1つ目の世界②
白矢が軍に入って、数カ月。白矢は通常業務をこなしつつ、各地に開くゲートの対処に奔走していた。その功績のお陰で、白矢は14才ながらも軍の指揮権を持つ役職手に入れ、周りの重役からも一目置かれる存在となっていた。
無論、白矢が軍に配備されると聞いた時、白矢の家からすっ飛んできたフェンリルも一緒である。彼には「エルド」という名前がつけられ、白矢との主従関係を確立させている。
そんなある日、白矢が軍に用意してもらった自室で書類仕事に取り掛かっているところに、一人の女性がノックをしてから入ってきた。
「白矢様、進捗のほどはいかがでしょうか」
彼女の名は静閥 盟。白矢専属の執事兼メイドを務め、軍の諜報部部長に就任するなど、様々な業務をこなしている。そんな彼女の主な仕事は白矢の補佐であり、執事やメイドというのはほぼほぼ建前のようなものである。
「あぁ、盟か。うん、結構順調だよ。アルファ、ベータ、クローン……それぞれの部隊のレベルも、最初の頃より格段に上がったと思う」
「やはり、白矢様の考えた計画は見事的中だったということですね」
そう白矢を褒める盟の方に向き直って、白矢は話を繰り出す。
「ところで盟。例の件、どうなった?」
「……全て、恙無く。計画通りに進行しております」
「その言葉を聞けて安心だよ。……近頃、大規模なゲードが世界各地に開くかもしれないからね、世界中に部隊を配属して、すぐに動ける状態にしておかないと、どう動いたとしても世界のどこかは消え去るだろうからね」
「……ですが白矢様、貴方様のスキルとその知識を使えば、どうとでもなるのでは?」
「まぁ、それも考えてみたんだけどね。僕の『武具創造』はそんなに使い勝手がいいスキルじゃあないんだよ」
「……そうでしたか。無礼な質問、お許しください」
そう言って頭を深々と下げる盟に微小を浮かべながら、白矢は優しい口調で声を掛ける。
「頭を上げてよ、僕も、何か他の方法がないか、考えてみるから。……もう、素で話してもいいよ?」
白矢がそう言うと、盟は途端に姿勢を崩してソファに寝っ転がる。
「……はぁ。全く、なんで中学生の仕事の補佐なんてしなきゃなのよ……」
「しょうがないでしょ、僕はもう義務教育も受けてないんだし、せめて与えられた仕事くらいはこなさないとなんだよ」
「ハァ。ほんと、あんたはそういう所あるわよね。……まあ、裏で色々と手を回してもらっているし、迷惑かけてる私が言えることでもないんだけどね?でもあんた、流石に働きすぎよ。最後に寝たのはいつ?」
呆れながら問いかける盟に、白矢はなんてことないかのように話す。
「えぇ?そんなの覚えてないんだけど……。せいぜい1週間くらいじゃない?」
「残念、正解は1ヶ月前でしたー。あんた、ほんとに大丈夫なの?絶対、近い内にぶっ倒れるわよ」
「大丈夫大丈夫、僕の最長記録は8ヶ月なんだ、このくらい余裕だよ」
「……ならいいわ。それじゃあ、お暇させてもらうわね」
「うん、そっちの仕事も頑張ってね〜」
「あんたほどの量はないんだし、余裕よ」
そう言いながら、盟は部屋を後にする。
「……全く、ツンデレは最高だぜ!」
その後、白矢は1日分の書類仕事を1時間で終え、ゲートの対処へと向かうのであった。
「―――ここか。新しいゲートは」
白矢がゲートの対処に出たのはアメリカ合衆国。日本に配備されている基地からは、普通なら最低でも50時間以上かかる道のりを、軍の魔法工学部の研究員と白矢が開発した「自由空中飛行用可変翼」通称「FREEDOM」を使って、時速kmを超える超スピードで海を渡った結果、現場に30分で到着できたのだ。
「よし、早速取り掛かるか……」
「お待ち下さい、日本の魔法使い」
対処の準備を整えようとする白矢に、一人の大男が声を掛ける。彼の名はノヒューマ・ディビルトン。アメリカ合衆国全体のゲート対処を受け持つ「AGC」の本部長という肩書きを持つ。
「ここは我々AGCの管轄。出向いてもらったところ恐縮ですが、ここは一度下がっていただきたい」
「分かりました。これは国家の問題ですもんね、私みたいな一軍人が出る幕ではないのでしょう。それでは失礼」
そう言い残すと白矢は基地の方角へと飛び出し、現場には男一人が残った。
「……俺の魔法にも反応はなし。行ったか……。フッ、ガキめが、あまり大人を信用しないことだな」
その口からは自然と笑みがこぼれ、夜の廃墟に笑い声が木霊する。
「さすがの日本も、内部に敵がいるとは思わんだろうしなぁ、まず手始めに、この廃墟街でも壊し尽くすとしよう!ゲート、起動!」
男がゲートに魔力を込めると、中から魔物が大量に出てくる。その光景を、名画を見るかのような目で男は眺めていた。男は、魔族であった。
―――魔族。それは、古来より存在が否定され続けていた存在。だが、世界中にゲートが生まれるようになってから、その存在は確かなものとなっていた。
魔族と人間の違い。それは一般的に、魔力の量であると言われている。魔族は異世界から来た魔物の一種、人の姿をした魔物、突然変異した魔物。これらの共通認識は「魔族は魔物」というものだが、正しくは「人間と魔物の融合体」である。その真実に白矢がいつ気づくかは分からないが、少なくとも、今の段階では疑問にも思わないだろう。
「この規模のゲートなら、あの贅肉まみれのクズどもを半日もかからずに喰い尽くせるだろうな。ハハハ、歌でも歌いたくなるようないい気分だ!ハッハッハァ!」
男はそう言い、上空に向かって高笑いをする。
そして、男は笑うのをやめ、逆に顔が青ざめていく。足も震え、腰が抜けそうになるのをこらえて、声を荒らげる。
「な……なんでいるんだ、お前が、ここに!」
「なんで、か。それはね……」
男の問いに、なんてことないように答える。
「僕、だから」
そこには、谷下白矢、本人がいた。
「質問に答えろ!魔力探知にも反応はなかった、遠くに離れるまでしっかりと見ていた!なのにどうしてここにいる!」
「まぁまぁ、ゆっくり話そうよ。そんなに一気に答えるのは難しいって。まぁ、答えるとすれば、魔力探知は魔力の放出をなくしただけだし、離れた後にまた来ただけだよ」
まるでそれが当然であるかのように答える白矢に、男は恐怖を覚えた。本来、魔族にとって不利な感情は存在しない。だが、谷下白矢という圧倒的存在を前にして、そんな常識はいとも簡単に崩れ去った。
「お、お前は……お前は何なんだ!どう考えても人間じゃない!」
「やだなぁ、僕は人間だよ。もし人間じゃない『何か』だってんなら、とっくの昔に殺されてるよ」
なんてことないように答える白矢は、内心少し考え事をしていた。
(人間じゃない、か……。確かに、僕は人間とは言い難いな。桁違いの魔力量、並外れた身体能力。確かに、人間じゃないかもしれないな。……ま、今は置いとくか。事が起きてからでいいでしょ、多分)
「そろそろ時間かな。それじゃあ帰るね〜」
「待て、逃がすわけには―――」
去っていく白矢に男が手を伸ばしたその時、男の首が綺麗に落ちた。
「全く、化け物に挑もうなんて、よほど己の力を過信してたんだね」
(……化け物、か。もしかしたら僕は、この世界の生き物じゃないのかもね)
そんな事を考えつつ、白矢は基地へと戻っていった。
それから数カ月が経って。
「……まずいことに、なりましたね」
「そうだね。……まさか、こんなことになるとは」
世界は、滅亡の危機に陥っていた。
「『災い』を司る龍、『災祟龍』が出現、世界各地で壊滅的被害多数、か……」
「……白矢君、いや、谷下白矢。君は、この事態をどうするつもりだい?」
「どうする、ですか。実を言うと、僕もまだ考えついてないんです」
「君でも思いつかないとは、どうやら敵は相当な強さなんだね」
「はい。理由は簡単です」
「それは?」
「……やつは、『司龍』の一種だからです」
―――司龍。それは、世界を司る龍の総称。時には創造を、時には破壊を。世界に歪みが起きた時、その歪みを直すために生まれる。だが、今はその常識すらも歪んでしまい、ただ人類を滅ぼすための生物兵器となっていた。
「……全部隊員を招集、世界各国の健在している基地とも繋いでくれ」
「ッ!佐倉さん、まさか!」
突然の命令に驚きを隠せない白矢に、佐倉は更なる衝撃を叩きつける。
「―――やつを、討つ」
「正気ですか、佐倉さん、いや、総司令!あなたの言葉にどれだけの責任があるのか、よく知っているはずでしょう!?何故そんなことを!」
「このままやつを放置していると、遅かれ早かれ、人類は滅亡することになるんだろ?なら、悪あがきくらいはしてもいいじゃないか」
「……!本気で、そう思ってるんですか?」
白矢は思わず握りこぶしを作る。その中からは血が出てきている。俯けていた顔を上げて、白矢は断言する。
「そこまで言うんだったら、僕一人で行きます!僕には唯一無二の力がある。世界中を探してもほとんどいないスキル持ちの中でも、僕は最もうまくスキルを使える自信がある。この力で、やつを討ってみせる!」
目に強い意志を宿す白矢を見ても、佐倉はそれを認めなかった。
「だめだ、今君に死なれては困る。戦いが始まった時、誰が指揮をとる?君は人類の希望とも言える存在なんだ。そう簡単には行かせられない」
張り詰めた空気が充満し、破裂しかけた、その時。
「そういうことなら、私達にお任せを」
「ッ!君は!」
そこには、白矢のメイド役の盟と、成り行きで従えていた従魔、フェンリルがいた。
「私の力なら、白矢様のサポート、援護、脱出など、色々とお役に立てるかと」
[俺もだ。今はペットのような扱いとはいえ、元は神獣だ。それに、主人の魔力によってだいぶ強化されている。助けになることはあっても、邪魔には決してならないぞ]
「だそうです。どうでしょう、総司令様。これなら一人でもなければ、お荷物が増えることもないでしょう。万が一、白矢様が死にかけるようなことがあっても、すぐに離脱できます」
「盟、エルド……。いや、駄目だ。僕一人でいかなきゃならない」
「……何故、そのように?今回の相手は生物兵器です。今までのようにはいかないのですよ?正気でございますか」
「あぁ、正気だ。……やつと僕は、どこか似ているような気がするんだ。その理由を確かめたい。だから……」
「黙りなさい!」
白矢が諭すような口調で話しているところに、盟が素の状態で大声を出す。
「分かっているのよ、私が足手まといなことくらい!でもね、貴方が死んだら、私には何も残らない!貴方がいなくなったら、私はまた、暗闇の中を彷徨うことしかできなくなるのよ!すぐにいなくなろうとしないでよ!」
その姿は、自分に言い聞かせるように、強く、そしてどこか弱々しくもあった。その姿を見て、白矢も観念したかのように、佐倉に話しかける。
「……しょうがない。佐倉さん。僕に死なれては困るんですよね?軍が動かなくなるのでしょう?」
「あぁ、そうだ」
「それなら、僕が動かしましょう。部隊員たちは各持ち場へ。盟は後方支援と、状況に合わせて戦闘に参加。エルドは魔法で攻撃支援をしてほしい」
「ッ!えぇ、分かったわ!」
[了解した!]
「君はどうするんだい?白矢君」
予定調和のように発せられたその言葉に、白矢は挑戦的な笑みを浮かべる。
「……勿論、最前線で殺り合います!」
「その意気や良し!さぁ、すぐに動こう、世界をかけた戦いの幕開けだ!」
「了解!」
白矢たちが動き始めて、1週間。戦場となる場所で、隊員たちが列を組んで並んでいた。各々の顔には恐怖なんてものはなく、むしろ活気に満ち溢れた目をしている。その目の前にある壇上に、白矢は立つ。
「全員、傾注」
その一言で、隊員たちは完璧なタイミングで白矢の方を向く。
「……今回の作戦は、今までの各地での戦闘とはまるで違う、命を何個も捨てる覚悟でないと勝てない相手だ。それでも、ついてきてくれるか!」
白矢のその言葉に、隊員たちは揃って答える。
「「「「「我らが命、白矢様のものにあり!」」」」」
「ではこれより!作戦を開始する!各々、配置につけ!」
白矢の言葉に合わせて、隊員たちはぞろぞろと動き出す。
「……遂に、始まったのね。最後の戦いが」
「盟。……あぁ。これが最後だ。ここでケリを付ける」
「……白矢。今、言っておきたいことがあるの。後で言えなさそうだから」
「……うん」
「いい?……私、静閥盟は、谷下白矢の事が―――」
盟がそこまで言いかけた、その時。
「白矢様!来ました、やつです!」
「ッ!本当、こういうムードの時って、決まって面倒事が起きるよね!」
「えぇ、そうね!後方に行ってるわ!」
「了解!……全部隊員、聞け!」
白矢のその一言に、隊員たちは全力で耳を傾ける。
「この場にいる君たちは英雄だ!生ける伝説になりたいのなら、この戦いに勝って家に帰れ!」
一瞬の沈黙の後、隊員たちの歓声で空気が震える。
「さぁ、世界をかけた総力戦だ!」
白矢は一度、部隊員全体を見渡し、声を張り上げる。
「世界よ、僕に続け!」




