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第14話 秘密

 外に出ると、俺とサクラは夜の道を並んで歩いた。その真ん中にはタクローがリズミカルに少し弾んだ足取りで歩いている。

 先ほどからサクラがちらちらと俺の方を見ている。最初は気のせいかと思っていたのだが、このあからさまなちら見はどう考えても気のせいではない。なんだと思いサクラを見ると、すぐさま俺から視線を逸らし、俺が顔を戻すとまたこちらを窺ってくる。


「サクラ?どうした、俺の顔に何かついてんのか?」


 いい加減ちらちらと見られるのにもうんざりしてきた俺は、サクラにそれでも優しく声をかけた。サクラはそう聞かれて動揺したのかあたふたし始めた。まるで小動物の様に目がきょろきょろと動き、それを見ている俺は何だか面白くなってしまった。サクラは、心なしか顔を赤らめてなおも挙動不審を続けている。


「あの! あの…あの…哲さん、あのお願いがあります!!!」


 顔は先ほどよりも真っ赤にし、目をギュッと瞑り全身に余分な力を入れて強張っている。どんなお願いをされるのか分らないが、サクラにとっては言葉にするのも躊躇われるくらいに恥かしい事なんだと俺は思った。


「何だ? まあ、俺の叶えられる事くらいなら聞いてやるぞ」


 真っ赤な顔して、俯いているサクラは上目遣いで俺を見た。これはちょっとどころじゃなく可愛い……。


「あのあの……ね、手を…繋いでも……いいですか?」


 サクラは、もじもじと照れながら何とかそう言った。俺は、大きく目を見開いた。


「手?」


 俺は、思ってもみなかったお願いに素っ頓狂な声を出してしまった。


「えっと…、あの違うんです。練習というか、好きな人と…手を繋ぐ時の為の予行練習みたいな……」


 しどろもどろになり、身振り手振りでなんとか自分の考えている事を俺に伝えようとしている。しかし、手を繋ぐという事くらいでこんなに真っ赤になるなんて……。くくくっと笑いが零れた。

 俺は、自分のお願いを伝え終えたサクラは、俺の返答がどう来るのか少し怯えながらも俺の目を見て待っていた。俺はそんなサクラをじっと見ていた。サクラは俺に穴が開くほど見つめられ、恥かしさのあまり涙目になっている。

 可愛いな……、サクラは…。

 こんなに近くでこんなに一緒にいれば、否がおうにも感じるサクラの可愛らしさ、純粋さ、健気さ、直向きさ、明るさ。いつの間にかサクラが隣にいるのが当たり前になっていた。サクラが隣にいないと心配になってしまうほどに。サクラはまだ恋をしてはいないのだろうか……。俺が手伝うって言った筈なのに、他人の恋のキューピッドばかりをやって来てしまった。

 3ヶ月まで、あと残り僅か。サクラが恋をしなければ、さらにここにいる期間が延びる。俺は、サクラが帰らなければいいと思っている自分に本当は気付いていた。俺の傍にずっといて欲しい……、他の男に渡したくない……。これは、父親が娘を嫁に渡したくないと思う感情と同じものなのか…、それとももっと別のものなのか。


「ほら」


 俺はサクラの前に手を差し伸べた。サクラは恥ずかしそうに、だがしっかりと俺の手をとった。


「なあ、サクラ。お前、まだ誰にも恋してないのか?」


 その問いにサクラは俺の横顔を見たが、俺は正面を向いたまま歩き続けた。


「私、恋……してます」


 これには、俺は驚いた。俺は、サクラの横顔を見た。今度はサクラが正面を向いて歩いていた。俺は足を止めた。


「誰…なんだ?」


 サクラも足を止め、俺を見た。赤い顔をしているが、俺に少し微笑んだ。


「秘密です」


 そう言って、もう一度微笑むと俺の手を少し引っ張り先をそくした。それでも俺は動かなかった。


「そいつの事好きなのか?」


「…はい」


「ずっと一緒にいたいって思うぐらい本気で好きなのか?」


「…はい。ずっとずっと……、一生一緒にいたいって思うぐらい大好きです」


 そうかと、俺は小さく呟き歩き始めた。俺の心の中はひどく複雑な気分だった。サクラは誰かに恋をしている。誰かを好きになった。俺は、何でこんなにもやもやした気分になっているんだ? サクラが誰かの彼女になる、誰かの妻になる。今は考えたくなかった……。

 俺は先ほどよりも速い足取りで、そのもやもやを拭い取りたかった。サクラの手を強く握ったまま、この手を他の男に渡さなければならないと思うと堪らない思いを感じていた。


 家に着き、俺は炬燵に入った。

 サクラは、先に風呂に入ると言って風呂場に消えて行った。

 俺は、膝で丸くなっているタクローを撫でながら、小さな小さな溜息をついた。


「タクロー、お前はサクラが誰を好きなのか知ってるのか?」


 丸くなって喉を鳴らしていたタクローだが、俺の問いかけに首を少し上げ俺を見上げた。


「サクラ様の名誉の為にその方の名前を私が言う事は出来ないですけど、恐らく見れば誰だって分かると思いますよ、サクラ様のお気持ち。誰が見ても明らかですから」


 タクローは楽しそうにそう言った。タクローはサクラの思い人を知っていた。サクラが教えたのか、それとも見ていて気付いたのか。何で俺は気付かなかったんだろう? 俺って結構鈍感なのかな。


「ふ〜ん、俺わからないんだけど」


「哲さんは酷く鈍感ですから。多分言われないと分からないんじゃないですかね」


 何となく自分で鈍感だと思うのはいいが、人に言われるとカチンとくるもんだ。


「悪かったな。鈍感で!!!」


 タクローは俺の反応に可笑しそうに笑っていた……ように見えた。



 翌日、俺は大学に一人で向かった。

 サクラは、少し風邪気味だったので、アパートで寝ているようにと言いおいて来た。そうでもしないと、具合が悪くても俺の後を付いてきかねない。


「お〜、陽」


「あれ? 今日はサクラちゃん来ないの?」


 陽介が俺を見ると、挨拶もそっちのけで、サクラの不在を聞いた。


「随分な挨拶だな。まあいいや、今日サクラは少し風邪気味だったから部屋において来た」


「そっか、心配だね。お大事にって伝えといて」


 ああと、適当に相槌を打った。俺達は例の如く学食へと向かった。

 学食で、カレーを頼むと席に着き食べ始めた。学食のカレーは安くて量が多い。腹の減っていた俺は一番ボリュームのあるカレーを選んだのだ。


「なあ、一つ聞いていいか?」


 陽介がきょとんとした顔をしたが、すぐにいいよと笑顔を作って言った。


「サクラが好きな男ってお前誰だか分かる?」


 陽介は今度は目をまんまるに見開き、驚いたように俺を見た。その顔は恐らく信じられないと言っている。


「哲、お前分からないのか?」


 やはり、あの目は信じられないと言っていたようだ。


「ああ、分かんねえよ。悪いか」


「全くお前ってやつは……、鈍いねぇ」


 憐れむように俺を見る陽介に、流石に俺もむかっ腹が立って来た。馬鹿にしやがって〜、タクローも陽介も。俺は、その怒りをカレーをがつがつ食う事で何とか分散しようとした。

 暫くして、他の三人も同じテーブルに合流した。三人は俺の機嫌の悪さを雰囲気で察したのか目配せを交わしている。


「なあ、お前達はサクラの好きな奴が誰だか分かるのか?」


 学食のテーブルでコーヒーのカップを持ち、ちびちびと啜りながら三人に聞いた。


「お前……、もしかして分からないのか?」


 智弘がとんでもないものでも見るように俺を見た。俺は、珍獣かと突っ込みたくなる。俺の眉間に一筋皺が刻み込まれる。


「それくらい俺かて分かるわ」


 大地ほど鈍い奴ですら分かるっていうのに……。俺の眉間に二筋目の皺が刻み込まれる。


「もちろん、僕も分かるさ。もう大分前から分かっていたよ」


 何故俺だけ知らない? 何故俺だけ分からない? 俺の眉間のしわが三本目を刻み込んだ。


「なんでお前らに分かるんだよ! てめえら、知ってんだったら教えろ!!!」


 俺は三人を怒鳴りつけ、鋭い眼で睨みつけた。三人とも、俺の怒りも鋭い目も慣れているのか恐れる事も無く、何が面白いのか、ニタニタと俺を眺めている。


「あ〜あ、サクラちゃん可哀想に」「なんでだよ」


 智弘の言葉に俺は鋭く睨みつけた。


「べ〜つに〜」


「そんなに気になるならサクラちゃんに直接聞いてみたらええやん」


 俺は三人を再度睨みつけるとふんっと鼻息荒くそっぽを向いた。

 どうせ俺は、鈍感だよ。笑いたければ笑え! 馬鹿にしやがって!!!


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