おまけ 苦手な男
1/12 おまけ追加しました。
リカルドsideのお話です。
俺こと、リカルド・ワイブルは、ロバート殿下が苦手だ。
いや、心の中でくらい、「殿下」はなくし、ロバートと呼びたい。
俺は、ロバートが苦手だ。
・・・ロバートは、なかなか魅力的な人物だ。
頭もいいし、物腰も柔らかく、品があるのに鷹揚だ。
ユリウス様が王にふさわしいと思うだけある人物なのは確かだし、俺もその意見には賛成だ。
だから、政治的には協力するし、仕事の面では彼を信頼している。
だか、あいつはヤバい。
俺は本能的に警戒を解けない。
特に・・・エミリアに関しては。
◇◇◇
ロバートは、アメリア嬢と言う初恋の女性を大切にしている。2人は婚約者だし、溺愛っぷりは周知の事実だ。
彼は一途な人間だし、決して浮気者ではない。
だが、俺は知っている。
・・・ロバートは、モテる。それも、ものすごく。
はっきり言って、彼の外見は平凡だ。
優しそうに見える顔立ちだが、ただそれだけだ。
見た目に関してなら、俺やアーノルドの方が、整っている。
しかしながら、彼は、あの警戒心を抱かせない容姿からか、女性との距離が近い。
エミリアもロバートには簡単に腕を絡めて話す。
「お友達だからよ。」なんて言うが、そんな男は他にいない。まるでアメリア嬢と同じ感覚で彼に接している。
・・・俺もマーガレットとは仲が良いし、友人だと思っているが、手すら繋いだ事はないし、それが普通だ。
そして、奴はとにかく甘い。
エミリアが大好きなロマンス小説のヒーローの様に。
アメリア嬢が怪我をした時、彼女はまだ、ロバートに異性としての愛情を持っていたとは思えなかった。
友達を庇おうとして、被害を受けた、ただそれだけだった筈だ。
しかし、ロバートは、そんなアメリア嬢に愛を囁き続け、今やアメリア嬢は、ロバートの為に辛いお妃教育に邁進している。
そして、彼女が挫けそうになる度に、甘く囁き、甘く褒めて、甘えさせる。
アメリア嬢は、自分から恋に落ちたとすら、錯覚しているのではないかと思う程に、ロバートに夢中になっている。
・・・俺は、その様子を間近で見つめる羽目になった。
ユリウス様にロバートの身辺を警護する様に、言い付かったからだ。だから、情勢が安定するまで、俺はいつもロバートの側にいた。
俺が、エミリアに勉強させるべく追い回し、逃げられ、うざがられる一方で、ロバートは甘く囁くだけで、アメリア嬢を上手く誘導し、アメリア嬢を虜にしている。
なんなんだ。あの男は?・・・何でロマンス小説のヒーローの様に事が運ぶ?
恥ずかしい話だが、俺も見習おうとした事があった。
・・・だが、上手くいかない。
まず、俺が恥ずかしくて、ロバートの様には出来ない。
無理をすると、キザっぽくなってしまい、裏目に出る。
さらに、下手をすると、エミリアの爆笑を誘う。
ロバートはエミリアにも甘い事をさらりと言う。
以前、エミリアが白いワンピースを着て来た時には、「エミリアが着ると天使みたい。すごく可愛くってびっくりしたよ。」なんてセリフをニコニコと言う。
アーノルドに言われた時は、嫌がっていたのに、ロバートには、「ありがとう!すごく嬉しい!」と大喜びだ。
・・・多分、ロバートは天然のタラシだ。
女性は彼を警戒しないし、彼が何を言っても、キザだとは思わず、むしろ好意的に取る。
だから、モテる。
アメリアに一途なのですら、高評価だ。
・・・俺なんか、エミリアのストーカー扱いだというのに。
言っておくが、俺は婚約者だ。
そんなロバートに、俺が決定的な警戒を抱くに至った経緯を話そう。
◇◇◇
卒業を控えたある日、俺とユリウス様はロバートに食事に誘われた。場所は、高級で人気の高いレストランだった。
俺は学園が終わってから、ユリウス様と合流し、店へと向かった。
「ユリウス、リカルド、今日はありがとう。急なお願いなのに時間を作ってくれて。」
奥にある個室が予約されており、俺たちが着くと、ロバートは、笑顔で出迎えた。
「突然、どうされました?殿下。」
ユリウス様は、穏やかな笑みを浮かべつつ、席に着いた。
俺もユリウス様の隣に着席する。
「たまにはね、2人とゆっくり話をしたくてね。」
ロバートもニコニコと答える。・・・確かに、この3人で食事に来た事は無かった。
「殿下、光栄です。」
俺は、当たり障りない答えを言う。
「リカルド、こちらこそ、ありがとう。自慢の料理を用意させたんだ。ぜひ楽しもう!ユリウスには、ワインもあるんだよ!」
そう、ロバートが言い、くだけた雰囲気で宴が始まった。
俺たちは思いの外、この時間を楽しんだ。
ユリウス様の機知に富む会話は楽しいし、ロバートは聞き上手だ。
ロバートがユリウス様に用意したと言ったワインが、いつの間にか俺たちにも振舞われ、なお一層、和やかな雰囲気になっていった。
宴も終盤にさしかかった時、俺にロバートが言った。
「リカルドは、卒業したらすぐにエミリアと結婚するのだろ?・・・はぁ、羨ましいよ。」
「あ、はい。そうですね。卒業が3月なので6月で調整しています。」
「僕も、アメリアと4月に結婚したいって言ったら、ユリウスは大変かな?」
ロバートは、ニコニコとユリウス様に尋ねた。
ユリウス様は少し驚いた雰囲気になり、
「ロバート殿下もアメリア嬢とは、8月に結婚される予定ですよね?・・・まぁ、リカルドみたいに急ぐ気持ちも分からなくはないですが、殿下の場合は、国を挙げてのお祝いになりますから、そう簡単に予定は変えられないと思います。・・・殿下も、アメリア嬢と早くご夫婦になりたいのですね。」
ユリウス様は微笑ましいと言う様に笑って、そう答えた。
「うーん。そうではなくて・・・あ、勿論、そうなんだけど。」
ロバートは、ちょっと困った顔になった。
「どうしました?殿下?・・・何か問題でも?・・・最近の、アメリア嬢の頑張りは目覚しく、今や2人のご結婚に、反対される方は居ません。命をかけて、ロバート殿下を守ったという話は、ご婦人方には篤い支持を得てますし・・・。特に急がれる必要もないかと。準備期間を楽しまれてはいかがでしょう?あっという間ですよ。」
ユリウス様は、ロバートに諭す様に言った。
「うーん。そうなんだけどね。・・・婚約してても、デキ婚って、ちょっと気まずいなーって思ってね・・・。やっぱり、4月は、無理だよね。」
「!!!」
「!!!」
俺とユリウス様は、ロバートの爆弾発言に、声を失った。
◇◇◇
近頃は、結婚まで純潔・・・なんていう雰囲気は無くなってきているし、まぁ、デキ婚も珍しい話ではない。
しかし、多忙を極めるアメリア嬢とロバートに、そんな暇なんてあるのだろうか?
アメリア嬢は学園が終わると登城し、遅くまで学ばれ、護衛によって寮に送られる。ロバートも、学園の他にも王族としての公務があり、また今後の継承権争いに向けての勉強も深夜まで行われている。2人は昼食くらいは水入らずで過ごしていたが、周りからは2人が多忙で、それに同情する声も多かった。
・・・まさか、アメリア嬢が護衛と浮気?
その可能性に気づいたユリウス様と俺は、表情を固くする。
「ロバート殿下、本当に心当たりがあるのですか・・・?」
ユリウス様が、確認するように聞く。
「う・・・ん。」
なんだか、キレの悪い返事に、俺たちは嫌な予感しかしなくなった。
・・・が。
「・・・心当たりしか、ないんですよ。」
・・・は?
ユリウス様から笑顔の仮面が外れかけている。
しかし、無理やり取り繕って、ユリウス様は尋ねる。
「しかし、ロバート殿下も、アメリア嬢も多忙の身。少し無理がある話では?具体的にいつ頃のお話で?」
「無理・・・では・・・ない、かな?」
・・・え?
ロバートは少し恥ずかしそうに、さらに続けた。
「時間を有効に使えばね・・・でも、それで慌てて失敗しちゃったと言うか・・・。具体的にいつとか言われてもね・・・ほぼ毎日だし・・・。」
「・・・まいにち。」
「ちょっとスリルあって、むしろ盛り上がっちゃって・・・つい・・・ね?」
「・・・すりる。」
「ほら、誰か来るかも・・・!・・・みたいな?あー、ちょっとこんな話、恥ずかしいな。」
「・・・一体・・・何処でその様な・・・。」
「え?・・・ユリウス、それ、聞いちゃうんですか・・・。何処って・・・人気の無い倉庫とか廊下とか空き部屋とか・・・まあ、色々なんですけど・・・って、あーもう、言わせないで下さいよ!恥ずかしいじゃないですか!」
俺とユリウス様は顔を見合わせた。
え・・・。
・・・ヤバい。やっぱり、ロバートは確実にヤバい!!!
ユリウス様の目は、もう確実に笑ってはいなかったが、なんとか会話を立て直そうとした。
「もう、医者には見せたのですか?」
「・・・まだなんだ。なんか、恥ずかしくて。」
「ご懐妊と決まった訳ではありません。ご病気の可能性もあります。女性は繊細ですから。まず、医師の診断を受ける手配をいたします。お話はそれからにしましょう。・・・この話は、ここで留めておいて下さい。私が手配いたします。」
「ありがとう、ユリウス!」
ロバートは、嬉しそうに笑う。
そして無邪気に続けた。
「はぁー。子供か・・・本当にできてたら嬉しいなぁ。・・・ちょっとタイミングが早かったけど、でも仕方ないよね・・・。・・・リカルドなら僕の気持ち、分かるでしょう?愛しい婚約者が側にいるんだ、我慢なんて、できないよね?」
・・・は?
・・・俺に・・・振るなよ!!!
俺は何も答えられず、曖昧に笑う。
ふと、怖ろしく冷たい空気を感じ、横を向くと、
「リカルド・・・一緒に帰ろうか。」
ユリウス様が、とても良い笑顔で俺に言った。
◇◇◇
殿下を乗せた馬車を見送ると、俺とユリウス様は、別の馬車でユリウス様の屋敷に戻る事にした。
なにせ、デリケートな問題だ。エリオス様やユリア様に力添え頂きたい。
馬車の中で、ユリウス様の仮面は、完璧に外れていた。
ごくごく、たまに外れる仮面の下のユリウス様は、ものすごく柄が悪い。まさに魔王だ。
ユリウス様・・・いや、魔王は、先ほどから足を組んで反り返って座り、コツコツとステッキを鳴らしてイラつきを隠さない。いつもの上品で優雅な雰囲気は欠片もない。
「あの野郎・・・どこでも盛りやがって・・・!俺の苦労を何だとっ・・・!」
魔王は、苦々しげにそう吐き出すと、ガッとステッキを床に突き刺した。ステッキの先端は、硬い床に深く刺さり、もはやどんな形状だったか、分からない。
床に深く刺さる程、鋭い先のステッキだったろうか?
・・・俺は、魔王の怖ろしさに、現実から逃避し、ボンヤリとステッキの先の事を考えた。
俺がステッキを熱心に見つめているのに気がついた魔王は、
無表情のまま、俺に言った。
「スチューデント家は、武人を輩出する家系だ。・・・俺はあまり体格に恵まれなかったが、こっちが得意なんだ。」
「こっち・・・。」
俺はステッキから目が離せない。
「暗器。」
魔王はそう言うと、ステッキから少しだけ刀の刃を抜いて見せる。白く鋭く光る刀は、よく斬れそうに見えた。
その刃に、目を見開いた俺が映っている。
「リカルドは、あの野郎の気持ちが分かるのか?」
カチッと刃を納めて、魔王が俺を睨む。
「全然、分かりません!」
・・・そもそも、この状況が分からない。
何故、俺がこんな状況に???
悪いのはロバートではないか。
な、なんで俺が刀をチラつかされているんだ?
「その割に、結婚を急いでいたのは、何故だ?・・・お前も、まさかエミリアに子供を・・・。」
「!!!無いです!絶対に無いです!子供とかの前に!エミリアは基本、俺から逃げますから!!!」
俺は必死で叫んだ。
ヤバい、斬られる。確実に!
「エミリアが逃げる・・・?」
魔王は止まった。不思議そうに首を傾げている。
「もう、いつもですよ!!!やっと捕まえても、良い雰囲気どころか、睨み合いになってしまうし!!!俺なりに頑張って、ロバート殿下みたいな甘い事を言えば、爆笑されるし!!!やっといいムードに出来たと思っても、エミリアが間抜けな発言でぶち壊すんですよ?蟹臭いに始まり、どれ程俺の心が折られたか、ご存知ですか???・・・それで子供が作れたら、鉄のメンタルですよ!・・・むしろ教えて下さいよ!!!あの間抜けな雰囲気から、どうやったらイイ雰囲気に持っていけるんですか???エミリアがちょろいって言ったやつ、誰ですか???なんであんなに鈍いんですか???俺が、あいつと進展するには・・・結婚するしかないじゃないですか???ずっとずっと大好きで、気持ちだって通じたのに、何もですよ!何も進展しないまま、5年ですよ!!!挙句、エミリアのストーカー扱いですよ!!!なんで、あっちこっちで盛って、デキ婚騒動のロバート殿下が純愛扱いなんですか?!おかしいですよ!!!ヤバいくらい清いのは、こっちだってーのにーーー!!!」
俺が、ノンブレスで叫ぶと、魔王が肩を震わせ笑っていた。
「・・・リカルド、苦労してるな。」
「はい。」
あまりにも、あけすけな告白をし、笑われた俺は、ただ赤くなって俯くしか無かった。
気を使ったのか、魔王はステッキを床から抜くと、それを離して置き、俺の隣に移動して座った。
いつの間にか、機嫌が直ったのか、殺気がなりを潜めている。・・・仮面は外れたままだが。
そして、俺の隣に座ると、魔王は楽しそうに、ニヤリと笑い。俺の肩に手を回した。そして、優しく俺に言った。
「リカルド、俺たち家族は君に感謝しなくては、いけなかったね。・・・ロバートに狙われていたら、エミリアは既に3人位は子供を産んでたろう。いい噂のタネだったよ。・・・エミリアはアメリアより、確実にちょろいタイプだ。その上、ボンヤリでウッカリで残念だ。」
俺が目を見開く。
何を言っているのか、理解できずに、魔王の目を見つめる。
魔王の笑みが更に深くなる。
愉快で堪らないと言う表情を、もはや隠さない。
「・・・多分、お前だけだ、アレに苦戦するのは。」
そう言うと魔王は、嬉しそうに俺の肩を叩いた。
◇◇◇
結局、アメリア嬢は、ストレスと疲れによる不順で、ご懐妊ではなかった。だが、ユリウス様の計らいによって、学園の卒業と同時に婚礼を行う事となった。・・・万が一に備えての事だろう。
しかし、しばらくの間、ロバート殿下は、そんな取り計らいをしてくれた筈のユリウス様に、大変怯えていたので「何か」があったのだろう。
・・・ユリウス様のステッキは、曲がって見えた。
お読みいただきありがとうございました。
エリオスとリチャードのお話は、おまけではなく別に「怠惰な侯爵は微睡の中」と言うお話にました。(こちらも完結済です。)・・・ただ、エリオスがヤバい男になりすぎて、暗いし重いので、苦手な方はご注意下さい。
シリーズ化してますので、そちらからどうぞ。
使い方が良く分かってなかったのですが、シリーズ化が分かったので、「おまけ」を追加するのは、このお話をもって最後とします。
また書きたくなったら、シリーズとして、追加していきますので、その時は、よろしくお願いします!