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金髪ボクっ娘の太陽神話  作者: 神田大和
外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」
310/310

第90話

 ――この王国には、全てが灰になった都市がある。

 ちょうど、俺たちが旅立った春の頃だ。

 死竜が舞い、その都市は死都に成り果てた。


「……ここがタンミレフトか」


 ベルの兄貴の言葉に頷く。

 バウムガルデン領を出発し、アカデミアへと向かう旅の途中、俺たちは船を停泊させ、ここに寄り道をしていた。

 俺たちの出発をみんなが見送ってくれた。本当にありがたい話だと思う。今、思い出しただけでも心が温かくなる。


「とんでもねえな。核の冬みたいだ」


 アドリアーノが聞き慣れない比喩を使っている。

 まぁ、日本という国の言い回しだろう。しかし冬のようだというのはよく分かる。

 この慰霊碑の向こう側、本来ならタンミレフト首都があった場所には、真っ白い灰しかないのだから。


「……この灰自体は”太陽落とし”の結果でしたよね? ロバート」

「ああ、そうだ、クラリーチェ。歩く死体を外に出さないために、大神官が太陽を落としたと聞いている」


 シェイナさんから色々と教えてもらった。教会史を綴るうえで欠かせなかった事件のひとつだ。

 バウムガルデンから遠く離れた地であろうとも、タンミレフトの惨劇はアマテイト教会全体に影響を与えた。


「例のベインカーテンってのが絡んでるのかい? これ」

「いいや、どうも絡んでいないということになっているそうだ。

 ここをやったのは、政変で貴族だった実家を没落させられたアマテイト神官らしい」


 正直、アマテイト教会さえよく分かっていない俺の知識では理解するのにかなり苦労した。

 貴族に生まれたアマテイト神官の実家が、10年前に没落させられていて、その復讐のためにこの事件は仕掛けられたのだそうだ。

 教会における神官とは何か、王国における貴族とは何かを理解していないと状況が飲み込めない。


「へぇ、入り組んでてよく分からないね……」

「だろうな、俺も理解するのに時間が掛かった」


 バネッサにこれ以上突っ込んだ話をすると煙たがられてしまうような気がする。

 ……まぁ、ここへの寄り道を反対もされなかっただけで充分だと考えるべきだろう。

 運河を渡る長旅、陸地に降りる機会は多い方が良いとみんな思っているのだとは思う。


「少し、見て回っていて良いか?」


 そんな風に断りを入れて、俺は1人で歩き出す。

 慰霊碑の周りには、資料館といくつかの店、そしてアマテイト教会の出張所が存在する。

 元々は灰と化したタンミレフト首都を調査する教会の人間に食事を提供するために、民間の出店が来ていたのが、そのまま小さな村のようになっているらしい。

 入り口で案内を受けたときにそう聞いた。


(……そう考えると人間ってのも、たくましいものだな)


 いや、滅ぶ前の都市の規模を考えれば、比べ物にもならないか。

 広さ自体はバウムガルデンより狭いが交易の要を担っていて、かなり発展した土地だったと聞いた。

 それが今や何ひとつ残ることなく灰と化し、未だに立ち入ることさえ許されていない。

 ……この犠牲者の名が刻まれた名簿を見ているだけで、気の遠くなるほどの人々が命を落としたのだと分かる。


『ロバートさん。あなたは、このバウムガルデンがあのタンミレフトになることを防いだんです。偉大なことをしたのですよ』


 ジェーニャの命を奪ったことに対する後悔を見抜かれていたのだろう。

 シェイナさんは俺にそんな言葉をかけてくれて、俺はそれを気休めだと思っていたのだけれど実際にこの光景を見ると理解できる。

 死霊呪術と吸血鬼という区別はあれど、一歩間違えれば、バウムガルデン領もこうなっていたかもしれないんだと。

 だからみんな、俺に対してあんなにも賞賛を送ってくれたのだと。


「――どうだ? 君の父上の名前はあったかね?」

「うん……あった。ねぇ、ビルおじさん、これっておとーさんが死んだってこと?」


 犠牲者の名が刻まれた名簿を前に、背の高い男性と幼い少女が立っていた。

 聞こえてきた会話から、少女の父親がこの首都で犠牲になったのだろうということが分かる。

 ……親戚か何かなんだろうか。男の髪と瞳が紫色なのが、やけに目を引くが。


「どうだろうな……ここに刻まれた者たちのうち、遺体が発見された人間の方が少ない。全ては灰になった」

「……つまり、おとーさんは、死んでない?」

「全ては分からないということさ。ただ、もうすぐ1年経つが、見つかっていないということは……」


 男の表情が歪んでいるのが分かる。

 言いにくいことだものな、親が死んだなんて話は。


「――君も探しているのかい? ここで行方不明になった人を」


 ふと、話しかけられてしまっていた。

 彼らの会話が気になって立ち止まってしまっていたんだ。こうなるのも当然といえる。


「……いえ、俺は、その、通りすがりで」

「そうなのかい? とても、そうとは思えない眼をしていたけれど」


 シェイナさんの言葉を思い出していたところを、見られていたということか。


「……そうなのかもしれません。少し、似たような経験をしまして」

「似たような経験? 最近、大掛かりな死霊による事件は他になかったと思うが……いや、吸血鬼事件か」


 さらっと答えを言い当てる彼に驚かされる。

 宝石のように美しい紫の瞳を持つ男。その両手を覆う黒い手袋が艶めかしい。

 なんというか、男なのに独特の色気があると感じてしまう。


「……吸血鬼を殺したのかい?」

「ええ、友人を。それで、みんなは俺のことを褒めてくれるんですけど、本当にそれでよかったのかって思ってしまって」

「なるほど。なんとなく分かったよ。そうだな、確かに吸血鬼の力を野放しにしていれば第二のタンミレフトが生まれていただろう」


 ……いったい何者なんだ、この人は。

 どうしてここまで的確に物事を理解している?


「……お詳しいんですね、随分」

「なに、職業柄な――」

「……その、お2人は? 親戚ですか?」


 目の前の2人についてを知りたいと思ってしまっていた。


「いいや、ちょうどこのタンミレフトが陥落した時に首都に居てね」

「ビルおじさんがさいごのおきゃくさんだったの」

「お客さん……?」


 こちらの問いかけに頷く”ビルおじさん”と呼ばれる男性。

 ……おじさんと呼ばれるには、まだ若いように見えるが。


「この娘と、この娘のお父さんがやっているカフェテリアの客だったんだ。

 そこに死竜が飛んできた。なんとか奴の吐息自体は逃れたが、そこからが大変でね」

「……死都から逃げ出せたんですか? この子を連れて」


 俺の言葉に頷くビルさん。

 とんでもない実力者だ、子供を連れて死体だらけの街を生き延びるなんて。

 それに俺の何気ない言葉から吸血鬼の話だと当ててくる情報量。只者じゃないぞ、この人は。


「けれど、お父さんを見つけてあげることはできなかった。助けてあげることも」

「……状況が状況ですからね。俺は後から聞いただけですが、あの場からこの子を連れ帰っただけでも素晴らしい功績だと思います」

「ふふっ、そうかもな。では、私からも君に同じ言葉を贈らせてくれ。人間が吸血鬼を倒したんだ、思うところはあるだろうが、君の功績は素晴らしいものだ。胸を張れ」


 スッと俺の肩を叩き、女の子を連れて去っていく紫色の髪をした男性。


『ねぇ、ロバート。あの人、人間じゃないよ』

「は? いきなりなに言って……」


 宝石から飛び出してきたドロップが去り行く男を見つめながら、とんでもないことを言ってくる。

 でも、そうだと言われればそんな気もしてくる。どこか人間離れした雰囲気を纏っていたとは思うのだ。

 ……あのタンミレフトから、あんな小さな女の子を連れて脱出できるなんて、確かに人間の芸当じゃない。


「ほう――君は妖精を連れているんだね?」


 距離があるはずだった。ドロップは気を遣って小声を出していた。

 会話が聞こえるはずもない。なのに、男は立ち止まり、振り返ってこちらを向いた。


「……妖精を連れた吸血鬼殺し。となると君は、ひょっとしてロバート・クロスフィールドくんなのかな」

「分かるのか……俺のことが……」

「ああ、君は有名人だ。そうだな、君の名を知ってしまった以上、私も名乗っておこうか――?」


 スッとこちらに近づいてきた男の髪を風が揺らす。

 その瞬間、男の髪に角が生えているのが見えた。

 確かに人間じゃないとよく分かる。角の生えた人間とほぼ同じ姿を持つ種族、つまりは。


「――我が名は、ビルコ・ビバルディ。

 この名を覚えておくと良い。いつか私が何なのかを知る日が来るだろう」


 ビルコ、ビバルディ……忘れられない名前をしている。そう思った。


「隠れていたんだろう? 明かしてよかったのか、ドラガオンだと」

「構わんさ。せっかく偶然にも君のような実力者と出会えたんだ。名前くらい知っておいて欲しかった、名を知れば種族を知るのと差はない」


 竜人をはじめとした竜族は人間の敵だと聞いている。何度も戦争を繰り返してきた敵だと。

 けれど、クリスの姉ちゃんが竜の背に乗っていたのもそうだが、今、このビルコ・ビバルディという男を見ていても、とてもそうだとは思えない。

 だって人間の敵対種族が、あの死都の中で女の子を助けるか? この子はただの女の子だろう?


「どうして名を知っておいて欲しかったんだ……?」

「次に会う時の手間が省ける。全く知らない時よりも若干の好感があるはずだ。人間というのはそういうものだからね、それは竜族も同じさ」

「……理屈は分かるけど」

 

 こちらの回答を前に妖艶な笑みを浮かべるビルコ・ビバルディ。

 本当に恐ろしいくらいに美しい男だ。そう思う。


「君のような実力者とは、また歴史の転換点で相まみえる日が来るだろう。その時を楽しみにしている――」


 そう言い残したビルコは、少女を連れて魔術式の向こう側に消えていく。

 これは、デイビッドと同種の魔法か? 自分だけの空間を使って移動する転移の魔法……?


『ね? やっぱり人間じゃなかったでしょ?』

「あ、ああ……いったいなんだったんだって感じだけど」


 ――竜族を目の前にしたのか、俺は。資料でしか読んだことがなかった相手を。

 ビルコ・ビバルディ、いったい何者なんだろう。

 あれだけ自信満々に名乗っていたのだから、調べればすぐぶつかる相手なんだろうな。

 しかし、そうか。もう俺たちはベインカーテンだけに狙われる訳じゃない。それ以上に目立つ存在になっているということか。


「おーい、ロバート! そろそろ行くよ!」


 遠くでバネッサが呼んでいる。

 何とも不可思議な出会いをしてしまったが、そろそろ出ないといけない。

 アカデミアに着いたら、トリシャ・ブランテッド教授が待っていると聞いた。

 急ぐ旅ではないが、予定は崩さない方が得策だ。


「……悪い、遅れた」

「誰かと話してたのかい? 何もない所を見つめてたけど」

「ああ、いや、その……まぁ、あとで話すよ。ちょっと変わった体験でな」


 ――そう、俺たちはタンミレフトを後にした。

 スノードロップが学術都市アカデミアへと到着するのは、あと少しだけ未来の話だ。

金髪ボクっ娘の太陽神話外伝「クロスフィールド・ルポタージュ 後編」全90話にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

これを持ってこの作品は一旦完結とさせていただき、次の更新までお時間を頂戴します。


金ボクの中でも最長のエピソードとなりましたが、お楽しみいただけていれば幸いです。


また、完全新作の連載を始めておりますので、興味があればぜひ。

新作アドレス( https://ncode.syosetu.com/n3965gl/ )


相当に先の話になってしまうと思いますが、次回、金ボク第3章にてお会いしましょう。

それではまた会う日まで――

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