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第7話 陽介4

 翌日からサクラは足しげくN大の図書館へと通う事となった。

 サクラが、志保と仲良くなれるまではすべてサクラに任せる事にした。恐ろしく不安だったが、俺とて大学の講義に出たり、レポート書いたりしなければならない。まあ、何とかなるだろう。というか、それぐらいは一人で何とかして貰わないと困るってもんだ。



「志保さんとお友達になれましたっ!」


ある晩、サクラは嬉しそうに俺にそう報告してきた。


「よし、じゃあ合コンに誘え。日にちは向こうに合わせる」


「あの……、哲さん。合コンて何ですか?」


 俺は、こいつは合コンも知らないのかと愕然とした。この日本で子供以外でその言葉を知らない奴がいるとは……。まあ、でもサクラは天使なんだから仕方ないが、それを教えるのは甚だ妙な気分である。


「あ〜ま〜なんだその……、あれだ男女がお知り合いになる為の飲み会みたいなもんだ」


「そうなんですか〜、初めて知りました」


 サクラは、意味が分ってるんだか分かっていないんだかよく分からない微妙な顔をしていた。首を少し傾げ俺の顔をじいっと見ている。


「とにかく、お前は志保って女に『2対2で合コンしましょ』って誘え。OKだったら、日にちはお前ら二人で決めていいから。それからこれ……」


 俺は、サクラに携帯電話を手渡した。サクラはキョトンとした顔で、手の中におさまった携帯電話を見ている。


「これはお前のだ。俺のアドレスは入れておいたから困った時は電話しろ。いいな?」


 サクラは瞳をきらんきらんさせて携帯電話を凝視していた。それから、ふたをぱかりと開けてみたり、ぱこっと閉めてみたり、何かのボタンを押してみたりとしていた。


「これ、私が使っていいんですか?」


 俺がああっと頷くと、サクラはきらんきらんに輝いた瞳を俺に向けたかと思うといきなり飛び付いて来た。危うく二人して倒れこむところだったが、何とか支える事が出来た。俺の首に巻きついたサクラがありがとうという言葉を連呼していた。こんなに喜ばれるとは思っていなかった俺は、サクラの反応がとても新鮮なものに思えた。今のご時世、携帯電話一つでこんなに喜ぶ者はいないだろう。ここまで喜んで貰えると男としては悪い気はしないもんだ。



 翌日の夜、またサクラは嬉しそうにこう報告してきた。


「志保さん、合コンOKだそうです。明後日の土曜日に決まりました。志保さんの携帯の番号も教えて貰ったんですよ〜」


 手柄をあげた子供が母親にそれを自慢しているように、サクラは嬉しそうに報告してくるので、サクラの頭を優しく撫で、よくやったなと声をかけてやった。俺に褒められたのがそんなに嬉しかったのか、飛び上がって喜んでいた。その純粋無垢な姿に自分が妹を持ったような感覚に陥った。そう、幼稚園から小学生ぐらいの……。

 そう自分で考えた時、俺にこの感情は気持ち悪いだろうと少し丸くなってしまったような気がする自分に苦笑した。何だかんだサクラのやる事に振り回されている自分に。



 そして、いよいよ合コン当日。

 俺は陽介を伴い待合わせの居酒屋の前で待っていた。陽介には誰が来るのかは明かさずにいた。ただ、合コン行くぞと無理矢理連れて来たのだ。


「陽介?」


 見知らぬ女の声で振り返るとサクラともう一人女が立っていた。


「志…保」


 この女が志保なのか。あの中学時代の写真の女が髪型を変えて、少し大人っぽくなっている。今あの写真のような笑顔はなれをひそめ、唖然と口を開いて出す言葉もみつからないといった感じだ。


「知り合いだったのか?」


 俺がとぼけてそう聞くと、サクラが目を丸くしていたが、俺が目で合図を送ると何とか理解してくれたのか二人にばれないように一つ頷いた。


「幼馴染だよ」


 勘のいい陽介はどうやら俺達が仕組んだと早々に気付いているようだった。


「久しぶりだな、志保。元気にしてたか?」


「うん。わりと元気…かな」


 二人の間に何とも言い難い気まずい雰囲気が漂っている。俺は、それを打破すべく声をかけた。


「まあ、とにかく中入ろうぜ。こんな所で立ち話じゃ、寒くてたまんないだろ」


 俺がそう言うと、自分たちの世界に入ってしまっていた事にようやく気付いた二人は慌てて店の中に入った。席に着くとサクラは烏龍茶、それ以外の三人はビールを注文した。俺の正面にサクラ、右に陽介、陽介の正面に志保という並びである。

 席についても未だに気まずい雰囲気を醸し出す陽介と志保に些か辟易した。

 正面のサクラを眺めてみるとこいつはこの空気に全く気付いていないのか、一人だけのほほんとした顔をしていた。何と天使ってもんはお気楽なんだ。俺は心の中で、こっそり毒づいた。


「取りあえず、合コンって事だし、自己紹介でもするか。俺、中田哲治。陽介と同じ大学同じ学年。よろしく」


 俺はとにかくこの場の雰囲気を少しでも盛り上げようと、1年に1度若しくは2年に1度くらいしか出さない明るい声を出した。これじゃまるで俺はピエロだな。自分の哀れさに泣きそうになった。


「ああ、俺は永澤陽介。よろしく」


「私は、高木志保です。N大に行ってます。学年は、二人と一緒です」


「サクラです。て……」


 その後にくる言葉は言わせねえ。俺は身を乗り出し、サクラの口を塞いだ。


「実はこいつ俺の遠い親戚でわけあって今俺のアパートに居候中なんだ」


 え〜そうなんですかと、志保が大袈裟に驚いて見せた。頼んだものがその時運ばれて来たので、俺達は乾杯をした。俺は、この妙な雰囲気の為に喉が渇いていた為半分くらいを一気に飲んだ。


「陽介は、昔と変わったかな? 久しぶりとか言ってたから大分会ってないみたいだけど」


 志保は、陽介を覗き見るとクスッと少し笑ってこう言った。


「どうなんでしょうね。外見はたいして変わってないみたいだけど、中身はまだ分からないかな。昔はお節介というか、困った人を放っておけない人だったけど、今はどうですか?」


「ははっ、それじゃ今と全然変わんねえな陽」


「昔の話はいいじゃないか」


 昔の話を掘り返されるのがたまらなく嫌なのか、陽介はぷいっとそっぽを向いてビールをあおった。まあ確かに昔の話をほじくり返されるのは嫌なもんだが。


「高木さんは彼氏いないんだ?」


 誰かをさん付けで呼ぶのも何だか気色悪いし、結構頑張って乱暴な言葉を出さないように苦労している自分に自虐的な苦笑が漏れた。


「無理しなくてもいいですよ? それからさん付けしなくてもいいし、同い年なんですから」


 可笑しそうにからからと志保は笑った。


「無理してんのバレたんだ?」


「ばれるも何も話し方がぎこちなさ過ぎですよ」


 志保はまた可笑しそうにからからと笑っている。


「面白い方ですね、哲さんって」


 なるほど陽が惚れるだけあって、いい女だ。ルックスも悪くないし、ルックスよりもこの女は特に性格がいい。陽の惚れた女が志保でなんだかホッとした。とんでもない馬鹿女だったら、どうしようかと思っていた。

こんな七面倒な事に付き合わされて挙句馬鹿女が出て来た日にゃ、俺は陽介の首を絞めかねん。


「おい、サクラどうした?」


 先ほどから、サクラがだんまりを決め込んでいた。あんなに張り切っていた張本人どうしたってんだ?


「な〜りがれすかぁ〜」(何がですか)


 サクラはケタケタと手を叩いて笑っている。よく見ると、顔が赤くなっており、目も虚ろだ。


「おまっ、まさか酒飲んだんじゃないだろうな?」


「おしゃけ〜?おしゃけらんれろむわけらいらないれすか〜」(お酒?お酒なんて飲むわけないじゃないですか)


 完全に呂律が回っていないサクラの手から乱暴にグラスを奪い取り、それを一口飲む。それは、紛れもなくビールだった。いつの間に飲んだのか分らないが、かなり酔っているようで、座っているのにかかわらず体が左右に揺れている。


「陽、高木悪い。俺こいつ連れて帰るわ。あとは二人で適当に飲んでってくれ」


「「うん、気を付けて」」


「おう、またな。おいサクラ一人で歩けるか?」


「れ〜んれんらいろうるれすぅ」(全然大丈夫です)


 そう言ったそばからぐらりと体が傾く。肩を掴んで取り敢えず店の外まで引っ張って行くと、仕方がないのでサクラをおぶった。


「サクラ帰るぞ」


 あ〜いと気の抜けた返事が返って来た。冬の夜の空気は刺さるように冷たい。背中に感じるサクラの体温が大きなホッカイロ変わりのように温かく感じる。誰かをおぶったのなんて何年振りだろうとふとそんな事を考えた。最後におぶったのは母親だった。母親が階段から転んで足を挫き歩けなくなったので、俺がおぶったのだ。あんなに軽いとは思わなくって正直愕然としたのを覚えている。

 今のサクラの方がよっぽど重い。


「あろふらりうまういうおいいれすれ」(あの二人上手くいくといいですね)


「ああ、そうだな。それにしてもお前なんで酒なんて飲んだんだ?」


 背中に声をかける。


「てうたんらわうりんれすお」(哲さんが悪いんです)


 はあ?と、不愉快な声をあげたが、背中からはクスクスとわずかに笑い声だけが聞こえる。意味が分からず、俺が無言になっているとサクラも黙ってしまった。寝てしまったのかも知れない。


「てつたん……、すきれす」(哲さん……、好きです)


 寝たんだと思っていたサクラから思ってもみなかった言葉が紡ぎ出された。俺は、びっくりして後ろを振り返った。近すぎてよく見えなかったが、耳にすーすーという寝息が聞こえて来た。寝言……?さっきのはただの寝言なのか? それとも幻聴? どっちにしろサクラが俺を好きなわけないだろうと俺は思っていた。そして、この事を俺はすぐに忘れてしまった。何もなかったかのようにさっぱりと……。


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