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第15話 サクラの好きな奴

 その日の夜。

 俺がバイトから帰ると、サクラはすっかりと元気を取り戻していて俺はほっと肩を撫で下ろした。

 サクラが作った晩飯の生姜焼きを暖かい炬燵に入って、口一杯に頬張りながら俺の正面でニコニコしながら俺の夕食風景を見ているサクラをちらりと盗み見た。


「なあ、サクラお前が好きな奴って誰なんだよ」


 俺は呟くように小さい声でそう言った。俺が心の中で呟いていた言葉だったのだが、思わず声に出てしまっていたようだ。サクラに聞こえていて欲しくないような、聞こえていて欲しいような奇妙な気持だった。


「それは……、言えません」


 どうやらしっかりと聞こえてしまっていたようで、困ったようにサクラは微笑みながらそう言った。


「お前の傍にいる奴か?」


「…はい」


 俺は少しでもサクラからヒントを聞きだそうと試みた。


「俺が知ってる奴か?」「…ええ、まあ」


「そいつは優しいのか?」「怒る時もあるけど優しいと思います。……いいえ、優しいです」


「この部屋に来た事は?」「あり……ます」


「そいつに彼女はいるのか?」「いない……みたいですね」


「もしかしてお前、そいつと毎日喋ったりする?」「……します」


 ここまで聞いて俺はわかってしまった。

 サクラの好きな奴は……タクローだ!!! 絶対にそうだ、そうに違いない。でも、あいつら(陽介達)タクローが本当は天使だって知らない筈だよな……。タクローは猫の姿しているんだし。あいつらいったい誰だと思ってるんだ? あいつら全員そろいもそろって違う奴と勘違いしてるんだな……、どうしようもない奴らだぜ。


「サクラ、分かったよ。お前の好きな奴。正直サクラを他の奴に渡すのは複雑な心境だが、俺にとってお前は妹みたいなもんだからな……、応援するよ」


 そう俺が言った時、サクラは少し困ったように、それでいて悲しそうに笑っていた。

 きっと近くにタクローがいるから、バレやしないかとひやひやしているんだな…。

 そういえば、タクローもサクラの好きな奴を知っているって言ってたな。あいつも勘違いしてるんだな。自分の事とは知らずに馬鹿な奴だぜ。

 俺はサクラの好きな奴が無事判明したことで、すっきりとした心持ちになった。勿論娘を持つ父親のような感情は相変わらず俺の中に存在している。だが、タクローなら俺はまだ許せる。同じ天使だから一緒に天上界に帰る事も出来るし、あいつならサクラが泣く事も無いんじゃないだろうか。

 俺は大きく伸びをして、風呂に入る為に暖かくてなかなか出たがらない自分の心を律し炬燵から出た。

 俺が去った後に取り残されたサクラがどんな表情をしていたのかは俺は知らない……。

 サクラがひっそりと涙を流したわけを知らない……。

 タクローが去りゆく俺の背中と、サクラの涙を見て大きく溜息をついたわけを知らない……。

 俺だけが何も知らなかったんだ……、そう、何もかも、全く。


「最近、サクラの様子がおかしい」


 俺はタクローに話しかけた。タクローは眠いのか、それとも俺の話に全く興味がないのか、欠伸をしてちらりと俺を見上げた後再度目を閉じる。


「おい、タクロー。聞いてるのか?」


「聞いてますよ。私が見たところ、サクラ様はたいして変ではないと思いますが。ここに来た頃からあんな感じでしたよ。もし変だとして、一体誰のせいなんでしょうね?」


 一体誰のせいだ〜? お前のせいだろうが!!! とタクローをどつきたくなったが、そんな事をしたら一見俺が動物虐待をしているように見えてしまうし、それにサクラの気持ちがバレてしまったら大変だ。

 全くタクローはサクラの気持ちに気付いていないようだったので、俺はあからさまに溜息をついた。

 俺がサクラの気持ちがタクローに向いていると気付いたあの日からサクラの様子がおかしくなった。いつも何だか上の空で、二人で並んで歩いている時も心ここにあらずといった感じが大いに伝わって来る。何度呼びかけても返事が返って来ない事も度々あった。

 タクローと何かあったんじゃないかと俺はタクローに探りを入れたのだ。タクローの反応は何とも今一で二人の間で何かがあったとも、何もなかったともとれる曖昧なものだった。



 その翌日。

 俺はサクラを連れて、馬鹿の一つ覚えとはこの事だが、大学の学食へと足を運んだ。

 そこにはいつものメンバーが安いメニューをそれぞれ黙々と食べいていた。

 俺に気付くと、皆手を上げて挨拶を投げかけてくる。


「おっ、哲、サクラちゃん! 聞いてや!!! 俺な、美紗ちゃんの彼氏に昇格しそうなんや! なんもかんも二人のお陰や、おおきにな」


 大地に高梨を会わせてから1週間以上たっていた。その間、メールとコンビニ通いで何かと高梨に付き纏い、俺から見たら若干ストーカーチックに見えたが、高梨はそれをあまり嫌がっている風でも無く俺も見ていて、案外高梨の方でも大地に気があるんじゃないかと思っていたところだったのだ。大地の努力がやっと功を奏したっといったところだろうか。


「良かったですね〜」


 サクラがそう言ってほほ笑むと、大地は嬉しさのあまりサクラに抱きついた。


「サクラちゃん、ありがとう!!!」


 俺はそれを見て、カッとなって、考えるよりも早く体が勝手に動いた。大地の肩を掴み無理矢理サクラから引き剥がした。

 サクラは、大地にいきなり抱きつかれ、挙句にいきなり引き剥がされたので、驚きで固まってしまっていた。


「哲…?」


「あっ、いや、ほらあれだ。俺の大事な身内なんだからな、手なんか出してみろ、俺がただじゃおかないぞ」


 皆が驚いた顔で俺を見ていたので、それを取り繕うように笑いながらそう言った。

 この場で一番驚いているのは、誰でもないこの俺に違いなかった。皆には笑ってごまかしてはいたが、俺の心中は穏やかじゃなかった。どうしちゃったんだ? 俺。大地が誰かに抱きつくなんて今に始まった事じゃないじゃない。俺は、何であんなに頭に血が上ってしまったんだろうか。


「哲、ちょっといいか?」


 陽介は、一応俺にそう聞いたが、返事を待つ事もなくその場をそそくさと歩き去った。要するに俺に四の五の言わずついて来いってことだ。俺は陽介の後に従いついて行った。学食を出て、中庭に出た。この寒い中、中庭で食事をしたいと思うモノ好きは一人もいない。


「お前、最近自分がおかしいって自覚ある?」


「はあ?」


 俺は素っ頓狂な声を上げ、陽介を見た。


「分かってないのか?」


 俺は言葉が出て来ず、ただひたすら陽介を見ている事しか出来なかった。


「哲、お前…サクラちゃんが好きなんじゃないのか?」


「んなわけねぇよ! だいたいあいつは……」


 タクローが好きなんだからという言葉を何とか飲み下した。


「だいたいあいつは親戚なんだから…か?」


 俺が言おうとした言葉とは違うが、そう汲み取るのが一番自然だと俺も思う。


「サクラは大事な預りものなんだ。手なんかだせるかよ。それに、サクラは俺にとったら妹みたいなもんだ」


 陽介は、俺の顔を見て、大きな溜息を吐いた。全くお前は仕方がない奴だなといっているかのように。


「だから? それは、好きだという事は認めてるってことか? だけど、その想いは断ち切っているって事なのか?」


「だから、サクラは妹としてしか思ってないって言ってるだろ!!!」


 俺はだんだん苛々して来ていた。俺は間違っていない筈なのに、何だって陽介はこんなにサクラの事でからんでくるんだ。


「最近のお前な…、ずっとサクラちゃんの事目で追ってるよ。愛おしそうに、楽しそうに、切なそうに。さっきのだって嫉妬だろう? サクラちゃんに誰にも触れて貰いたくないって思ってるんじゃないのか?」


「いい加減にしてくれ!!!」


 そう言うと、俺は陽介の話にはもう耳を傾けずに、学食へと戻って行った。

 学食に戻ると、サクラと目が合ったが、俺はつい視線を逸らしてしまった。サクラは、俺に無視されたと思うのかもしれない。

 何やってんだ、俺は。


 午後の講義は最悪だった。

 ぼんやりと頭の中では陽介の言葉がリフレインしていた。


『お前…サクラちゃんが好きなんじゃないのか?』


 その言葉が俺を思孝の奥深い所に誘う。

 あいつの妄想は、酷いもんだ……。そう笑って済ます事がこの時の俺には出来なかった。


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