侮蔑
最初に、法務長官が事件のあらましを説明していく。
話が進むにつれて、対面に立ったエリアスの顔が陶器の様に固まっていくのが見えた。
それはレジーナとノーザンバラ帝国のナザロフが全ての主犯でテオドールは唆され巻き込まれた被害者とも取れる、あの調書をさらにテオドール有利に寄せた内容であり、事件の当事者であるリアムとしても納得できるものではなかった。
「法務長官。事前に出した資料が反映されていないようだけど。陛下、この内容は僕の知る事実から乖離しています」
長官はにこやかにリアムからの資料を受け取り今日の審理に反映させると言っていたのだ。
だが、今、長官が浮かべたのは嘲笑だけだ。
「殿下はテオドール殿下に対して強い恨みと劣等感がおありでしょう。資料を精査した上で却下いたしました。部下に伝言を伝えさせたつもりでしたが、伝達の不備があったようだ。ああ、部下を怒らないでやってください。ギリギリに資料を押し込まれて手が回らなかったのでしょう」
お詫び申し上げます。と、慇懃に返されリアムは歯噛みする。
テオドールと確執はあったし、資料の精査に時間がかかって、余裕なくそれをねじ込んだのも事実だ。
だがそこにあるのは物腰こそ丁寧だが今までの人生で常に感じてきた侮蔑で、彼は間違いなく自分とレジーナに悪意がある。
「それは違うでしょう。 あの資料は当事者である私が、フィリーベルグ公や王立学園の校長達と作ったものだ!」
リアムは現在レジーナの擁護に立っているエリアスの名前は触れずに、法務長官に強く抗議した。
これはキュステ公コンラートの手回しか彼に対する忖度だろう。
武断の王であるヴィルヘルムは文官の統制が甘い。だから文官達は気質的に近い宰相や、コンラートと近しく王と距離を取った派閥をそれぞれ作っている。
コンラート自体は先鋭的でもないが、彼の元には特に血統主義の貴族や神殿と懇意の貴族達が集まっていた。
放蕩者の次男でノーザンバラから妻を娶い異民族の愛妾を持った王と、庶子の父を疑われていた宰相。
それらを嫌って離れた一団だから当然、元庶子で赤狼の民の血を引いているとされている自分やノーザンバラ出身の妃から生まれたレジーナを嫌っている。
残念ながら、法務長官もその中の一人なのだろう。
「そう感情的になられましても……。母親に恵まれなかった者同士の相憐れむ兄妹愛も結構ですが、法というのは厳粛であるべきだ」
「長官。今の発言は我が妻子への侮辱と取るが、相応の覚悟で発言しているのだろうな?」
ヴィルヘルムの強い非難に司法長官は形ばかり頭を下げた。
「誤解を招く言い方をいたしました。謝罪いたします。ですが、先程のやり取りで、リアム殿下がいささか感情的なご気質であるとご理解いただけたでしょう? そんな方が妹可愛さに出してきた決め手にかける資料に証拠能力はないというのが、我々の見解でございます」
「発言をさせてもらっても構わないか?」
そこに静かなエリアスの声が響いた。王の是の返答に礼を返すと、彼は澱みなく話しだした。
「そもそもの話、テオドールが謝肉祭の日にレジーナをノーザンバラの人間に引き合わせた。これについては事件前の王宛の報告書にも載っている」
ヴィルヘルムがそれに対して頷いた。
「その情報に基づいて、事件前に学校内で暗躍する者達に罠をしかけ、他の学生会役員に対して罪をそそのかした二名のノーザンバラ人を捕えた」
「レジーナがノーザンバラ帝国に与しているのであれば、彼らを捕まえる協力などしない」
エリアスの断定に、司法長官は苛立たしさをわずかに浮かべて反論する。
「ノーザンバラの工作員の女生徒マルファとレジーナ殿下が、親しくしていたのを複数の寮生が目撃している」
長官は陪審達に強く印象付けるように、そこで一度言葉を切って話を続けた。
「このマルファともう一人はたいした情報を持たない捨て石で、まとめ役のアッシェンは最後まで正体を隠し通した。またレジーナ殿下は二名をノーザンバラ人だと王に奏上する前に、アッシェンと親しげに言葉を交わしながら廊下を歩く姿を目撃されている。これらを合わせると殿下がアッシェンとの協議の上、彼らを売って自らの信頼を買ったという解釈が成り立ちます」
「アッシェンは教師としてうまく立ち回っていた。秘密裏に動く時はオリヴェルに似た姿で動き、普段は変装していたのも手伝って、他の誰も彼の正体を見破る事が出来なかった。それと、レジーナは彼らと親しくしていたわけではない。私のことで脅されて仕方がなく行動を共にしていただけだ。だが、それでもメルシアの不利になる行動はできないと、勇気を振り絞って兄であるリアムに彼らのことを相談した。それが真実だ」
法務長官はエリアスに糾弾の牙を向けた。
正嫡として長官側にいるはずのエリアスが、リアムやレジーナの味方をするのが我慢ならないようだった。
「完璧な王太子であった貴方に脅されるような瑕疵があるとは思えない! どうしてその悪虐の娘を庇い、罪禍の王子と親しくするのですか! エリアス殿下!」
「あるとも。特大のがね」
責めなじられたエリアスの口元がうっすらと歪んだ。
覚悟を決めた視線が、向かい合うケインと自分に飛んで邪魔をするなと伝えてきてリアムは口を噤んだ。
修正
旧:アッシェンは教師としてうまく皮を被っていた。
新:アッシェンは教師としてうまく立ち回っていた。
心の中のサミュエルがhkか?って言い出したので変更しました。




