閑話休題 小さな疼き
アリアは夜中にふと目が覚めた。
先程まで浅い眠りを揺蕩っていた意識がはっきりとしていく。
隣ではレッタのゆるやかな寝息が聞こえた事に安心した。
(そういえば、ここはイルシュさんのおうちでしたね……。)
上質だが慣れないベッドの感覚に今の自分の場所を悟らされる。
だが布団越しに穏やかに伝わる彼女の体温が自分が一人じゃないことを教えてくれた。
静かに周囲を『見』回すと、隣のベッドにいるホートライドの寝息も確認できた。
微かにだが、窓の外から人々の喧騒が聞こえてくると、そこが帝都なのだと理解できた。
(……何時なのかな?二人とも寝てるから朝じゃないんだろうけど。)
太陽も知らなければ時計も分からないアリアにとっては、今が何時なのかを知る術がない。
(イルシュさんが、帝都は夜でも明るくて賑やかだって言ってましたね。)
だとすれば今は夜なのだろう。
村であれば21時を過ぎれば外の物音はしないし、虫の声や、鳥の鳴き方でおおよその時間感覚は掴めるが、ここではそれは無理そうであった。
その時、微かな衣擦れの音と共にアリアの手の甲にレッタの指先が当たった。
(キルトランス様……。)
なぜか突然に隣で寝ているはずの龍を思い出した。
(会いたいな……。)
だがそれは叶わない。何故なら今の自分には会いに行く術が無いからだ。
ここは初めて来た場所。部屋の形も広さも分からない。
村を出てからずっと、誰かの助けがなければ歩くことすら出来ない状況だった。
すると唐突に自分の眼が見えない事を悔やみたくなった。当たり前すぎて考えなかった事を久しぶりに自覚した。自分が眼さえ見えれば、きっとこっそりとベッドを抜け出して自分の足で隣の部屋まで歩いて行けただろうに。
(でもダメですね、隣の部屋にはイルシュさんも……。)
その時、アリアの心臓が小さく悲鳴を挙げ、一瞬彼女の体が強張る。
(イルシュさん、どうやって寝てるんだろ?)
村の時にもイルシュと一緒に暮らしていた。だが彼女のそんな事が気になったことは一度も無かった。なのに、今、意識した瞬間に全身の毛が逆立つほどの不快感を覚えてしまったのだ。
隣の部屋はこの部屋と同じような構造だとはホートライドが言っていた。つまりベッドは二つあるはず。
だから恐らく自分の位置にキルトランスがいて、ホートライドの寝ている位置にイルシュが寝ているはずだ。
(でも、もし……もしも……。)
もし、イルシュがキルトランスと一緒に寝ていたとしたら?そんな考えが脳裏を過る。
そしてその脳裏が鮮烈に彼女を打ちのめす。
キルトランスの硬いのに暖かい鱗を感じる隣の位置。そこにもしイルシュが居たとしたら。
(イヤだ……。)
冷静に考えればそんな事は有り得ないのは分かっている。キルトランスとイルシュはお互いに苦手意識があるのは分かっているからだ。
それでも。それでもその可能性があり得る隣の部屋に対して、アリアは言い知れない感情を抑えられないのだ。
(自分の足で歩けさえすれば、隣の部屋に行けるのに……。)
気がつけば彼女の瞳から涙が溢れて髪を濡らしていた。
(キルトランス様に触りたいよ……。)
エアリアーナ、生まれて初めての嫉妬であった。




