらりん』は?」

「却下です、陛下」


 フィブリスのジト目はしょうがないとして、王笏もやっぱり気に入らないらしい。揺れ方がなんとなく大人しいもの。


「だめ? なら、ゆらゆら揺れてるから『ゆらりん』は?」

「ぴょんぴょん跳ねてるから、『ぴょこたん』でどう?」

「陛下……、貴女って方は、本当にどうしようもありませんね……」


 フィブリスはいよいよ可哀想な目で私を見る。


「ちょっと! そんな目で見るぐらいなら、フィブリスも考えてよ」

「冗談ではありません。なんで私がそんなことをしなくてはいけないんです、馬鹿馬鹿しい」

「……だって、名前つけて欲しそうだし?」


 相変わらずゆらゆらと、チューリップみたいに揺れている王笏。


「そんな話、聞いたこともありませんが」

「うーん、なんか可愛いのないかなぁ?」


 フィブリスが首を振る。


「よりにもよって、なぜ『可愛い』が基準なんです? これでも由緒正しい魔具なのですから、せめてもう少し立派な……」

「ぴかりんは? ……だめ?」

「陛下!」

「くるるんはどうかな?」


 その途端、王笏がその場でくるくると、つむじ風のように回った。水晶を虹色に煌めかせ、弾みながら私の前まで飛んでくる。


「……気に入ったみたいね、くるるん」

「なんだってまた、そんな名前が気に入ったんです……?」


 フィブリスは呆れたように王笏を眺めた。私の手の中に入り込んだ王笏は、まだキラキラと瞬いている。正直言って何が良かったのか、私にも違いが分からないんだけど……、まあ名前って、気にいるのが一番だよね。


「……うん、とにかく。これからこの子は『くるるん』だよ」


 フィブリスは深い深ーい溜息をつきながら、首を振った。


「歴代の魔王で、王笏をこの子と呼んで名前をつけるような事態は、これまでありませんでしたがね。しかも話しかけるなんて……」

「え、フィブリスだって、さっき『なんでそれがいいんだ』って聞いてたじゃない」

「ちっ、違いますよ。あれは独り言ですから」


 珍しく慌てるフィブリスは、ようやく抱えていた書類の存在を思い出したようだ。


「とにかく、まずこれに目を通してください」


 せかせかと机に歩み寄り、書類を広げる。


「はーい」


 くすくすと笑いながら机に向かう私の目の端に、これまでと違う光がちかりと映った。王笏の水晶に、何かが見えたのだ。


「!?」

「……陛下、どうかなさいましたか?」

「あ、ううん」


 椅子にかけて、もう一度しげしげと水晶を見つめる。

 今はもう手の中の王笏はこれまでと同じに、小さく光を煌めかせているだけだ。さっきのあれは何だったのだろう……? 一瞬ちらりと映ったもの、あれは人影のように見えた。大きな影と、小さな影。うん、あれはまるで……。






 その後は特に変わったこともなく、フィブリスは処理し終えた書類とともに退出していった。

 私も私室に戻り、ベッドにごろんと転がった。すると当然のように王笏も付いてきて目の前に浮かぶ。


「さっきのは何だったの?」


 半分独り言のように問いかけると、王笏がきらりと光った。


「えっ……!」


 透き通った水晶に、見覚えのある風景が浮かぶ。執務室から私室を結ぶ廊下だ。そこを歩いている、よく見知った影。


「シャリム……」


 いつも色とりどりのドレスを着ているシャリムだけど、今朝は深い青のドレスだった。ところが水晶の中のシャリムは、明るい緑色のドレス姿だ。手にはお盆を持っていて、最近お気に入りのブラウニー風のケーキが乗っている。―――と思う間に、ふっと映像は消えてしまった。


「あっ」


 思わず王笏を手に取って、水晶をのぞき込んだり、裏返したりしてみる。でももうそれ以上、映像が見えることはなかった。

 ……さすがに見間違いではないし、何だろう? 


 首をかしげていると、続き間の向こうから声がした。


「陛下、お疲れ様です。お好きなケーキをお持ちしましたよ」


 そう言ってひょいと顔を覗かせたシャリムのドレスは、明るい緑色。


「あっ!」

「……? どうかなさいました?」


 首をかしげるその手には、銀のお盆に載ったブラウニー。


「あーっ!」


 驚いて目を瞠った私を、ケーキに喜んでいると思ったのか。シャリムはにっこり微笑んで、テーブルにお皿を並べている。


「そんなに大きな声を出されて、本当に陛下はこれがお好きなんですねえ。いつでもご用意しますから、ゆっくり召し上がれ」

「……あ、うん。ありがとうシャリム」


 シャリムが出ていった後、私はブラウニーを口に運びながら、ぼんやりと考えていた。


 あのドレスとブラウニー。さっき見えたのは、シャリムがこの部屋へ向かうところだ。あの場所からこの部屋までにかかる時間を考えても、間違いないと思う。

 ということは、私には見えない他の場所を、映し出したということ?

 なら、一番最初にちらっと見えたあれは……。


「ねえ、さっきみたいの、他にも見える?」


 隣の椅子に置かれている王笏に、そっと聞いてみる。けれど、まるで反応がない。


「ねえってば」


 動くどころか、ちかりと煌めくことさえしない。これじゃあ、ただの王笏……って、それが普通なんだけど。私はもうすっかり、この不思議な王笏に慣れてしまっていた。


「ねえ、聞こえないの? くるるん?」


 決まったばかりの新しい名を呼んでみると、王笏はわずかに煌めいた。その名で呼ばれるのは嬉しいのか、王笏がぴょこんと起き上がってくるくる回る。


「やっぱり聞こえてるんでしょ! どうなのよ、くるるん!」


 ところがそう訊ねると、ぴたりと動きを止めてしまった。


「……」


 じっと見ていても、それ以上動こうとはしない。……これは、その気はないということ?

 うん、分かってる。この王笏、ひどく気まぐれなんだ、たぶん。昼間の曲芸みたいなあれも、あんなふうにノリノリの時もあれば、ぴくりとも動かないこともあった。

 でも、これが王笏の能力なら、絶対に使いこなしたい。うん、使えるようになってみせる。


 だって、一番最初に見えた人影は、たぶんモドンとベレスパードだ。

 謹慎しているはずのモドンと、何を考えているのか分からない参謀長。決して魔王(わたし)のことを好ましく思っていない二人が、人目をさけるようにこそこそと話し合っていた。どう考えても、良い兆候とは思えない。あの様子をもっと、詳しく見ることができたら。


「頑張って、くるるん。あなたが頼りだからね」


 ほんの一瞬きらりと輝いて、王笏はぱたりと椅子の上に倒れた。なぜか頭に「本日のサービスは終了いたしました」的な言葉が浮かんだ。


 ―――んもう、絶対使いこなしてやるんだから。


 ため息をついて、私はブラウニーの大きなひとかけを飲み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ