表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニライカナイの花嫁 〜引きこもり少女、竜の島で三食ヤギ付き花嫁生活始めます!〜  作者: 望月冴子
青と離れて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/25

花嫁になるはずだった女


「ほぇっ……」


 ツムギは口をぽかんと開けて老婆を見た。


「……えっ? ほんとぉ?」

「ちょいと昔話をするよ。──今からずっと前の時代はな、花嫁に選ばれることは誇りだった」


 老婆は言葉を区切り、ふわふわヤギを撫でた。


「『竜の国は美しく、竜人さまは愛情深い』と言われていたそうさ」

「ありゃ? 真実じゃん!」


 ツムギはつい口を挟む。

 老婆は頷いた。


「そいで花嫁候補が浜にずらっと並んでな。託宣を待っていたそうだ。……けれどそのうち戦争があって、表立って風習は途絶えた」

「うん……」


 竜人がヒカンドリを通じて花嫁を選び、託宣を下す。

 その慣習はずっと前からあったようだ。

 だがそれも、戦後にはほぼ無くなったらしい。


「そんなわけでババアが娘の時代には、花嫁候補は二人だけだった。──私と姉のね」

「……おばぁ、お姉さんいるんだ」


 そういえば、老婆の家族の話は聞いたことがなかった。

 確か、未だ独身だとツムギの嫁入りの時に言っていたか。


「双子でな。村一番の美人姉妹と評判だったさ」

「あはは。おばぁの若い頃、見たかったなぁ」


 ツムギは目の前の老婆を見つめる。

 今でもこれだけ美しいのだ、昔はさぞかし美人だっただろう。


「ま、見た目は瓜二つだが、中身は正反対でな。不真面目な私と違い、姉はまさに人生を賭けて修行をこなしていた。だから選ばれるなら姉だと思っていたんだが……修行に飽きた私が、家を抜け出した時のことだ」

「え、おばぁも抜け出したりしてたのぉ⁉︎」


 自分との意外な共通点に、ツムギはちょっと嬉しくなった。


「ババアも若かったからね。──そん時に、ヒカンドリさまが私を見初めた。びっくり仰天とはあのことさ」


 老婆はしわがれ声で苦笑した。

 ツムギはずいっと身を乗り出す。


「それで、おばぁも花嫁になったの?」

「いんや」


 老婆は笑顔を引っ込めて、暗い口調になった。


「姉が納得しなかったさ。抜け駆けだと、卑怯極まりない、とな。……まったくその通りだと私も思った」

「……」

「そうして──、竜人さまが村に着いた時。花嫁衣装を着て浜に座っていたのは、私ではなく姉だった」


 双子の姉妹が入れ替わり、竜人の花嫁になったのか。

 ツムギは息を呑んで聞き入っていた。


「幸か不幸か、竜人さまは入れ替わりに気づかず、姉を連れて行った。その後は再び託宣が来ることもなく、私もいい歳になり、今度はハナリを継ぐ修行を始めた」

「うん……」

「けれど、姉の輿入れから十年ばかり経った時だ」


 老婆の顔がさらに険しくなる。


「無惨な姿の姉が浜に流れ着いた。体中が傷だらけで、焼け焦げて……そりゃあ酷い有様だった」

「……え?」


 何かが記憶に引っかかって、ツムギは顔を上げる。


「それ……いつの話だっけ?」

「二十年前さね」


 二十年……。

 それはもしかして……。

 ツムギは愕然として口を開く。


「おばぁのお姉さんって……ギルターたちのお母さん?」

「そういうことなんだね」


 老婆は長く息を吐いた。


「……竜の国は本当は酷い場所だったのだと、我々は長いこと騙されていたのだと、村の誰もが思った。だが私だけが、真の理由を知っていた。私が竜人さまをたばかり、入れ替わったから……それがバレて、姉が代わりに罰を受けたのだと」

「違うよぉ!」


 ツムギが思わず叫ぶと、老婆はゆっくりと頷いた。


「竜人さまの世界は、姉には……たまたま合わなかったらしい。ただ、それだけのことだったんだね」

「うん……」


 老婆の姉──ギルターたちの母の目には、竜人の真の姿が、恐ろしい化け物として映ってしまった。

 それがあの悲しい事故に繋がった。

 誰が悪いわけでも、増してや竜人が罰を下したなどではない。


「そして私はハナリを継いだ。時代的にも続けられんだろうと、花嫁候補も育てなかった。みなが口をつぐみ、この慣習を忘れようとした。実際それから託宣も無く、忘れられると思った。……二十年経って、どっかのお転婆娘が引っかかるまではね」

「……あはは」

「ねえさま……」


 竜人の花嫁になるはずだった女は、目を瞑って天を仰ぐ。


「いま思えば、そもそも私は本気で選ばれたかったわけでもなかった。そんな責任は真っ平ごめんだった。だからねえさまの訴えに、これ幸いと逃げたんだ」

「……」


 ツムギは何と言えばいいのかわからなかった。

 胸元の祝珠をきゅっと握っていると、老婆は独り言のように続ける。


「私はただ──ねえさまと一緒に修行するのが、楽しかっただけなんだよ」


 老婆は目を開け、ツムギを見やった。


「あんたにやった笛は、姉が使ってたもんさ」

「えっ⁉︎」


 ツムギは慌ててポシェットから笛を取り出す。


「流れ着いた姉が唯一持ってたもんがそれだった。ちょいと焦げてるがね……。消毒して保存してたから、汚くないよ」

「い、いいのぉ? そんな大事なものを……」

「いいさ」


 老婆が微笑む。

 年老いてなお、竜人の花嫁にふさわしいような美しい笑顔だった。


「あんたが笑って帰ってきて、私はちょっと救われたんだよ」

「おばぁ……」

「──さ、これで昔話はお終いだ。ババアのつまらん告白を聞いてくれてありがとよ。どれ」


 と、老婆は懐から自分の笛を取り出す。


「気分転換に一曲吹こうか。そうさな──竜に捧げる調べでも」

「竜に捧げる……?」

「花嫁が、竜人さまを慰めるための音色さ」


 老婆は息を吸って笛を奏で始める。

 ツムギは息を潜めて聞き入った。

 澄んだ笛の音が部屋に広がる。

 鎮魂の曲とは確かに違う。

 なんだか肩の力がすっと抜けていくような、優しい音色だ。


(子守唄みたい……)


 ふわふわヤギが心地良さげに体を揺らしている。

 ツムギも目を閉じて、曲に体を委ねた。

 音が部屋の隅々まで行き渡ってから、静かに戻ってくる。

 時間の感覚が、ふっと薄れていった。

 ──やがて、最後の音が空気にほどけるようにして曲が終わる。

 老婆がゆっくりと笛から口を離すと、ツムギは膝立ちになって力いっぱい拍手した。


「すごいよぉ、おばぁ!」


 ヤギもピスピス鼻を鳴らして、老婆に頭を擦り付けている。

 老婆は少し照れたように笑った。


「私は笛だけは誰にも、姉にも負けなかったんだよ。……ついぞ、竜人さまに披露する機会はなかったけどね」

「そっかぁ……」

「ま、自業自得というやつさ」


 老婆の声は少し寂しそうだった。

 気持ちはわかる気がした。

 ツムギももう、あの二人に笛を聞いてもらえる機会は無い。

 けれど、この愛の曲を吹けるようになりたかった。

 ツムギは二人の母親の笛を、ぎゅっと握りしめる。


「──違うっ、そこで指をこっちだって言っちょるが! まったく鈍臭い娘だね、できるまで寝かせないよ! 今夜は徹夜だ!」

「おばぁ、歳を考えてよぉ……」

「くぁーん」


     ✳︎✳︎✳︎


 そんな賑やかな日々の、とある夕方。

 ツムギはいつものように、膝立ちになって竜の祠を片付けていた。

 隣で草を食んでいたヤギが、大木を見上げて短く鳴く。


「どうしたのぉ?」


 ツムギは視線を追って見上げる。

 一羽の鳥が、御神木からこちらを見下ろしていた。

 その鋭い瞳にツムギは息を飲む。


「……カガリ!」


 まだ日が明るいので光ってはいない。

 普通の大きな鷲のように見えるが、その──青い瞳。

 ツムギの鼓動が一気に早くなった。


(ほんとはずっと……ちょっとだけ期待してた……!)


 もしかしたら、自分の様子を見に来てくれるのではないか、と。

 ツムギは膝で木の根元に歩み寄り、大きく手を振る。


「ギルター!」


 返事はもちろん無い。


「そっか。そもそも声は届かないのかなぁ?」


 それでもツムギは笑顔を作る。

 鳥に──その向こうのギルターに手を振って語りかけた。


「みんな……チビちゃんたちも元気にしてる? こっちは二人とも元気だよぉ」


 隣のヤギを指差す。


「くぅーん!」

「ありゃ」


 ツムギの目から、ぽろりと涙がこぼれた。

 慌ててぬぐって微笑んでみせる。


「……あたし、頑張ってるよ。うまく、やれてるよ」


 ……そうだ。

 ツムギは笛を取り出す。


「笛をもらったんだよ。練習中なんだけど聞いてね。聞こえるか分からないけど……」


 こほんと咳をして笛を構え、大きく息を吸う。

 そして、まだまだ下手だけれど精一杯、心を込めて笛を鳴らす。

 老婆に教わったあの愛の曲だ。


(気持ちだけでも……どうか、海の向こうのあなたに届きますように……)


 たどたどしくも、何とか終わりまで吹き終えることができた。


「えへへ。どうかな、ギルター」


 息を弾ませながら笛を下ろすと、カガリが木から舞い降りてきた。

 傍らに咲いている花をクチバシで摘む。

 鳥はそのままヤギの上へと飛び乗り──ツムギの耳へと、花を挿した。


『はい、今日のお花……』


 甘い香りが鼻をくすぐる。

 至近距離で青い瞳と目が合い、どうしようもなく心が震えた。


「……キザすぎぃ」


 ツムギは震える唇でつぶやいた。


「ありがとう、ギルター……カガリ……」


 何とかお礼を言葉にすると、鳥は海へと飛び去っていった。


 辺りがすっかり暗くなってヤシロが探しに来るまで、ツムギは顔を両手で覆ってそこにいた。


     ✳︎✳︎✳︎


 翌朝。

 ツムギはふわふわヤギを走らせて祠へと向かう。

 二人で木々を見上げて探すが、カガリの姿は見えない。

 それでも、またどこかで見ていてくれるかもしれない。


「竜人さま。貢ぎ物でございます」


 イタズラっぽく笑って一礼し、小さなかごを祠に置く。

 ゼータが欲しがっていた村の果物を詰めて、レシピも添えた。

 昨晩、実家に寄って母に教えてもらった、レアチーズケーキの作り方。


「ゼータに作ってもらってね」


 夕方になってドキドキしながらそっと覗くと、かごは無くなっていた。

 ヤギと目を見合わせてガッツポーズをする。


 それからもツムギは色んなフルーツや二人が喜びそうなものを毎日供えた。

 けれど最初の日と違って、それらが持ち去られることはなかった。


「もう来ないのかもしれないねぇ……」

「くぅーん」


 二人とも忙しいのだ。

 これから子どもたちが生まれてくる。

 その準備に、大切な使命に、時間はいくらあっても足りないだろう。

 カガリにだって、カガリの生活がある。


(……別々の道を選んだのは、あたしだもん)


 その自分がいつまでも囚われていてはいけない。

 ツムギは両手で頬をぺしんと叩くと、仕事に取りかかった。


     ✳︎✳︎✳︎


 ──しかし、数日後。

 いつも通り夕方に祠に行くと、カガリが持ち去ったはずのかごが置いてあった。

 

「わざわざ返しにきてくれたのぉ?……あれ?」


 かごを取り上げると、中に包みが入っている。

 首を傾げながらそれを開くと、香ばしい香りが広がった。


「ほわぁ……!」

「くぅーん!」


 ツムギとヤギは目を輝かせた。

 フルーツを使ったパウンドケーキだった。

 ご丁寧にも、綺麗に切り分けてある。

 震える手で取り上げて、一切れをヤギの口に、もう一切れを自分の口に入れた。

 竜の島のナッツと一緒に、数日前にお供えした村の果物が使われていた。

 優しい甘さが口の中に広がり、涙がにじむ。


「ゼータ……ありがとう……」


 大好きな人の弟。

 遠く離れていても、ツムギの大切な家族。


 ツムギはケーキを捧げ持って、すぐさますっ飛んで家に戻る。

 再び一切れずつ口に入れて小躍りしているツムギとヤギを、老婆がすかさず見とがめた。


「これっ、夕飯前に何をもぐもぐしてんだい!」

「えへへ、二人も食べるぅ? 竜人さまの特製ケーキ!」


 老婆とヤシロが目を丸くする。

 ツムギは声をあげて笑った。


(──ギルター、ゼータ。ありがとう)


 心の中で竜人たちに語りかける。


(あたしはもう大丈夫。ここで、この人たちとやっていけるよぉ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ