19 悪い魔法使い
「うわ、でた!」
立ち上がった拍子に床に叩きつけられた誰かの椅子が大きな音をたてた。
その音を合図に皆が一斉にピットちゃんの方を向き、臨戦態勢に入る。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。私はあなたたちと争うつもりはありません」
窓から覗くピットちゃんが丁寧な口調で喋る。愛らしい幼児のような顔つきのピットちゃんから落ち着いた成人男性のような低い声が聞こえる様は異様であり、物腰柔らかい声がかえって不気味に聞こえる。
「じゃあ、いきなり出てきて何の用事かしら」サーヤ先輩が語気を強めて言った。口調は強いが、言葉の端々が震えている。
「ボルケを探しているのです。ボルケをご存知ありませんか」
「ボルケって、『ボルケと悪い魔法使い』に出てくる火の精霊のことかしら」
「悪い魔法使いですか……後世ではそのように呼ばれているのですね」
そう言ったピットちゃんの様子は寂しそうで、なんだか可哀想に見えた。
よいしょと言いながらピットちゃんは窓をよじ登り、割れた窓の窓枠から教室に入ってくる。
皆が一歩後退する。私とキィちゃんは後方に立っていて、レオくんとサーヤ先輩は私たち二人を庇うように前に立つ。
「いずれにしても、火の精霊で間違いありません。そのボルケという火の精霊を知りませんか」
「知らないわよ」
「では火の精霊を召喚していただけませんか。直接聞いてみます」
「断るわ。だってあなたは悪い魔法使いなんでしょう。なにか起こったら大変だもの」
「私は危害を加えるつもりはありません」ピットちゃんはきっぱりと宣言する。
「信じられると思うの?」サーヤ先輩も負けじと強気な態度を崩さない。
二人、正確に言えば、一人と一体は睨み合ってばちばちと火花を飛ばす。
このまま話し合いは平行線をたどるのかと思った矢先に、ピットちゃんがすっと私の方に視線を向けた。そして口を開く。
「そこの眼鏡をかけた銀髪の少女よ」
周りを見回すまでもない。銀髪の少女はこの中でわたし一人だ。ピットちゃんは私のことをまっすぐ見て言っている。
レオくんがぱっと私の腕を掴む。返事をしたらダメだ、と言うように、首を振る。
「銀髪の少女よ、お願いします。火の精霊を召喚してくれませんか」
ピットちゃんが私に訴える。なぜ私なのだろうかと思ったが、きっとこの中で一番敵意を感じないとかそんな理由だろう。
確かに私は、このピットちゃんは悪い魔法使いなんかじゃないのではと感じ始めている。
その証拠に、ピットちゃんの周囲には火の精霊のトーラが数体集まり始めている。なにが起こっているのか興味本位に近づいてくるのと、ピットちゃんを心配しているようにみえるのと、その両方だ。
精霊は基本的には悪い心根を持つものの言うことは聞かない。ならば精霊が心配そうに見守るこの人形は少なくとも悪い志は持っていないのだろう。
みんなには見えてないかもしれないけれども。




