12:増殖
Shingapore unihabited island
ユピテルとククルカンはモーターボートに乗って、シンガポールの海を移動している。
今回の任務は無人島にいるエビルユニオンの殲滅、しかし詳細が皆無に近い、VCSOの信頼関係で神選10階が動いたが、疑問は払拭しきれない。
そんな事はつゆ知らず、ユピテルは船酔いと戦っていた、畑育ちのユピテルにとって海は天敵に近い。
そんなユピテルを気に掛けてるのか、からかっているのかは分からないが、先ほどから話しかけている。
「見て見て!海が凄い綺麗!」
「オラはもう無理だ」
「何で何で!?…………キャー!ユピテル、イルカイルカ!」
異常にテンションが高いククルカンにより、少なからず元気を取り戻しつつある。
しかし、まだククルカンに付き合う程のエネルギーはない、船酔いとの格闘に勝てるくらいだ。
「凄い凄い!ユピテルあの島超綺麗!」
「あそごが任務だぁ」
「何であんな綺麗な島にエビルユニオンが出るのよ、………ムカつく」
ユピテルは水を一気に飲み、酔いを多少覚まして無人島に上陸した、ククルカンはユピテルを呼ぶと、ユピテルな飛び付くようにして上陸した。
船は戦いの巻き添えを受けないように、沖の方で待っている、つまりこの島にはエビルユニオンとユピテルとククルカンしかいない事になる。
二人は島の森を掻き分けながらエビルユニオンを探した、エビルユニオンがいる所には、特有の嫌な空気が漂っているはずなのだが、この島にはそれがない、その事にすら気付かないユピテルとククルカン。
森が終わると、明らかに人工的に拓かれた場所、しかしククルカンは喜んで走り出した。
「凄い凄い!ココに誰かいたのよ!ねぇユピテル?」
「そうかもしんねえ゛な」
「何か空が綺麗」
空を見上げるククルカンの後ろに黒い穴が開く、一瞬でユピテルの顔が変わった。
「ククルカン危ねぇ!」
「……………風が変わった」
ククルカンの顔が変わり、ククルカンが軽く体をを反らすと、矢が空を切った。
ククルカンとユピテルは同時に腕輪に触れる、ユピテルの得物は三叉の矛、名はトライデント、ククルカンの得物は刃の付け根から柄を覆うように反対側までナックルガードの刃が付いた槍、名はルドラシス。
ククルカンはユピテルの隣に行くと構えた、その顔にいつもの明るさは無く、風のように柔らかな表情。
黒い穴の中からは赤黒いローブを着た二人の悪魔が出てきた、二人は同時にフードを取り、少女と女性がユピテルとククルカンを見る。
「ベリト、死神いないよ?私死神と戦いたいのに」
「敵は選ばない、目の前の敵を殺すのみ」
「そうだよねぇ、ルシファー様の命令なら何でもする犬だもんねぇ」
グチる少女はアスタロト、そのアスタロトを凍りそうな程冷たい目で睨む女性がベリト。
ユピテルとククルカンは二人に気を配りながらも、辺りを見回した、それは明らかにおかしい二人の得物からだ。
アスタロトの得物は湾曲した双剣、名はカリバーン、そしてベリトの手には何も握られていない、つまり矢を放ったのは他にいる。
「コレを探しているのか?」
ユピテルとククルカンがベリトを見ると、腕輪から液状の鉄が流れ出し、弓矢を形成した。
「何よ何よ!何で隠したりするのよ!」
「隠した訳ではない、ただ、我の得物には定形がない、それだけだ」
そう言うとベリトの手元の弓は液体に戻り、再び固まると剣の形を成した、得物が形を変えるなどあり得ない事、腕輪に刻み込まれた不変の記憶、それを変える事は例え悪魔でも不可能である。
「我の得物に定形は無い、名はグラムだ。
こう言えば理解出来るか?神の時は鍛冶神のダヌ」
鍛冶神のダヌ、『千器のダヌ』、千の武器を操ると言われた事からこの二つ名が付いた。
「何かベリトばっかり名乗ってずるい、私はアスタロト、前は豊穣神のアシュタロトだよ、よろしくね」
満面の笑みでペコリと頭を下げた、周りにすら緊張感を与えるベリトと、緊張感の欠片も無いアスタロト、そのせいで必要以上に緊張するユピテルとククルカン。
アスタロトは軽く跳ねながら体をほぐす、ベリトはグラムを様々な形に変えて手遊びをしている、ユピテルはトライデントをしっかり握り相手の出方を伺う、ククルカンは…………。
「あぁ!もう!退屈退屈!誰か動いてよ」
「貴方が動けば良いんじゃないの?」
「それだ!ククルカン、スッタート!」
ククルカンは地面を思いっきり蹴り飛ばして走り出した、それにつられてユピテルも走り出す、アスタロトは跳びはねながらカリバーンを振り回している、ベリトは大剣を造り出し両手で握った。
ククルカンはルドラシスをアスタロトの喉元に突き出す、アスタロトは左手に握ったカリバーンの刀身で受けると、右手のカリバーンで薙払う、しかしククルカンは柄を覆う刃で防ぐと、ルドラシスを思いっきり突きだし、アスタロトを突き飛ばした。
「わぁお、馬鹿力ぁ〜」
「うるさいうるさい!それ言うな!」
「気にしてるんだ、馬鹿力馬鹿力馬鹿力馬鹿力馬鹿力馬鹿力………」
「うっるさ〜い!」
ククルカンは跳び上がると、ルドラシスを振り上げた、そしてアスタロトに向かって思いっきり振り下ろすが、大振り過ぎて軽々と避けられてしまった。
しかし地面は砕け、砂埃が舞い上がる。
「ツイスター【竜巻】!」
ククルカンがルドラシスを半身になり、片手で突き出すと細い風の渦がアスタロトに襲いかかる、小さく細くても力は自然の竜巻をも凌駕する力。
アスタロトは両手のカリバーンで防ぐが、凄まじい力で吹き飛ばされた、アスタロトはジャングルに突っ込むと、木を何本か倒し止まった。
「人が傷付くような事言った罰よ!」
「2号が死んじゃった、可哀想」
ククルカンが慌てて後ろを向くと、地面にあぐらで座っている無傷のアスタロトが。
アスタロトは笑顔でククルカンを見るとVサインを作った、ククルカンは理解出来ずに一歩後退りする。
「な、何なのよ?確かにうちはあんたを殺したはず」
「殺したのは2号だよ、マザーはココ」
「何よ何よ!何したってっていうの!?」
「インクレイス【増殖】」
アスタロトの背中から脱皮するようにアスタロトが出てきた、そしてあぐらをしているアスタロトの後ろに立つと、二人同時に笑う。
「き、気持悪い!」
ククルカンは顔を真っ青にして、恐怖に満ちた目で座っているアスタロトを突き刺した、赤黒いローブを更に赤く染めてルドラシスに倒れ込んだ。
「あ、あは、あはは、アハハハハハハハハ!馬鹿馬鹿!死んじゃ意味無いじゃない!バッカじゃないの!?」
本体を倒したハズだが後ろのアスタロトは顔色一つ変えずに笑っている、確かに本体は赤い血を流して死んでいる、心臓を貫いたのだから確かだ。
「早く死になよ、マザーが死んだのよ?」
「う〜ん、どっちも私だから片方死んでも、もう片方は死なないんだよね、アスタロトであってアスタロトでない、みたいな?むしろ今度からは私がマザー?」
「ちょっと待ってよ32号!マザーが死んで2号も死んだんだから、3号の私がマザーになるのが筋でしょ?」
ククルカンが声がする方を見ると、そこにはアスタロトが腕を組んで立っている、そしてそれにつられるようにゾロゾロとアスタロトがジャングルから出てきた。
ククルカンは真っ青な顔で辺りを見回し、目に涙を浮かべた。
「イヤイヤ!気持悪い!………吐気がする」
「だらしないなぁ、気持悪いって言われるこっちの身にもなってよ、案外傷付くんだ――――」
「ツイスター【竜巻】!」
大きな竜巻がアスタロトの群を包み込む、しかし先ほどの神技程の力は無い、踏ん張れば何とか飛ばされずに済む程だ。
ククルカンは膝から崩れ落ちると、頭を抱えて髪の毛をグシャグシャにする、目を大きく見開き気が狂ったようにも見えた。
「バキューム【真空】!」
竜巻に呑まれたアスタロトは切り裂かれ始めた、それは鎌鼬、風の中に真空が舞い、それに触れればそこの皮膚は鋭く裂かれる。
致命傷になったアスタロトはバタバタと倒れていく、残ったアスタロトは驚き、ククルカンを睨む。
アスタロトが驚くのはその力の強大さではない、2つの神技の同時発動、それが出来るのは神選10階でもククルカンのみ、悪魔でも辿り着けない領域。
辺り一帯をアスタロトの血で染め、風は吹き止んだ、全てのアスタロトが体を切り裂かれ倒れている。
ククルカンは不気味な笑い方をしながら頭を抱えていると、空中に穴が開く、そこから出てきたのは嫌というほど見たアスタロト。
「嘘、嘘嘘、イヤ、ヤメテ、見たくない、もうイヤ!」
「あらら、気が狂っちゃった?まぁしょうがないよね、私自身も操ってて気持悪かったもん」
「アヤツル?」
「そう、私が正真正銘のマザー、インクレイス【増殖】はいわば操り人形を増やすようなモノ、だから戦いのど真ん中にいると集中出来ないんだよね。
それとマザーを殺しても他がマザーになるのも嘘だよ、最初から全部が私の人形、私は高みの見物ってやつ?」
ククルカンがアスタロトを見る目は死んだ魚のよう、身体中の力が抜け、そこにいつもの威勢などはない、アスタロトがつついても無反応である。
「ありゃりゃ、まぁ良いや、その体借りる前に私の神の時の二つ名教えてあげる、‘無限のアシュタロト’、殺しても殺しても出てくる事からこうなったんだって。
でもね、私って戦場タイプじゃないんだよね、むしろ、隠密タイプ?コレやる時は相手を殲滅するし、口止してあるからあんまり知られてないんだよね」
アスタロトはククルカンに近付き、ルドラシスを蹴り飛ばして抱きついた、アスタロトはそっと目を閉じて、体をククルカンに預ける。
「パラサイティズム【寄生】」
アスタロトはククルカンに溶け込むように消えた、そしてククルカンは立ち上がると、軽く跳び跳ねる。
「案外軽い体だ、この綺麗な体、貰っとくよ」
ククルカンは笑うと歩き出す、先程までの落ち込んだ重い空気は無く、明るく軽い足取りだ。
まるで別人のように。