86話:一方、隠者たちは
祈達がミシェルが率いる捜索隊の捜索範囲を脱した頃、王都ガンデルタでは結婚式に出席していた賓客は順繰りに帰っていった。
その中の一人が、聖王国から来たジャンだ。彼は丁重に見送られ王城の門から歩いて出て行った。馬車を使わないのは珍しいが、この世界だと外交官でも護衛を必要とせずに自分の能力で外遊する人間もいる。
(やれやれ、ここまで時間を取られるとは)
ジャンは溜息をつきつつ王都内にある目的の建物へと歩いて行った。
(さて、どうやら王女がいなくなってしまった、それをミシェルが追っているようですね。面白い状況ではありますがここでベント公爵派の状況が悪くなるのは困る。ベント公爵は動けなくなっているようですし、私が動かないといけないでしょうか)
ジャンは面倒くさそうに溜息を吐いて、王都内にある住宅街の一つの家に入る。そこはレドロスが率いる傭兵団【剛腕の隻眼巨人兵団】の拠点として使われている民家だった。家の中には男が数人いてジャンが入るとスッと立ち上がって敬意を示した。
「ああ、楽にして良いですよ」
「ジャン様、今日は何の用事で?」
「実はここだけの話ですが、第一王女が王都を出奔したようです」
「は? 何の冗談ですかい?」
「冗談では無いですよ」
困惑する傭兵の団員をよそにジャンは冷静に事態を説明し始める。
「ベント公爵家の結婚式が台無しになった事はご存じですね」
「はい。城下町でもかなり話題になっているようですよ。まさか、それに乗じて?」
「おそらくは、その通りでしょう。第一王女は第二王女と比べても評判がいいですからね。彼女が上に立ってしまうと、ベント公爵派の活気が益々下がってしまうでしょうからね」
「……となると、俺達への依頼は王女を連れ戻す事ですかい?」
「いえ、それはミシェルに任せればいいでしょう。私達は見つけ出してそれをミシェルに伝えるだけで構わないです」
「しかし、どうするんです? 見つけようにも何人で行動しているのか誰と行動しているのかも分からないんですよ」
「ミシェルはベント公爵派の拠点までの道中に検問を敷いているようです。王女と言えば美姫で有名。ミシェルはミルキット伯爵領に向かったようですしそこから目的地は、そうですね、フォルス公爵領の領都が最終的な目的地になるでしょう。ですが、行き方は大体三つ、一つは可能性もないですが」
「一つ目は直通の東南の街道を目指すルートに、東の街道を通ってガロリド皇国から公爵領に入るルート、ですかね」
「ええ、基本的にはその二つで良いでしょう。もう一つは転移魔法での移動ですが、この国で使える人間に動きはないみたいですね。仕事の内容ですが道中にある街で聞き込みをして、釣り上げられたらラッキー位の感じで良いでしょう」
「積極的にいかないんで?」
「あまり、私たちが大きく関わっていることが知られるのはマズいですしね。まぁ、合流されれば厄介ですが、あくまでもベント公爵派の勢いが止まるだけ。こちら側の影響力が下がる訳でもありません。面倒ではありますがね」
「まぁ、要は聞き込みをして怪しい人物の目撃情報を探れって事でいいですか?」
「はい、お願いしますね。ミルキット伯爵領からはもう出ていると考えていいでしょう」
「何故です?」
「王女は最近までトウキョウにて勇者と勉学に励んでいたようです。そこで何かしらの縁を結んでいれば王都出奔に勇者が協力している可能性が高いです。強行軍で行けば一週間で皇国に入ってしまうでしょう」
「だとしたら、この場の人間で抑えるのは難しいと思いますよ。最悪、団長を呼ばなくてはいけなくなりませんか?」
「まぁ、その可能性はありますが。今回の目的はあくまでも王女のベント公爵家の勢力圏からの脱出を阻止する事ですよ。それに先ず王女達を探さなくてはいけません。助けを求めるのはその後でも構わないでしょう」
「ああ、そうか。じゃあ、早速向かいますね」
「ええ、よろしくお願いしますよ。私はミシェルの所へ向かいます。貴方がたはミルキット伯爵領より先の街道上にある、そうですね地図を出して下さい」
傭兵の男達は戸棚から色んなしるしの付いた地図を取り出し、ジャンの近くに広げる。
「網を仕掛けるのは、こことここ、後この辺りですかね」
「フォルス公爵領の方へは見張りはいらないので?」
「ミシェル達が見張るでしょう、二重に見張る意味もありません」
「………それよりジャン様、それだとここからだとかなりの距離があります。騎獣がいないと追跡が難しそうですし、移動と騎獣を休めるので、最低でも二、三日は掛かりますのでジャン様の予想だともう脱出直近になってしまうと思いますが?」
「そうですか。…………仕方ありません。取り逃すには大きい得物ですし、ここは切れる手札は切りましょう。転移結晶を複数セット渡します。私は先に向かい終点地点を仕掛けておきますので半日過ぎたら結晶を使用してください。それまでは各自で遠出の準備を」
「了解しました」
団員は敬礼すると必要物資の買い込みに向かった。ジャンは家を出ると急いで王都から出て行き人目につかない場所にまで付くと周囲の風を操る事で空へ飛び立ち。ミルキアへと向かった。
* * *
翌日の昼頃。用事を済ませたジャンは領主館にいるミシェルの元に来ていた。
「ジャン殿。本日はわざわざお越しいただきありがとうございます」
「いえいえ、ミシェル様もお忙しい中でしょうに予定を窺わずに急な会談を取り付けてしまい申し訳ありません」
「ジャン殿であればいつ来てもらっても構いませんよ。しかし、本日はどういった御用で?」
「本国への帰還がてら、道中の都市をみさせてもらおうと思いましてね。その最中に大勢の騎士団の方が此処の領主を訪問してきたと平民たちの噂を耳に入れましてね」
「成程」
ミシェルは別にコソコソ隠れて行動していたわけでもないので、噂が広まっていたのは別に不思議な事ではない。何をしているのかは話されていないので、平民の人達は結構不安がっている。その不安を解消するのは騎士団が訪ねてきた理由を公表すべきなのだが、グルトンは公表するのをミシェルから止められている。
「それにしても、ミシェル様が直々に出張り、加えて騎士団まで率いられているとは、よほどの魔物か犯罪者でも現れましたか?」
「ええ、まぁ、そんな所です。まぁ、ここら周囲には私の部下が警戒に当たっていますので特に心配はいらないでしょう」
本当はラティーナとアンジェリカが王都から出奔されたのでそれを捜索しているのが目的なのだが、そんな事を馬鹿正直に話す事なんてできないので事実をぼかして伝える。
「ほう、それは心強い。私も冒険の心得えくらいはありますがそれでも強力な敵が現れたら叶いませんからね。では、もしもの時は頼りにさせてもらいますよ」
「本日ここに泊まっていかれるのでしたら、部屋を用意させますが?」
「いえ、既に宿は取っているので大丈夫ですよ」
ミシェルの提案を軽く断ってジャンは領主館から出て行く。ミシェルは苛立たしくしつつも部下からの報告を待ち指示をする仕事に戻った。
* * *
ミシェルとジャン達が話している間、【剛腕の隻眼巨人兵団】の一人――、セイニは空飛ぶ騎獣――、グリフォンに乗り皇国に向かうまでの道のりにある都市に祈達よりも先についていた。
ここはミシェルもあまり重要視していないためか兵士は配置されていない。ミシェルは今、フォルス公爵領までの道のりを重点的に見張らせている。軍隊を配備して皇国を刺激するような真似はいかに、ミシェルと言えどもそう簡単に手を出せることでは無かった。
彼は先ず冒険者が集まる酒場に向かい、カウンターに着いた。メニューを手に取り、サッと目を通す。
「ビールと大盛りの肉料理」
「……はいよ」
一つの街を縄張りにしている冒険者は大体馴染みの酒場に入り浸っていることが多い。ここは古くからこの街に住む冒険者たちのたまり場になっている。そんな冒険者達は縄張り意識が強い為、挨拶の無い無礼な新参者を快く迎い入れる訳もなく。
周りを囲まれてセイニは絡まれることになる。
「おい、兄ちゃん。良い度胸じゃねぇか、俺達に挨拶もないなんて」
「直通で依頼をしたくてな。ここに質のいい冒険者が多数いるとギルドで聞いたんだが」
「……何の用だ? いや、先ずは自己紹介もしてくれ」
酔ってても頭は回るのかリーダー格の大男が何ようか尋ねる。その前に素性の開示を求めた。直通の依頼は達成しても依頼者が報酬を出し渋ったりする為、先に依頼者の素性をはっきりとさせるのは冒険者の常識だった。
「俺はセイニだ。王都にある【巨人の声】に所属する冒険者で、貴族のお偉いさんから依頼の為に来たんだ」
「【巨人の声】って、この国じゃ有名な三大クランの一つじゃなかったか?」
「ああ、その筈だ」
「その【巨人の声】だ」
セイニは自分の所属を明かす。嘘ではあるが、特の問題はないその上位の組織に所属しているのだから。
冒険者は数人が寄り集まる事でパーティーと呼ばれ、そのパーティーが複数集まる事でクランという共同体が形成される。そのため各国大規模なクランが国中に幅を利かせている。
「それで大クランにきた貴族の依頼って何なんだ?」
「ああ、実は貴族の娘が連れ去られてしまったようでな。しかも、犯人の手掛かりもないと来たもんだ。だけど、犯人の逃走ルートからこの方角にある都市を調査してるんだ」
「大問題じゃねぇか! しかし、ここにはそんな話は届いてねぇが?」
「当たり前だ。三日前にミルキアに訪れた貴族に起こった事件らしい」
「ほーん、それで貴族は大慌てであんた達に頼んでいるって事か?」
「そんな所だ。俺の予想だと犯人共はここを通ると考えている。依頼の内容だが、お前たちにはここを通る旅人を検問してもらいたい。注意点だが貴族のお嬢様は犯人に脅されていて、一団には混ざっていても従順に行動するしかないと考えられる」
「成程な」
「お嬢様の特徴はな青い髪の相当な美人らしい。俺も本人を見たがかなりの美人だったぞ」
「ほーん」
「それと見つけても犯人とは交戦するな。貴族の騎士数人を一人で制圧するような怪物らしい、お前らの腕を疑う訳じゃねぇが、戦闘になってお嬢様に被害があるのが一番困る。協力するならここの代金とこれを前払いにしてやるよ」
セイニは懐から金貨を一枚と銀貨をパンパンに詰めた小袋をカウンターに乗せる。
「……いいだろう。知り合いも集めてくるよ」
「助かる。報酬はこれの五倍払おう」
「はっ、大クランの冒険者様は気前がいいな。誘拐犯はいつ来ると考えているんだ?」
「今日は来ないと思うが、………念のため夕方辺りには検問をしてくれ」
「よっしゃ! おい、お前ら聞いたな。各自準備に入れ!」
大男が指示すると酒場にいた人間は酒を流し込み、料理を口の中に詰め込むと装備を持って街の入り口付近に向かう。セイニは出来た料理とビールを食べながら成果を待った。
「さて、どれ位かかるか」
アミは仕掛けたが獲物がかかるか、セイニは難しい顔をするのだった。




