外交
プロセリアの首都ベールの街並は、石造りで立派なものだった。狭い範囲であれば、実に見栄えがする大通りだ。大通りだけ切り取ればオースティンの王都まではいかなくとも、旧ヴェルセン領の領都くらいはありそうだ。
ただ、人は疎らで活気はなく、深刻な経済状況を伺わせる。路地を見れば、農村から職を求めて首都に来た棄民と呼ばれる労働者達がいた。
廃材を組み合わせたような、小屋?…というかも怪しいモノに多くの棄民がひしめき合っていることがわかる。
プロセリアは先の内乱でありもしない疑いをかけたという名目でオースティンへの貿易制限を行なった。この貿易制限により、対オースティンの貿易赤字は減少したが、国内産業が大打撃を受けたらしい。
元々、産業自体がオースティンに押され気味だったことに加えて、糸や鉱物、木材など原材料をオースティンから購入していたのだ。
オースティンとの貿易収支がいくら大赤字でも、貿易を制限すればどうなるか…状況を見れば間違えようがないのだが…
オースティンは、フーリアやフラレシアと言った海上貿易を行う国に原料を売ればいいのだ。ほとんど影響がない。
対してプロセリアは、自国の資源を増産するか、我が国の資源を第三国から割高に購入するしかなくなった。
そもそも増産する能力があるなら、輸入などしていないだろう。材料が足りなくなった分だけ、貿易制限で輸出が減った分だけ、工場の稼働率が落ちる。原料を買えないし、完成品の価格は当然に高くなる。
オースティンはこの機に、プロセリアが完成品を輸出していた国々に、より安価で高品質な完成品を輸出する事で完全に市場を奪っていた。プロセリアも補助金を出し値段を下げてきたが、人力と動力機関ではそもそものコストが異なるのだ、原価を割りこむような販売攻勢はすぐに財政の悪化を招き、連鎖的な倒産に繋がった。
結果、働き口がなくなりプロセリアの内需はズタボロ…気づいた頃には手遅れな状況になっていたわけだ。まぁ、絵に描いたような自業自得だろう。
今回…来た目的を言えば、内戦時にプロセリア帝国が何の連絡もなく、軍を国境付近に進軍させたこととオルタラント公の亡命を受け入れたことだ。
内乱後、暗部との情報を共有して、確実な事柄だけをオースティンとして公式に抗議したに来たのだ。こちらの相手に出てきたのは、プロセリアの外務卿のバイエル ハライメン公爵だった。
「はじめまして、バイエル卿…オースティン全権委任卿ラース リットラントと言う。プロセリアとの外交を担当させていただく。よろしく。」
全権委任卿は外務卿が不在の場合に必要に応じて王が外務卿と同等以上の権限を与える役職である。今回の場合はプロセリアとの交渉に関する全権を与えられている。
「はじめまして…ラース卿…プロセリア外務卿のバイエル ハライメンだ。よろしく。」
おかしな風習だが…外交上対等ということで同等の役職なら敬語をあまり使わない傾向にある。
「さて、早速だが、我が国からの抗議は届いていると思う。貴国の返答は納得しかねる。」
「いくら言われても、貴国のオルタラント公が亡命した事実がない。また、国境に軍を進軍させたのは、オースティン軍が南進したためだ。」
「失礼だが、マーシア戦後に我が国と取り交わした条約を覚えておいでかな?」
もっともらしい言い訳だが、オースティンとプロセリアはマーシアとの戦争以降、互いの国境付近にある領土に、新たに5000を超えて進軍する時は、事前に連絡しなければならないとの取り決めをしている。
「オースティン側の動きが性急だったため、事前に連絡できなかった。むしろ、オースティン側が北進して脅威を与えたことに原因がある。」
「我が国は反乱が発覚した時点で、プロセリア側に北進する旨を伝えている。国境に隣接するオルタラント公領に入る際も、通知してから入っている。それに対して、貴国が我が国に進軍を伝えたのは、反乱軍の敗戦が濃厚になってからだ。反乱が起きている国が二回も通知しているのに、平時の貴国が一週間以上あったにも関わらず、こちらに何の連絡もしないのは怠慢だ。他の意図を勘繰られても仕方がないのでは?」
プロセリアはまるで内乱に呼応するように、秘密裏に進軍し、内乱後も内乱の首謀者を匿っている。これは、明らかな敵対行為だ。
「我が国に侵攻の意図があったと?それは侮辱だ…訂正と謝罪を求める。場合によっては、我が国も対抗処置を講ずることになる。」
「そう言う意見もあると言ったのだ。他の意図と言ったのに、侵攻の意図とは語るに落ちるとはこのことだ。対抗措置?すでに貿易制限をしているようだが?他に貴国が何の対抗措置を取れるのか?ぜひ見せてもらいたい。」
もう軍事行動くらいしか手段はないぞ?
「言葉に気をつけたまえ。君の言葉で我が国と貴国の関係が悪化する可能性があるのだ。マーシアと貴国の関係を考えれば、その時の責任を君のような若輩の貴族がとれるのかね?」
?…何言ってんだコイツ?悪化というならすでに手遅れだ。我が国はプロセリアに見切りをつけている。今回の会談は来月に期限となる同盟の延長をせず、同盟を打ち切るためのものだ。
一方的に打ち切ってもいいのだが、最後にチャンスをくれてやったのだ。素直に謝罪するなら延長も考えるつもりだった。
「ふん、自分の立場を分かったかね?まぁ、公爵家である私は若輩の君の無礼を許そうではないか。今からは、君も我が国との関係が良くなるように考えたまえ。我が国は、オースティンの無礼な態度に怒りを感じているが、友好のため今回の貿易制限を一時中断するつもりだ。」
こちらが黙っているのをいいように解釈したらしい。侯爵家をやたら強調したが…もしかして、コイツ…オースティンでの僕の立場を知らないのか?まぁ、上級貴族の爵位が変わるなんて滅多にあるものじゃないが、外務院のトップが知らないのは問題あるだろう。
貿易制限を一時中断?そんなこと何の譲歩にもなっていないのだが…制限したら自分の国の経済が破綻したからやめたいってことだろ。ふざけんな!
「…我が国では他国との話し合いの際に、外務院の書記官と王政府の書記官が記録を残すことになっている。」
「それがどうしたのかね?」
「今の貴殿の発言は、王政府に確実に伝わることを言っている。」
「だから、どうしたと言うのだね?立場としては同等でも貴族としては差がある。私はそう言ったのだなんの問題があるのかね。」
ハッキリと言ったね。馬鹿だコイツ
「差がある?どのような?」
「分からん奴だ!リットラントなどと言う辺境の山猿伯爵とプロセリアの王家に連なる公爵家たるハライメンでは明確な身分の差があると言ったのだ。」
ああ…なんて素晴らしい馬鹿なのだろう。爵位の差など国が違えば参考にしかならんと思うが…まぁ、いい…そう思っているなら利用させてもらおう。
「爵位の差がそれほど重要ですか?」
「当たり前だ!貴族である以上は爵位に敬意を表さないはずがない。まぁ、山猿には難しいかもしれんがね。」
盛大に勘違いしたらしい。本当に馬鹿だ。
「…そうですね。爵位は重要かもしれませんね。外交礼儀上同等の官吏は対等という考えを持っていましたが、考えを改めましょう今後は爵位に応じて、対応を変えることにしましょうか。あ…今回は勉強させていただいたので記念に残すため、バイエル公爵にもサインをいただきたいのですが。」
書記官が書いていた紙…本来であれば僕がサインする位置にサインを書くように即す。記載した内容に誤りがないことを証明するための記載枠だ。外交団のトップは書記官の記載した内容に疑義がある場合は、サインせずに国王に判断を仰ぐことができる。
「ふん、良い心がけだ。なるほど、寸分違わず書き写すとは、優秀な書記官達だ。サインしてやろう。」
あっさりとサインに応じ、証印まで押しやがった馬鹿が…それを受け取ってから
「うむ、それでは今の暴言について謝罪したまえ。バイエルくん。」
「な…貴様どういうつもりだ…
「言葉に気をつけたまえバイエルくん…大公爵たる私にそんな口を聞いていいのかね?」
「大公爵?何を言って…」
「知らないのか…オースティンから正式に通知が行っているはずだ。貴国の使節も授与式に参加していたはずだが…まさか外務卿が知らんのか?」
「馬鹿が…そんなはずはない!」
「それは君のことだな。早く確認して来てくれないか?」
ーーーー
15分後、出てきたのは伯爵家の次官だった。
「お待たせして申し訳ありません。ラース大公閣下…バイエル卿は体調を崩しまして、変わって外務局長をやっておりますワンフル バウンドが対応させていただきます。」
「なるほど…まず、先程の件を謝罪いただきたい。」
国が違えば爵位など参考に過ぎない。ただ、爵位には敬意を示すことが求められるのはバイエルが言った通りだ。バイエルはオースティンの大公爵たるラースをプロセリアの公爵以下だと言ったのだ。これはどのような小国の貴族であっても激怒するだろう。
そうでなくとも、プロセリア国内では公爵家と同等とされるリットラント辺境伯を感情に任せて山猿とまで侮辱したのだ。これに謝罪を求めるのは当然のことだ。
「先程の件はバイエル公の個人的な意見ですので、プロセリアとしては謝罪できませんが、大変失礼致しました。」
「なるほど…外交のトップである外務卿が会談で言ったことでも個人のことになるのか…分かった。あなた方と話すことはもう何もない。同盟は来月の期限を持って終了とさせてもらう。加えて、内乱時の敵対行動に対して謝罪とオルタラント公の引き渡しが行われなければ、プロセリアとの貿易を一切禁止にする。」
「な…そんなことを、外務卿の代理とはいえ全権委任卿だけで決めて良いはずが…。」
「私は陛下から貴国との外交と軍事における全権を委任されている。貴国との外交は私の一存ですべて決めることが出来る。宣戦布告さえ出来る。」
今回、ラースに与えられた権限は、プロセリアに対する事柄に限れば王と遜色ない。オースティンが出来ることは全て出来るのだ。
「ば…馬鹿な…オースティンは我が国との長年の友好関係を解消する気ですか?」
「プロセリアの友好国とは思えない対応のせいだ。我が国は十分に配慮してきた。加えて同盟国の外務卿代理を山猿と侮辱したのだ…喧嘩売ってるのはどっちだ?」
「…戦争時に我が国がマーシア側につくことになりますよ。」
まだ、強気だとは…経済的に詰んでることに貴族連中はまだ気がついていないらしい。
「お好きにすればいい!我が国の敗戦が濃厚になれば、すぐに侵攻する気だったくせに…そんな言葉が脅しになると思うか?とりあえず、あと二週間はこちらに留まるつもりだ。今回の件を含めて、すべてを認めて謝罪するなら改めて会談に応じる。それ以外なら国交を断絶するつもりだ。よく考えることだ!」
そのまま立ち上がると、部屋を後にする。書記官としてきた二人と何人かの部下が後に続く、そのまま待たせていた馬車に乗り込むと王政府の書記官が同乗してきて、僕の正面に座った。
「マーチ殿下…殿下の馬車は別に用意しているはずですが?」
「いいじゃないか?二人の方が楽しいだろ?」
マーチ殿下はいつもの軍服ではなく、執事服のような服を着ている。今回の会談で書記官を勤めると言ってついてきたのだ。
「時と場合によりますね。僕は今一人になりたいのですが…」
「つれないな…大公閣下は、せっかくの二人旅なのにね。」
「いや、仕事です。」
間髪入れずにツッコミを入れるが、それには答えずマーチ殿下は腕を上に伸ばし伸びをする。男物の服に締め付けられた胸がタユンと揺れた。
「そんなこと言っているが、君は俺の胸ばかり見ているね。そんなに興味があるなら…言ってくれればいつでも見せてあげるのに。」
「いや、そんなデカけりゃ…誰だって見るでしょう。誘ったって手は出しませんよ。」
「開き直るとは…男らしいと再評価すべきか…上司にヤラシイ目で見られたとシルビア姉様にお伝えすべきか迷うところだ。」
「やめてくれ。これでも上手くいってるんです。」
本当だよ?
「それに、僕は父親の仇ですよ…惚れる要素がないでしょう?なんでまた結婚なんて?」
「いや?別に惚れていないよ。僕の好みは…シルビア姉様やミリティア殿のような気の強そうな女性だ!」
な…なに…を真顔で言ってんのこの人!もう嫌!
「…女性が好きだったんですか?」
「その通りだ。社交界で可憐な貴族令嬢を口説いたら、父親に社交界に出してもらえなくなったのはいい思い出だ。」
当たり前だ。アホか。
「まぁ、そうガッカリするな。ラース殿の見た目は嫌いじゃない。男の中ではダントツで好きな見た目だ。」
「ガッカリしてない…げんなりしてたんですよ。それって見た目だけじゃないですか!」
「まぁ、そうだな。見た目は大事だ。ただ、性格も嫌いじゃないぞ。自信過剰で何でも自分が正しいと思ってるところとか。女は自分に惚れると思い込んでるおめでたい頭はね。」
「おい…嫌いな理由だろそれ…では、何で結婚したいんですか?」
「え?まぁ、ここで下手な貴族の男と結婚させられるくらいなら、見た目だけは麗しい君と結婚する方がいくらかマシじゃなかった…面白そう?いや、国の役に立てると思ってね。」
「ブレまくりですね。いっそ清々しいーー
ドン!
鈍い音とともに馬車が止まる。ん?なんかにぶつかったのか?ふと、外を見ると10歳ぐらいの子供が倒れていた。当たったのか?まずい!かなりの速度が出ていた…馬車に当たれば大怪我じゃすまない。
僕は、衛兵が止めるのも聞かず、確認するため倒れている子供の側に寄った。魔力の流れを見る…何か所か骨折しているようだが致命的な外傷はない。病気などもなさそうだが…それよりも栄養状態が問題だ。とりあえず、暖かくして目が覚めたら何か食べさせよう。
「ありがとう…ごめんなさい。」
魔力による診察を終え、近付いた僕に感謝する少年…?貴族の馬車に当たれば罰せられることもある。謝罪は分からなくはない。ただ、感謝は訳が分からない。混乱しているのか?
「…なぜ感謝する?」
そう聞くが少年はすぐに意識を失ってしまった。僕は慌てて少年を抱え上げると…馬車に乗り、オースティンが所有する在外公館へ運ばせた。




