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はじまりに もどる はなし

ふわりと桜の花が散っていく。ゆづるは制服を風に泳がせながら、学校へと向かっていた。全てがスローモーションに見えるのは、ゆづるが普通の人では無いからだ。


「ゆづる、ゆづる、走っちゃ駄目だからな。」

「分かってるよ、でも遅刻するんだ。」

「だけどな、見つかったらゆづる、どうやって言い訳するんだよ。」

「…分かってる。」

「分かってない!」


珍しく声を張り上げた千登世に驚き、ゆづるは走る足を止めた。


「…歩くよ。」

「そうしろ。」


その時、遠くから始業のベルが聞こえた。ゆづるは落胆の溜め息を吐き、空を見上げる。


「本当にリンクしているみたいだ。」

「そうだろうな。」

「あのな、」


悪い予感がするんだ、とゆづるは目頭を抑えた。今度は千登世が溜め息を吐く。


「ゆづるの勘は当たるからな…。」

「人が、死ぬ。1年2組の誰かが。」

「予言するな、予言を。」

「笑い事じゃない。間違いなく、死ぬ。」


それからゆづるが口を開くことは無く、校門で遅刻届けに印を貰い教室に足を運んだ。


元々可もなく不可もなくなゆづるは、新しい勉強に苦労することは無かった。ゆづるの通う学校は、中高一貫のなので環境もあまり変わらない。


「おはよう、李さん。」

「おはよ。」


ゆづるのクラスメートとの関係は広く非常に浅く、と言ったところか。千登世の自殺を知るものが殆どで、彼等はそれを考慮してか必要以上に関わってくる人はいない。


「あ、李さん知らないかな。2組の宋 亜矢子さん。まだ学校に来てないんだけど、あの人サボり癖あるじゃない?だけどやっぱり心配で。」

「…宋さんってどんな人?」

「やっぱり知らないかぁ…。あのね、何時も二つ結びで華奢な子。髪の毛は茶色に染めてるみたい。」

「私、捜してくる。先生には早退するって言うから。」


ゆづるは踵を返し、教室を出た。廊下は生徒の熱気と夏の暑さで蒸されている。


「おい、単位は大丈夫なのかよ。」

「大丈夫。多分。」

「多分、ね。」


千登世がふらふらとゆづるの後を追う。廊下を抜けるとそこは、


「あーあ、予想通りだな。」

「イデア、世界か。」


真っ白な兎に角完成しきった世界。丸は丸の完成体、全てが見本とすべき世界だ。それにしても、イデア世界が学校に通じるとは。


「宋さんは多分迷い込んだな。」

「ゆづる、アレ。」

「…血痕かねぇ。」


完成された血痕。まだ生々しい程に、光っている。


「千登世、まだイデア世界は閉じそうにない?」

「まだだな。まだ空間が歪んでない。」


ゆづるは一歩一歩イデア世界の奥へと進んで行く。千登世は完成された姿で、ゆづるについていく。


「しかしまあ、イデア世界を求む人がまだ居たなんてな。…千登世、先に行って。」

「完成された世界に惹かれる人は多いだろ。」


真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白真っ白。その中に敢えて作られたような、赤。イデア、私のイデア。世界はイデアを求めている?ならば私のイデアをあげるよ。イデアイデアイデア、寸分の狂いも無く完成された世界。ロゴスの行き先は何処。


「………る!ゆづる!」

「!ごめん。」

「いや…。」


白昼夢。ゆづるは真っ白な靄に覆われた場所に辿り着く。…空間が歪んでいる。イデア世界が崩れているのだ。しかし血痕は確かにある。歪んでなどいない。何故?


「っ宋さん!?」


徐々に晴れて行く靄。イデア世界の再来。ここまで不安定なイデア世界を、ゆづるも千登世も見たことがない。嫌な予感が胸を満たす。『ゆづるの勘はあたるからな』―――誰かが言った?


こつ、と頭に何かが当たった。硬い石のような、何かが。それはこつ、こつ、こつ、と一定のリズムでゆづるの頭を叩く。


「見るなゆづる。」

「千登世…?」

二つ結びに華奢な体つき、宋 亜矢子、李 千登世。お母さんは病院、お父さんは会社、会社じゃない。


「会社じゃない!」

「ゆづる見るな!ゆづる!」


ぱ、と世界が弾ける。萎びれた世界、お父さんの旧姓は?千登世の自殺、家庭の不和。お母さんの名前は李 明。お父さんは?病院じゃなくて、刑務所、刑務所のお父さんは?


千登世の姿が歪んでいく。宋 英と李 明の“娘”は李 千登世。妹は?妹がいた。可哀想な妹。千登世が居たせいで、“息子”にされた妹。名前は?名前…は?


「李 亜矢子…。お父さんとお母さんは離婚…して…。千登世は、千登世は…。私の実のお兄ちゃんで…、自殺、じゃ…な…くて…。」

「思い出すな!ゆづる!お前はいい!」

「お兄…ちゃん刺…されて…、死、んで…。さし…たのは…。」


くるくると廻る世界。柔らかい肉の感触、乳の香り。千登世は…、千登世兄ちゃんは…。


「私、が…刺した…の…。」








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