10 ピットちゃんの噂
「ピットちゃん人形といえば、怪談もありますよね」キィちゃんがニヤっと口の端を吊り上げる。
「髪が伸びるとか?」
「それは、ピットちゃん人形に限らず、どの人形もその手の話はあるんじゃないですか」
「学校の廊下を全速力で走っていったっていう話かしら」サーヤ先輩が頬に手を当てる。
「そうそう。学校の女子トイレの三番目の扉を開けたら、ピットちゃんがいたっていう噂もありますよね」
「放課後の教室で一人、居残り勉強をさせられていて、気配がして振り返ってみるとピットちゃんがこっちを見ながら立ってたってのもあるわね」
「怖〜い!」
廊下を全力で走って、トイレを覗かれて、教室に出入りする。ピットちゃんは大忙しだね。
「学校にまつわる怪談が多いですね」なんとなく思いついたことを口に出す。
「そうですね。ピットちゃん人形自体は学校に持ってくるものではないのに、どうしてなんでしょうね」
「学校と言えは、ピットちゃん人形を使った有名な実験があったわよね」サーヤ先輩がポンと手を打って、本棚の方に歩いていく。
教室脇に設置された本棚には、魔法の教科書や魔導書、魔獣図鑑など魔法に関する本がぎっしりと詰め込まれている。
サーヤ先輩はその中の一つの本を取り出すと、パラパラとめくった。タイトルは「実験の友 精霊暦2980年晴天の月号」だ。
「サーヤ先輩って本当に真面目ですね。そんな雑誌の内容まで覚えているんですか?」
「全部じゃないわよ。ちょうどこの前、探し物をしていたときに読んだからよく覚えてるのよね。あ、あった。これよ」
サーヤ先輩が雑誌を広げて見せてくれる。
そこには『夏休みの自由研究はこれで決まり! 友達の注目を集めること間違いなし! 学校を徘徊するピットちゃん』とおどろおどろしい文字で書かれていた。
見出しの下には用意するものや実験手順などが細かい文字で書かれている。
「ピットちゃん人形を作成した溶液に漬けて、5分間放置すると動き出すって、簡単すぎて本当かなって思いますね」私はにわかには信じられない。
「それなりにちゃんとした雑誌だから手順書通りに進めれば、ピットちゃんに何らかの反応はあると思うのだけれども」サーヤ先輩も少し自信がなさそうだ。
「この実験、『必ず学校で行うこと』って注意書きが書かれていますね。実験で場所を指定するって珍しいな」レオくんが雑誌を読みながら顎に手を当てて思案している。
「そうよね、他の実験では準備する器具や必要素材しか書かれていないものね。場所を指定しているのはこれだけね。なにか理由があるのかしら」
4人で実験内容を読みながら、うーん、と首をひねるが、特に妙案は思いつかない。
「まあ、せっかくピットちゃん人形も手元にあるんだから、明日の補習部の活動はこの実験にしてみない?」