スライム転生
「……どう、して」
「ごふっ」
寒い。
冷たい。
体が燃え滾るように熱い。
僕のお腹に穴が開き、噴水のように血が吹きあがっていた。
「レイ……れいぃぃいっ」
力が抜ける。
地面に付す僕へ、一人の少女が駆け寄ってくる。
「そん、……な、なんでっ。何で」
彼女は黒髪の、美しい少女だった。肩の長さに揃えられた髪はサラサラで、黒い瞳はパッチリと大きく、長いまつげに守られている。
泣きぼくろと口元のほくろも彼女のチャームポイントで美しい。
僕の、自慢の幼馴染だった。昔と同じ、綺麗な姿。
「何で、……何で、レイが、たおれ……だめっ。いやぁぁぁぁぁ……」
その彼女が今、泣いていた。
「……遠い、ところに来たね」
「……ッ!?」
薄れゆく意識の中で僕は手を持ち上げ、彼女───リーシアの頬に触れる。そして、語りかける。
本当に、遠いところにまで来た。
人類を滅ぼす魔王。
それに対抗する勇者。
その伝説通りに魔王が現れた後、勇者として僕の幼馴染のリーシアが選ばれた。
それから村を出て。
王都に行って。
世界各地を旅しながら、魔王軍と戦って。
「……しり、ぞけたぁ」
その果てが今、目の前にある光景だった。
見渡す限りのすべてを埋め尽くす魔物の群れ───その、亡骸。見渡す限り続いていた草一つ生えていない荒野が今、悍ましい景色へと変わっていた。
これが、僕の旅の終着点だった。
魔物たちが終わらせたわけじゃない。僕たちは勇者パーティーだ。あれほどの魔物の大群ですら、今の僕たちなら敵ではなかった。
問題だったのはその後、僕たちに向けられた悪意ある人による呪いだった。
「ふへへ……」
『勇者は王家の血筋であるべきだ』『村娘など認めない』
そんな連中が、リーシアを殺そうとした。
悍ましい思惑を、王侯貴族が持ち、リーシアを襲ったのだ。
王侯貴族の思惑を未然に察知出来た僕は身代わりとして己の身を犠牲にする形となってしまったが、彼女を守ることには成功した。
今回の一件の証拠もちゃんと掴んだ。貴族社会で得た協力者たちの手で、僕たちの敵となっていた王侯貴族葉排除できるはずだ。
これできっと、リーシアも無事にこれから勇者として活動できるはず。
「り、……しあぁ」
「ち、違……違う。何も、何も喋らないで……い、今、治すからぁ」
僕とリーシア。その二人から始まった勇者パーティーは今や五人の大所帯になっている。
もう、僕はいなくても大丈夫だ。勇者としてリーシアが旅立つ前から、ずっと一緒だった僕の役割も、もうここまでだ。
「どう、かぁ……みん、なぁのぉ……」
あの日の彼女は、誰よりも美しかった。
独りぼっちだったあの子が、僕の恩人が────誰よりも美しいリーシアがもっとみんなに認められてくれれば。その為の、道は整えられた。
「……あぁ」
僕は、酷い男だ。
リーシアが泣いている。それなのに、僕はそれを少し嬉しく思っている。僕がいなくなって、悲しんでくれるくらい大切に思ってくれていたのだと感じられて。
君の旅路を最後まで見られなかったことは少しの、心残りだけど。
「駄目……駄目、まだっ!?まだ、レイと一緒にしたいことが……!一生、一緒に」
「……リ、ーシア」
でもね、いつか君が人生を終えるその日。
一瞬でも僕のことを思ってくれたら、……満ち足りた、人生だった。
■■■■■
眩しい。
めまいのするような鋭い光が差し込んでくる。
「(う、……うぅ)」
夢心地。
ずいぶんと長く寝ていた気がする。
判然としない、未だはっきりとしない頭を振り、僕はただ取り合えず目を瞑って前に出ようとする。朝、一番駄目なのはずっとベッドに居てしまうことだ。
何時ものように僕は無理やり、ベッドから這い出ようとした。
「(……ん?)」
違和感。
前に歩こうとしたとき、足を出した感覚がなかった。ただ、自分の体全体がズルっと前に移動する。腹の辺りに草の感覚や、ごつごつとした石の感覚があるだけだった。僕は今、横たわっている……のか?
……いやいや、まず冷静に……足、あるのか?足の感覚がない。足だけじゃない手の感覚もない。首……いや、首ごと無いんじゃないか?
ぼ、ぼ、僕は今、どうなっているんだ!?というか、僕は死んだはずだろう!
満足で生を終わらせたはず……それなのになぜ、僕は普通に思考して、前が見えているんだ?一体どうなっている。な、何もわからない。
「(く、クリエイトウォーターっ)」
動揺の中、僕は前のように魔法を発動する。
魔法に関しては僕の記憶通りに発動し、自分の前に水が降り注ぐ。それが水たまりを作り、即席の鏡になってくれる。これで、僕は自分の状況を確認できるはずだ。
僕は自分で作った水たまりの前に立つ。
そして、自分の今の姿を覗き込むと───。
「(な、なんじゃこりゃぁぁああああああああああああ!?)」
───そこには、スライムがいた。
つるんとした流動的なフォルム。
半透明の淡い水色の身体は、水滴をそのまま大きくしたようにぷるりと震え、光を浴びるたびに宝石のような輝きを返している。
腕はない。
足もない。
首も、顔もない。
あるのは、ぷるぷると震える粘液の塊だけ。
……何を、どう見てもスライムだった。
「(て、転生した……?)」
最弱の魔物。
スライム。
命を懸けて勇者を守った僕の転生先は、それだった……いや、どんな悪い冗談だよ。
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