94話:超級迷宮【強欲の神殿】
ガロリド皇国には超級迷宮がある。名前は【強欲の神殿】。この迷宮は二十年に一度、大規模な氾濫が起きる。その氾濫の中で毎回現れる厄介な魔物の一体、超級魔物【ビャクヤ】。迷宮のボスであり、氾濫の初めに出現する。これを討伐できても魔物の氾濫は止まらないが、勢いは抑えられる。
氾濫の仕方も普通のモノではない。普通は迷宮が自分の中の管理しきれない魔物を周囲へと放出するものだが、この迷宮では放出された魔物が人工物を奪って迷宮に持ち帰っていくという習性がある。さらに不思議な事全く異なる形状の魔物が多いのにも関わらず、軍隊のように統率の取れた動きを取って、大国の軍隊とも遜色のない動きを見せる。
過去にも迷宮を別の場所へと移動させる計画もあったが、どんな腕自慢が突入していっても迷宮が変わる事も腕自慢が返ってくる事もなかった。
全てを奪い、全てを我が物にしようと、なおかつ他人には与えない。まさに強欲の化身の様な迷宮である。
『大迷宮調査録』 著:オールベルド=グレア、迷宮研究家
* * *
ジンが皇城に忍び込んだ翌日の明け方、皇都のはずれには大軍勢が用意されていた。その前には古い祭壇の様な白い遺跡が鎮座している。その遺跡は古くから建っているとは思えない程に綺麗な遺跡だ。それに向かい合う軍団の面子も凄まじかった。皇国の自慢の近衛騎士団に、現代兵器を装備した軍隊の兵士達、国から招集された腕利きの冒険者達。
しかし、それと不似合いの少女が一人、軍勢の前にいる。祭壇の前に白いウェディングドレスの格好をして待機している。
「いつ、現れるんでしょう?」
「さぁな、だが今日で前回から二十年。現れることは間違いない」
何処もそんな会話が聞こえてくる。まだビャクヤを見た事もない若者たちは多少、不安と楽観が入り混じった複雑な空気が入り混じっている。
少女は鎖に繋がれている。恐怖を覚えても、逃げ出さない様にする為だ。そのため、何というか酷い絵面だった。華奢な少女がおめかしして、人生に一度着るかどうかの衣装を着て、鎖につながれて食べられるのを待っている。絵面も酷いが状況もひどかった。
明け方からの待機から数時間、昼頃になると異変は起こった。地響きと共に祭壇に空間の歪みが現れる。その歪みを広げるようにして這い出てくる白い巨体、その姿を一番近い姿で例えるのなら鯨だろうか。岩が張り付いた様な顔面に、禍々しい悪魔のような白い羽、染み一つない白い体色ですら人々に恐怖を与える姿を持つものこそ、超級の魔物【ビャクヤ】であった。
「…………見えはしないんだけど、貴方が私を殺す人なのかしら?」
ウェディングドレスを着た少女ーー、スミア=ヒードラは静かに待っていた。彼女にとっては死は二度目、悔いも恐怖もあるがこれ以上家族に迷惑をかける生き方はしたくなかった。
ギュッンン!ーーーー、
誰にも気づかなかった死角から、風を切り裂く音と共に魔力で作られた弾丸――、魔弾が飛んでくる。その照準はスミアに狙いを定めていた。視覚にハンデを背負っていて、戦闘もしたこともないスミアには防ぐ術もない。気付いたとしても彼女に防げるような威力でもなかった、周りも気付くが誰にも止められない。脳裏に浮かぶは国が終わる最悪な未来。
ガッキッィィン!!ーー
最悪な未来は一人の不審者によって妨げられる。黒い魔弾を切った不審者はそのまま刃を返して倍の威力の魔法をお返しで放つ。
「どうもー」
「おっ、おお、もしかして私、死にかけてた?」
「どんな奴かは分からないけど、狙撃手がいたね。あれで、アンタが死んでたら国が終わってたね」
「………ありがとう?」
「別にいいさ。…………そうだ、一つ聞いても良い?」
「良いよ、どんとこい」
「もし目が見えるようになったとして、何か見たい物とかあるか?」
「………何さ、急に」
「興味本位?」
「はぁ、デリカシーが無い」
溜息を吐くスミア。しかし、死の瞬間の近くに誰かが近くにいてくれるのは彼女の心に余裕を持たせてくれた。
「よく言われるよ」
「そうねぇ、死んじゃう前にあなたの顔は見たかったかも」
「面白みがないとは思うがね。それじゃあ、ほい」
不審者がスミアの目元に手を当てる。彼女の眼は外傷とかではなく、元から見えていない。傷では無いので聖術も回復魔法も効かない。だが、不審者は彼女の肉体をスキルで底から修復する。
「これで完了」
「あ、え? 何で、見えるようになってる」
「どう、俺の顔。期待通り?」
スミアの目の前には不審者は鳥のような仮面をかぶり、シルクハットに鴉の様な黒装束で佇んでいる。
「………見えないじゃない」
「ま、時期が来れば見れるさ。それよりも、目の前の奴を何とかしないとな」
「え?」
そこには大口を開けて二人を飲み込もうと迫るビャクヤの姿があった。まるで津波の様に二人を飲み込み、全て終わった。




