13:苦悩
Shingapore unihabited island
ユピテルは三叉の矛、トライデントを構えながらベリトの出方を伺う、ククルカンの事が気になるが、今は気を配っていられるほど余裕は無い。
ビリビリと肌を切り裂くような緊張感、一瞬でも気を抜けば殺されそうな殺気。
数々の修羅場をくぐり抜けたユピテルでさえ、冷や汗が滝のように流れる、相手は何も構えず何も持たずに立っているだけ、なのにユピテルは一歩も動けない。
「動かないのか?」
急に言葉を発したベリトにユピテルは体を震わして驚いた、ベリトは初めてポーカーフェイスを崩し、若干微笑んだ。
「驚かなくても良いんだぞ?」
「クッ、うるせぇ」
「私は貴様みたいな可愛い男はタイプだ、仲間になるなら見逃してやるが?」
「断る!ククルカンがたたがってるのに、オラが裏切るわげにはいがねぇ」
「そういうところも好きだ」
ユピテルの緊張はピークに達した、ベリトの場違いな余裕がユピテルの緊張を煽る、そして呼吸が必要以上に速くなる。
「大丈夫か?」
ベリトは一瞬でユピテルの目の前に現れ、ユピテルの両頬を両手で挟んでいた。
ユピテルの顔は青ざめ、手が震え始めた、ベリトの妖艶な雰囲気とその場の緊張感の不相応さは並ではない。
「怖がらなくても良いんだぞ、私は貴様の事を気に入っている」
「お、オラは好きじゃねぇ」
「残念だ」
ユピテルは両手でベリトを突き飛ばし、トライデントを構えた。
息を呑み、トライデントを突き出す、ベリトは剣を造り出し、トライデントを真っ正面から受けた。
「本当に残念だ」
「ククルカンを裏切るごどは出来ねぇ!」
「まぁ良い、死んだ顔もまた一興」
ユピテルはトライデントを剣にひっかけて、そのまま弾き飛ばすとベリトを蹴り飛ばした。
尻餅をついたベリトに跨るように、ユピテルはトライデントをベリトの喉元に突き付ける。
「攻められるのも一興か」
「早ぐ消えろ、オラ人殺しはしたぐねぇ」
「甘いわね、敵に情けをかけるというのか?」
「オメェは敵じゃねぇ、道を間違えた仲間だ」
「あ、あは、アハハハハハハハハ!」
ユピテルは至って真剣な眼差し、ベリトは高々と笑い、冷静になると涙を流した。
ユピテル程他人の涙に弱い人間はいない、ベリトはこんなくだらない策略をする程ずる賢い人間でもない。
「私、他人に情けを掛けられたのは初めてだ」
「なら神に戻れ、オラが手伝ってやる」
「フロッグ【剣山】」
ベリトが地面に腕を突き刺すと、地面から無数の針が突き出してきた。
ユピテルは避けきれずに、右腕と右足を貫かれた、ユピテルはトライデントを突き立て、体を押し上げながら引き抜くと、手足からはとめどなく血が流れ出す、それと同じようにベリトの目からも涙が流れ出す。
「もう私は引き返せない、例え今神に戻ったとしても、ルシファー様に殺されるであろう」
「なら、オラが、守る、それでも、駄目が?」
ベリトは赤黒いローブで涙を拭った、そして力のある目でユピテルを睨む。
「感謝する、私は色々な意味で神選10階入りが有望視されていた、弱い支部の連中を若干の軽蔑の目で見ていたからだ。
その時、私の目の前にルシファー様が現れたんだ、ルシファー様は私の居場所をくれると言った、ホーリナーに嫌気が射していた当時の私には魅力的だったのかもな。
それ以来私は居場所を見付けるためにホーリナーを殺し続けた、多分悪魔に居場所が無かったんだ、だから居場所を見付けるために殺してたのかもな?
貴様は何故神選10階に?貴様のようなホーリナーを支部長が手放すとは思えないのだが?」
ユピテルは苦笑い浮かべた、そのベリトの悲しい顔、悪魔になるよりも神選10階になっていれば、居場所が見付けられたかもしれない、ユピテルはその事ばかりが頭を中で考えていた。
「オラはこんな性格だがら、支部長の任務重視でホーリナー軽視の意義を唱えだんだ、そじたらすぐに神選10階入りだ、でもオラは後悔しでねぇ、オラは神選10階になってククルカンとも、ベリトとも会えた、それだげでも良い」
ベリトは呆れた顔をで微笑んだ、ユピテルはそれ以上の笑顔で笑う、ベリトは初めて悪魔になった事を後悔した、そしてユピテルに会ってしまった事にも。
「貴様は私が殺す、それが私の悪魔としての居場所だ」
「じゃあオラは動けなぐしてでもベリトを連れて帰る」
ユピテルはトライデントを構えた、ベリトは当て付けの如く三叉の矛を造り出す、二人は微笑むと地面を蹴り飛ばした。
素早い連撃で辺りには火花が飛び散る、使い慣れているユピテルにすら圧し負けていないベリト、それでも二人の顔には笑いが耐えない、ユピテルは右腕と右足に空いた穴等気にせず、血を飛び散らせながらベリトの攻撃に応える。
「強いなぁ」
「貴様もな」
二人の体は徐々に切れていく、疲れや気の緩み等からだ、しかしそれすらも無いかのように二人はこの戦いを楽しむ。
しかし、その二人を邪魔する一つの人影、金色のミディアムボブの髪の毛に、青い襟で口が隠れるジャージ、そしてカミゥムマーンの刺繍が入ったプリーツスカート。
「二人ともシューリョー!」
その大きな声で必然的に二人の手は止まった、声の主を捜すとそこにはククルカンが笑顔で手を振っている、ユピテルは安堵の表情を浮かべ、ベリトは明らかに不満の表情を浮かべた。
「手出しはするな!」
「そうだククルカン、オラは大丈夫だ」
「え〜、つまんない、私も殺したい」
ユピテルの顔が若干引き吊った、そしてベリトに向けていたトライデントを地面に下ろす。
「私も参加させてよぉ」
「お前誰だ?」
「やだなぁ、ククルカンだよ、頭の先から足の爪先までククルカンでしょ?」
「違う!ククルカンは‘私’なんて言わない、俺の言う事も嫌々聞く」
ユピテルの体がバチバチと鳴り始めた、髪の毛は徐々にはね始め、電気が徐々に目に見えるようになった。
「うわぁ、バレちゃったか、凄いねぇ」
ククルカンの頭がガクッとうなだれると、背中の辺りからアスタロトの顔が出てきた、ユピテルは恐怖で顔を歪めると、唇を噛み締め弱々しくアスタロトを睨んだ。
「ククルカンに何をした!?」
「大丈夫だよ、体を借りてるだけだから、……借りてるね」
アスタロトは再びククルカンの体に戻ると、ククルカンの顔が上がり、不適な笑みで笑った。
「絶対に許さない、ククルカンの体を汚しやがって………」
「借りてるだけだって、肉体的にも精神的にも害は無いから安心して、君が何もしなきゃね」
「エレクトリフィケーション【帯電】!」
ユピテルの体が電気で包まれた、長い前髪は浮き上がり右目が覗く、右目の瞳は白く、視力が失われている。
この目は腕輪の力と引換に視力が失われた、ユピテルは嵐の日に畑仕事をしていたら、雷が体に落ちて気付いたら腕輪が着いていた。
「うげぇ、気持悪い目」
「ククルカンの体を返せ」
「やだよぉ、欲しかったら力ずくで取り返すんだね」
アスタロトは腕輪に触れた、得物は柄を覆うナックルガードが付いた槍、名はルドラシス。
アスタロトは大きく踏み込むと、ルドラシスをユピテルの喉元に突き出した、しかしユピテルは軽々と避ける。
アスタロトは一旦引くと再び突いた、ユピテルは難なく避けるが、アスタロトは何度も何度も突く、しかしユピテルに当たるどころか擦りもしない。
「ずるいよぉ、どうせその電気でずらしてるんでしょ」
「出来ない事もないが、触れなければ不可能だ」
ユピテルが全て避けられる理由、それは右目、右目は光を捉える事は出来ないが、微弱な電気信号にいたるまでの電気を捉えられる、つまり相手の体の電気信号を見て、相手の一手先を詠む、そしてそれだけではない。
ユピテルが地面を蹴ると、地面がえぐれて一瞬見失う、油断というのもあるが、そのユピテルの生身では有り得ないスピード。
「何それ!?ベロシティ【光速】にしては遅いよね?」
アスタロトは顎に人差し指を当てて首を傾げた、その余裕はククルカンの体に取り付いているから、ユピテルがククルカンを傷付けられないのは気付いていた。
アスタロトはユピテルめがけて何度も突くが、当然相手の行動が分かるユピテルには当たらない。
「ねぇ、つまんないよぉ、攻撃しないの?」
ユピテルは無言で避け続ける、アスタロトの一瞬の隙を探して。
「ほらほら、しんぢゃ……う、よ?」
アスタロトの体の動きがぎこちなくなってきた、ベリトは目を丸くし、ユピテルは心配しながらククルカンの体を見る。
ククルカンの体は顔を押さえてルドラシスを地面に突き刺した、そしてカクカクと不規則、不自然な動きをする。
「な……、に?…………で、でろ、でろ………、じゃ、ま……、しない、で………、ゆ、ゆぴ…る、…………う、そ?」
「ククルカン!?」
丸で一つの体を二つの精神が取り合うように、ククルカンの体が苦しみもがいている。
そして動きが止まるとククルカンの体はユピテルを睨み、ルドラシスを構えた、ユピテルはそれにつられてトライデントを構える。
「ちょっと邪魔が入っちゃったけど、問題ないわよ」
「アスタロト、今のは何だ?」
「分かんな〜い、でもこの体の持ち主の精神に邪魔された」
「貴様のその力はまだ未知数だ、自分の精神が崩壊しないように気を付けろ」
「分かってるよ」
アスタロトは再びユピテルに突きの連撃を放つ、ユピテルは電気信号による先読みだけではなく、生身ではあり得ない動きで全てを避ける。
そしてアスタロトの手元が一瞬ぶれたのを見計らい、ルドラシスをトライデントもろとも地面に突き刺し、アスタロトの後ろに回り込む。
うなじの辺りを軽く触ると、バチッという音と共にアスタロトが崩れ落ちた、アスタロト本人だけではなく、ベリトも目を丸くしている。
「ククルカンの体から早く出ろ、さもなくばこのままバチカンに持って帰る」
「アスタロト、撤退だ」
アスタロトは素早くククルカンの体から出ると、ユピテルから離れた、ユピテルはククルカンのうなじを触ると再びバチッという音が鳴る。
「何したのよ?その体全然動かない」
「何にせよ、今回撤退だ、相手の力の全貌が掴めない以上、こちらが不利。
貴様、次に会う時は必ず殺す、でなければ私の悪魔としての理由が無くなる」
ベリトとアスタロトは黒い穴の中に消えて行った、そしてユピテルがククルカンの頬を軽く叩くとククルカンはゆっくりと目を開ける。
「やっど起きた」
「ユピテル、ゴメンね、うちのせいで」
「大丈夫だ気にしてねぇ、それよりまだ痺れ残っでるか?」
ククルカンは指を動かすと頷いた、ククルカンの体が動かなくなった理由、それはユピテルの微弱な電気でククルカンの体の電気信号断ち切ったから、それにより脳からの信号はシャットダウンされ、体を動かす信号が届かずに終わる、その後遺症が痺れというわけだ。
「ユピテルまた怖くなってた」
「ホンドか?」
「本当本当、‘俺’って言ってたもん」
「まぁククルカンが無事だったからそれで良しだべ?」
ククルカンは首が外れんばかりに頷く、ユピテルは笑顔で立ち上がると、ククルカンに手を差し出す、しかしククルカンは思うように体が動かず、腕を上げる事すらぎこちない。
「ダメダメ!ユピテル、抱っこ!」
「うぇ!?」
「動かないんだもん、ユピテルのせいなんだから責任取ってよ」
ユピテルは顔を真っ赤にしながら、先に背中に腕を通した、しかしその瞬間、ククルカンの上に倒れ込む。
「何何!?セクハラ?」
「ち、違う、また切れた見てぇだ」
「切れたって………、筋肉が!?」
「ちょっと無理しすぎた見てぇだな」
先ほどの戦い、ユピテルは電気で無理矢理脳を呼び起こし、人間では不可能なスピードで無理矢理動かしていた、簡単に言えば自分を操っていた事になる、それ故に肉体が限界を超えたのだ。
「ちょっとちょっと!どうするのよ!?」
「ククルカンが動けるようになるまで待づしがねぇ」
「動けるまでってどれくらいよ!?」
「最低でも20分だ」
「嫌嫌ぁぁぁぁぁぁ!」
広い無人島にククルカンの高い声だけが響いた。




