真実の口
カン!と、槌の音が響いた。
「今のレジーナの発言をもって、審理を再開する。宰相。記載を開始するように」
「承りました」
王の宣言に、宰相のペンが再びなめらかに羊皮紙の上で踊り出す。
「では、レジーナ。掛けられた嫌疑をすべて否認するということでいいな」
ヴィルヘルムの確認に、レジーナはもう一度はっきりと宣言する。
「はい。先程大公閣下に代弁いただいた通り、私は巻き込まれただけです。アッシェン先生と挨拶以上にお話ししたのは二度だけで、一度は地図を拾って教室に運んだ時、二度目は文化交流祭の際に騙され、学生会室から連れ出された時です。その一度目の時を誤解されたのだと思います」
「物証だってあるだろう? それはどう言い訳をする気だ」
再び糾弾の構えを見せる法務長官の問いに、レジーナは丁寧に答えた。
「アッシェン先生があの茶葉を渡してきた理由はわかりません。ですが、私は子供の頃から親しくない人間からもらったものを口にするなと教えられてきました。だからといって、学園の先生が親切にくださったものをすぐに捨てるのも難しく、棚に入れておいただけなんです」
「そのように見え透いた言い訳が通じると思うのか!」
「言い訳じゃありません!」
「それについては水掛け論だろう。それを渡した人間はすでに鬼籍だ」
エリアスがレジーナに助け船を出して逆に法務長官に指摘する。
「法務長官はまるでテオドールの代理人のようじゃないか。レジーナも本人の言葉で語った。テオドールにも事件との関わりについて話してもらうべきじゃないか?」
突然話をふられたテオドールは息を飲んで唇を舐める。
自分には弁才がある。法務長官の描いた筋に従って自らを弁護すれば勝ち目があるはずだ。
そこにひどくしわぶいた声で父コンラートが口を挟んだ。
「テオドール。手紙にも書いたが、お前とレジーナ姫に起こったことを、正確に話しなさい。真実を告白し悔い改めるのならば、親として、何を犠牲にしてもお前の味方になろう」
父の言葉に頷いたテオドールは言葉を選んで話し始めた。
「クラスで疎外された事をきっかけに親しくなった僕とレジーナは、皆に隠れて庭で食事をとっていました。ですがある日、アッシェン先生……その時はその先生が誰か分かりませんでした、がレジーナの代わりに庭に来たのです。彼との話し合いで僕はレジーナの置かれた立場を理解しました。そして彼女の求めに従い、力になりたいと一時的にノーザンバラの力を利用する事にしました」
「私は求めてなんてない! 止めたけど聞いてくれなかったでしょう!」
そのレジーナの訴えを無視したテオドールは、法務長官が作った筋書きから大きく外れる部分をあえて話さず、レジーナに騙されてノーザンバラに協力し、最終的にリアムの腹心との間で二股をかけられて壺で殴られ拘束されたと滔々と語った。
それがテオドールにとっての真実で、罪を軽くするのに都合のいいストーリーだと判断していたからだ。
だが、一通り話終わったところで父を見やって、その顔に激昂とあからさまな失望が浮かんでいることに気がついた。
そんな表情の父を見たのはたった一度だけ。
その一度をテオドールは思い出し、身体中から血の気が引いた。
「父……上。なぜ、そのような顔をされているんですか?」
今の父は兄の部屋に入りこんだあの時の顔をしていた。いや、もっと強い怒りを浮かべているかもしれない。
「テオドール!! 手紙でも先ほども、私は、二人に起きた事実を話せと言った! 今、お前の口から出たそれは本当に起こった出来事か?」
声を荒げた父に問われ、不意にフィリーベルグ公爵に拘束された時に言われた『起こったことだけ話せ』
という言葉が脳裏をよぎった。
「あっ……だ……って」
「法務長官も、職分を忘れ何をやっている! レジーナ殿下の訴えの方に理があることは情報を精査すればわかるはずだ。リアム殿下から渡された情報をこちらに横流しする暇があるならば、しっかりとそれを反映させろ!」
感謝されこそすれ怒りをぶつけられるとは思わなかったのだろう。目を白黒させる法務長官を尻目にコンラートは王に向き直るときっぱりと宣言した。
「国王陛下よりいただきました爵位ですが、貴族籍を含めて、今この時をもって全て陛下にお返しさせていただきたくお願い申し上げます。そして、この愚か者のことは、元から爵位のない者としてお裁きください」
「叔父上!? いや、キュステ公、それの意味するところを分かっているのか!?」
貴族の一員として裁かれるか、平民として裁かれるかは大きな差がある。貴族にとって、貴族籍からの抹消自体が大きな罰とされるから、罰が軽減される。
去年のフェアフェルデ伯爵もそうだったし、先んじて裁かれたロスカスタニエ侯爵もそうだ。
彼の場合は娘アネットが忠誠心を見せたことによる家門への酌量もあったから、本人の貴族籍からの抹消と領地の没収を行った後に大逆罪の中では最も穏当な処分である有期懲役刑となり、分家は精査ののちに連座を回避している。
「もちろんです」
はっきりとしたキュステ公爵の返答に、ヴィルヘルムは裁判長の席から半腰を上げた。
テオドールも茫然と父を見つめて凍りつき、エリアスですらその顔に驚きを浮かべていた。
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