96話:勇者の迷宮攻略(前編)
ジンは次の計画に進む。
先ずは一瞬で菜花と琴葉、アスタルテを迷宮の本物の入り口の前に連れてくる。
「さて、勇者ちゃん。君はあの化け物に対して何かできたかい?」
「………できなかった」
「うん、君はあれに対して何も有効な手段が取れず、挙句、関係の無い少女を見殺しにしなければ生き残れないほど弱い」
「っ! …………何が言いたいの?」
痛い所を突かれたようで顔を顰める菜花。ジンは言葉を続ける。
「俺は君達を強くしたい。その為の丁度いい舞台が此処にある。強くなりたいかい?」
菜花の頭にはいろんなことが渦巻いていた。見殺しにしたという言葉、弱いという現状。昨日まで心の中にあったやりきれない感情。それが溢れて止まらない。
「なりたい」
「どうして?」
「守れるようになりたいから」
菜花は気合の入った顔つきになる。
「言われっぱなしは嫌だし、勇者としてじゃない。勇者だから狙われるんだったら、友達を守れるようになりたい。だから、お願いします、私を強くしてください」
菜花は真摯に頼み込む。自分が頼りない事を分かったから、それをどうにかしたくてジンに頼み込む。
「私もお願いします。私も友達を守れるようになりたいんです」
琴葉も頭を下げる。
「分かった。それじゃあ、行こうか」
ジンは二人の事を軽く引き受ける。そんな軽さに菜花と琴葉は多少驚いたが話を聞こうとする。
「まぁ、準備は出来てるから。はい、コレ」
「何コレ?」
「良いから付けて。それで、【衣装交換】」
「きゃっ!」「んっ!」
菜花と琴葉に肌を擦るような感覚が生じ、2人の衣装が一瞬で変わる。冒険者風の動き易いものに変わった。
「それはあげる。その腕輪は空間魔法で亜空間が込められていて、その中の衣装と来ている服を交換するんだ。魔力を込めて【衣装交換】って唱えればまた元の服に戻るよ」
「な、なるほど」
二人は困惑しつつも興味深そうに眺めている。すると、黙っていたアスタルテから言葉が入る。
「別に行くのは良いんですが、後ろの人達がこっちに来ますよ」
「おー、本当。凄い顔してる」
アスタルテが指差した先には皇国の軍が迫ってきている様子が見て取れる。それは【強欲の神殿】から出て来るのはビャクヤだけではない事を分かっているからだ。本来ならこんな所でのんびり話していると軍勢に轢かれることになるからだ。
「それにそろそろ色々来るぞ」
「えっ――」
ビャクヤが出てきた歪みが大きく広がり、本格的な氾濫が始まる。歪みと迷宮の入り口は少し離れているので放出されても少し時間がある。
「先に入れば氾濫は関係ない。後は外に任せて俺達は中に入って迷宮を破壊しに行くぞ」
「う、うん」「分かりました」「了解」
全員が歪の中に飛び込む。そのすぐ後に歪の中から魔物が飛び出てきた。直ぐに皇国軍と激突を開始する。
* * *
皇国軍との激突の瞬間に魔物との間に黒い壁が形成される。しかし、普通の建材でできた物ではない。
「なんだ、コレ? スライム?」
皇国軍は立ち止まり、一旦様子を見る。しかし、前に出てきた人間を見て手出しは無用だと判断した。
「全体、下がれ! 超級冒険者が暴れるぞ!」
軍を率いる将軍は叫んだ。将軍は今回の氾濫の為に召集された上級の冒険者の名前と顔は覚えているので、今回一人しか参加していない超級冒険者の顔と名前はきちんと憶えていた。
「さぁ、行こうか、ヌル」
超級冒険者の中ではまだ新人。そしてニホン商会商会長――、リョウが動き始める。
「ヌルは両脇に展開。取り逃せば、一匹でも被害が甚大になるから囲んでね」
「GYAAAAAAAAAAAAA!!」
壁として立ち塞がったスライムーー、ヌルが山の様な巨体を二つに分かち、魔物軍の両サイドに展開する。少し小さくなっても発する威圧感は変わらずにいる。
中央が開いたことにより魔物の軍団の姿もよく見える。魔物達は欲を具現化したような存在達だった、宝箱の塊のような体を持った人型の魔物だったり、食材や料理で作られた体を持った虎型の魔物、卑猥物で作られた体を持つ虫型の魔物等色んな欲求の軍団が何かを求めるように進軍を開始する。
「最初は一発デカいのを放つか」
100メートル大の空間の空気を圧縮して魔物軍勢の中心に射出し、遠隔で一気に開放する。爆風が人間サイドにも届くが魔物の方が被害は大きく。一撃で三割は消し飛んだ。リョウは一応風を操って爆風の衝撃を和らげて人間側の方は守ってやっている。
両脇に構えていたヌルは口内に魔力を溜めてエネルギーに変換する。充分に溜まりきると薙ぎ払うようにとんでもない広範囲の光線を発射する。すると、ある事に気が付いた。
「ん? おい、兵士さん」
「あ、はい、何でしょう」
「令嬢がいねぇぞ、どうした?」
「え?」
スミアがいた地点には魔物が沢山いるので飲まれて死んでしまったのかもしれない。生死と無事を確認したいがどうもそうにもいかないものなわけで、続々と強そうなのが放出されていく。
リョウは前線で奮戦し、それに続いて皇国軍も魔物の排除に取り掛かる。
* * *
ジンは困惑していた。
「さてさて、どうしようか?」
ジンは二つの困りごとに直面している。一つ目はスミアが付いて来てしまったこと。自分で連れてきてしまったわけでは無いが、死なせてしまったら不都合もある。外にいるリョウに上手く誤魔化して貰う事を期待する。
そして二つ目。ジン達は【強欲の神殿】に入ると同時に何かの魔物の腹の中にいた。このままでは全員が消化されてしまうだろう。今は魔力障壁の床で何とか立っている状態だ。
「ここが、迷宮?」
「人工物にしては、なんか肉々しいですね」
「………嫌な予感がする」
ジンは現状を簡単に説明すると全員の顔が険しくなる。だが、焦りの様子は感じられない。落ち着いている。勇者は実戦に連れ出したり、アスタルテに鍛えさせていたりしたのでそこまで驚きはないが、只の公爵令嬢にそんな度胸があるとは思わなかった。手に入れたモノか、生来のモノか。見極める時間もないので、脱出の準備をする。油断などない、持ってる中で一番良い刀剣を抜く。
「それじゃあ、一旦脱出するからアスタルテに捕まっておけ」
それだけ伝えると、刀を上段に構える。吹き上がるは、黒々とした汚泥が噴出して水流カッターの様にジン達を飲み込んだ魔物を切り裂く。傍から見れば黒い閃光が奔ったかのようにみえただろう。ジンは開けた切り口をかき分けて脱出する。アスタルテも菜花達を抱えての脱出する。
「雑魚に構う暇もなし。一気にこの部屋を制圧だ」
ジン達がいるのは直方体の部屋だ。長辺が目算で100ⅿ、短辺が50ⅿ、高さが50ⅿ以上。部屋の中には整列された柱が一定の間隔を空けて立ち並んでいる。室内には太った魚の様な姿を取り、カエルの様な手足が生えた魔物が大量に跋扈している。体長は4mの直方体に入るぐらいの大きさ。そんな奴等が切り捨てられた個体を除いてもまだ大量にいる。
そしてそれらに対処する為にジンが刀を振って全てを切り捨てる。しかし、床には着地せずに切り捨てた固体の上に着地する。
「床には着地すんなよ。死にはしないけど、状態異常になる」
「げ、ゲームみたい?」
「デスゲームっていうなら正解だな」
菜花の場違いな感想をジンが笑って流す。今のうちにスミアの準備に入る。菜花達に渡した腕輪をスミアに与え、衣装を変えさせると彼女を背負う。
「よし、これで行く。周囲は俺とアスタルテが警戒するが対応できそうなモノにはお前たちが対応してくれ、アスタルテは後方を警戒と迎撃、扱えきれなきゃ前に飛ばせ。二人は今回はレベルが違うから後方の警戒はしなくていい、前方から出されるものだけ対処してくれ」
「「「了解」」」
「私は?」
「乗ってろ」
「はい」
それだけ伝えるとジン達は出発する。ジンが先頭を走り、間に菜花と琴葉がいて、殿をアスタルテが走って行く。
ジンは持ってきたヌルの一部を使って、迷宮内をマッピングする。数十秒でそれが終わると最下層までのルートをヌルが案内していく。そうして、超級迷宮の攻略を開始する。




