90話:祈の切り札
祈達は国境付近の都市に辿り着く。男達が付いて来ているのも、襲撃を画策しているのも知っている。分かっているなら対策も簡単にできる。
しかし、直ぐに国境を目指さずに、夜まで待つ。祈の影魔法で夜に紛れて動くためだ。
市場で使い切りの武器を揃えたり、常用の武器の手入れをして準備を整え、時間は夜。鍵はあらかじめ返しておいて、宿の人間にも見つからない様に影魔法で出て行く。
影の中を潜行しながら街からも脱出する。門番にも誰にも気づかれる事なく。街を出て一直線に皇国国境に向かって進み続ける。
「逃がすかよぉ!」
上から武器を手にした男が祈達が潜んでいる影に武器を叩き付ける。影魔法は魔力を纏わせたりした武器による攻撃や魔法による攻撃に弱い。今回は前者だが、その影響により魔法が保てなくなったことで、全員が外へ排出される。。
「だれ?」
「何でも良いだろ。それより、聞きてことがあんだ。付き合ってくれよっ!」
大男ーー、アルゴは祈に向けて大剣を叩き付ける。祈は虎徹でそれをガードした。圧倒的な体格差がある攻撃だが、怯むことなく祈は受け止めきった。まわりから続々と冒険者風の装いをした男達が出てくる。
「ちっ! やるな」
「………」
祈は受け止めた大剣を受け流して地面に叩き付けて押さえつける。そのまま体術で腹部に掌底を打ち込む。アルゴは変な声を出して後ろに吹き飛ぶ。
「ぐっふぅ!」
「………先に行って」
「待ってるからすぐ来て」
祈がそう告げると、望達はヘレン達を抱えて全力で皇国に向かう。
祈は体を解しつつ、臨戦態勢を取る。アルゴはまだ無力化できていない上にまだ何人も仲間が潜んでいる。先手を取るために、気配を隠す。
「ちっ、あのチビはいい。逃げた方を追え!」
願達の方を追うと決めた男達を虎徹の峰で昏倒させていく。力の入れ具合によっては首が吹き飛ぶ威力だが祈に一切の手加減はない。奥から優夢が放ってきた雨のような光の矢が男達に降り注ぐ。祈は土壁を作ってそれを防いで一旦、男達の数を数える。
すると、アルゴが吠えた。
「面倒くせぇ。こいつ直ぐにぶちのめして、人質にするぞ!」
虎徹を構えながら油断なく敵を見据える。感じる気配から今出ている人間だけで潜伏していた不審者は全員だと考え、手早く無力化に努める為に大技を発動する。凄まじい魔力を地面に流し込み、大規模に地面を操作する。
その瞬間、巨大な落とし穴が形成され、自分ごと男達を一斉に最下層にまで落とす。次に周りの岩壁を壊すと同時に岩を増産して生き埋めにする。
祈自身は足場用の岩を操作して空中に浮いている。上から砂や小石をかけて見た目は元通りにして放置する。
「サッサと離れよう」
相手はまともな思考ではないのだ、なら、祈が生死を慮ってやる理由もない。自身の気配を消して先に行った願達を追い掛ける。しかし、イヤな予感を掻き立てられる様に前方は明るくなっている。
「非常事態だから、力を貸してね」
祈は一発逆転の切り札を発動させた。
* * *
国境付近は緩衝地帯であり、見やすいように野原になっている。多少は身を隠せるような岩はあるが見晴らしは良い。
何が言いたいのかというと、大規模に兵士とかを展開していると見やすいのだ。
願達の前方には大量の兵士。彼らが持っている旗にはガイネア王国の国章が描かれている。
「何処からバレたんでしょうね?」
「それは後。今は祈が来るまでこれを……って、面倒なのが来ましたね」
望が武器を構えると上から空飛ぶデカい鳥ーー、グレイトバードに乗ってきた騎士達が降りてきた。その中にはミシェル、ラインハルト、信壱、ノモルもいる。祈達が兵士の大軍勢を背中側にするようにコの字型に着陸してきた。同行してきた魔法使いが周りに明りの魔法を使い照らし出す。照らされてできた信壱の影から顔の大きさが三メートル超え、体長が全長100メートルに届きそうな立派な大蛇が現れる。
「抵抗は無駄だ。大人しく降参してもらおう」
「っ! 控えなさい。これは何事です、ミシェル」
ラティーナは望達より前に出てミシェルを糾弾しようとする。しかし、ミシェルは余裕の表情を崩さずにいる。
「おやおや、ラティーナ様。勝手に抜け出されては困ります。陛下が心配されておりますよ。さぁ、私達と一緒に王都へ戻りましょう」
「ここは皇国との国境付近なのよ。友好国とはいえ、こんな大規模な軍勢を展開するなんて非常識じゃない。気付かなかったの?」
「………構わないでしょう。本国は既に帝国と密接な関係を構築しています。今更、皇国との友好を気にする必要もないです」
ミシェルは皇国との関係を軽んじるような発言をする。この発言は公にすれば色んな所で問題になるような傲慢な発言だった。
「戻る気はないわ。お父様にもそう伝えて置いて」
「そうもいきません。陛下からは帰らないようなら多少強引にでも王都に連れ戻せと命令を受けていますので、連れ戻させてもらいます」
そう言うとミシェルは手で騎獣に乗った騎士達に合図を出す。全員が臨戦態勢を取る。それに合わせて望達も前に出て武器を構える。
「傷をつけない様に、全員捕らえよ!」
ミシェルは別の思惑もありそうな指示を出す。顔とかは見えないが体つきを見れば女性だと分かるのだからあまり傷をつける様な捕らえ方はしたくないようだった。その後にどんな状況になるかなど彼にイヤらしくニヤついた顔を見れば想像にたやすい。
「ぶもぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
臨戦態勢を取ったがそれをぶち壊すけたたましい咆哮が後方から聞こえてくる。
「み、ミシェル様! こ、後方から豚が!」
「ぶ、豚ぁ?」
困惑した声がミシェルから出る。部下は後方から来る豚の背中に乗るものを確認する。よく確認すると、体長は四メートル位の毛深い豚の様な体は猪のものであった。しかし、そんな事は今どうでもいい。乗っている人間が問題だ。報告では少女が一人二人乗っているだけだと思っていたが、そんなものよりも明らかに迫力のある存在が近づいてくる。
「りゅ、竜人の大男です!」
「な、なに! ………ジャン殿の報告にはなかったはずだぞ」
「す、凄まじい速度でこちっ!」
竜人の事をミシェルに報告した部下は一瞬でその竜人に接近されて一撃で吹き飛ばされる。武器は拳、しかも素手にも関わらず重装備の騎士を鎧の上からの一撃で戦闘不能にする。
「おー、おー、こんなに大勢でゾロゾロと近隣住民に迷惑なんじゃないか?」
「く、くそっ、お、お前は誰だ!!」
竜人は体は和装で身を包み、顔には翁の面を着けている。日本の伝統衣装など知らないミシェル達からしてみれば、意味不明の格好だろう。
「おっ! ノモル、やっほー」
「どちら様ですか?」
ノモルは正体を分かっているがあえて無視した。流石に不気味な恰好をした人間の知り合いとは思われたく無いのであった。
「ノモさんの知り合い?」
「違います、敵です」
ノモルは端的に状況を伝える。彼は一番に竜人を強敵認定した。周りの騎士達もこれが一番の強敵だと認識する。
「お? 俺とやるんだったら、まずは………『跪け』」
「ぐっ!」
その場のラインハルトとノモル以外は竜人ーー、トウガに跪いた。全員が突然の出来事に困惑する。
「な、何だコレは! おい、貴様、我らに何をしたぁ!」
「残ったのは二人か。そいうや王剣っていうのが強いらしいんだよな、それがお前か」
「いかにも」
「強いのは俺が担当することになってるからな。サッサとやろうか」
「俺の相手はお前という事か」
「油断はなきように、予想以上に強いですよ」
そんなこんなで祈の切り札の一つ――地の勇者の守護者トウガと、雷の勇者の守護者ノモルとラインハルトのタッグが戦闘を開始する。
* * *
トウガとラインハルトの最初の一合の衝撃で周辺に爆風が広がり、その衝撃でトウガのスキル【覇王】の能力が解ける。
「今のうちに、逃げて!」
「くっ! ラインハルトめぇ! お、追え! 闖入者はラインハルトと勇者の守護者に任せるのだ、勇者様頼みます!」
「了解しました」
信壱は大蛇の頭に乗り、弓を構える。しかし、狙いを付ける悠長な時間はなく大蛇が頭を移動させて、後ろから来ていた猪の突進を避ける。
「乗って!」
祈は猪――、トンテキの背に乗りながら、乗るように促す。全員がトンテキに捕まり勢いに乗って逃げ始める。それを信壱が乗る大蛇が追う。周りにいた騎士達も負けてはいない。グレイトバードに乗って後を追う。
信壱が雷の矢を放っても祈か願の作った土くれの壁がそれを防ぐ。逃げるトンテキの勢いもすさまじいがそれを追う蛇の速度も負けてはいない。しかし、置いて行かれる。その差は躊躇の差だろう。蛇を操る信壱にとって後方に控えていた兵士たちは仲間で庇護するべき対象だが、祈達にとって邪魔な障害物以上ではない踏みつけ突破できるのであれば強引に突破していく。
「いや、ちょっと! せめて兵士の命は大切にしてくれよぉっ!」
信壱は悲痛な叫びはあげつつも精度の良い速射を続ける。四方八方からミサイルの様な雷の矢が降り注ぐ。着弾地点に広範囲に電撃をまき散らしそれによる無力化も図るが上手くいっているのかどうか。防がれているので、あまり聞いていないと感じた。
「シトリン。国境付近に体を横たわらせてくれ」
「シャッーー!!」
大蛇――、シトリンは自分の体をバネの様に弾ませて凄まじい速度で前に出る。そのままトンテキの前に壁のように立ち塞がる。
「ぐぅっ! シィャーー!」
シトリンはトンテキの激突と同時に体を伸ばして、弾かれたトンテキの正面から突っ込む。真正面からのパワーの押し合いでは筋肉の塊のような蛇の肉体の方が有利だ。一瞬でトンテキを後方に押し出す。
「きゃっ!」
「くっ!」
「ぶもっ!」
体勢を崩したトンテキは祈達を投げ出してしまう。直ぐに立ち上がろうとするが、雷魔法で横に倒される。祈は全力で影魔法を行使して影の中に潜り込むことにより一時態勢を整える。
騎士は取りあえず魔法をぶつけて影魔法に対抗する。騎士達は影魔法の知識はないので完全に反射的な行動だったが、結果的には最善の手段ではあった。
出てきた願達は体勢は立て直し、武器を構えて四方を警戒している。
「ちょっと、待って! 斥候役がいない背後を取られるな!」
祈がいない事を一瞬で見抜いたのか信壱が呼びかける騎士達は背中合わせに立つがそれは悪手であった。望が一足で近づき、槍を振って一撃で複数の騎士を吹き飛ばす。
「おっ、お前らっ!」
「寝てろ」
祈は気を逸らしたミシェルに踵落としを決めて、気絶を狙うが、腐り切ってもエリート騎士、まだ意識は保っている。手に持っていた剣を横に振って祈を狙うが、虎徹でそれを弾く。祈は返す刀で顎に当てる。これでようやく脳震盪で動かなくさせた。祈はミシェルを確保して首に虎徹を突き付ける。
こうなってくると形勢逆転。トンテキもすでに体勢を整えていていつでも突撃に入れるように準備する。
「コレの命が惜しいなら母さんたちから離れて」
「っ、一旦離れろ」
ミシェルの代わりに階級の一番高い騎士が代わりに指示を出す。残った騎士達は望達から距離を取り、様子を見る。人質を確保できたのでラティーナに交渉を頼めば少しは穏便に事が運ぶと考える。
すると、凄まじい轟音が鳴り響き、ラインハルトとノモル対トウガの決着が着いたことを知らせた。




