はじめ の はなし
意味が分かりにくいと思いますが、連載を続けるうちに出来るだけ分かりやすくしようと思います。
ラジオが雑音が響かせている。ゆづるは静かに床を膝で擦り、ラジオに手を伸ばす。古い真鍮のラジオは、僅かに震えて雑音を吐くのをやめ、空間は静寂を戻した。ゆづるはそれを確かめて、満足そうに笑った。
「満足か、ゆづる。」
「ああ満足だね。」
義兄の千登世はゆづるよりも3つ年上だった。今となればもう3つ年下になる。というのも、千登世はゆづるが12歳の時に自殺したからだ。それから早くも3年の年月が過ぎ、ゆづるは15歳になった。
「千登世、私明日から学校に行く。」
千登世の自殺から、ゆづるは不登校になったが、不登校の本当の理由は千登世の自殺では無い。しかしゆづるにとってこれは絶好の言い訳になった。
「まあ高校だしな。当たり前だ。」
「…私の言いたいこと、分かるよな。」
「俺にしか出来ないこと、だろ?」
「分かってるならいい。」
その時ゆづるの部屋のドアが叩かれた。年いった女性の金切り声が聞こえる。――毎日恒例の時間だ。
「どうする?」
「どうする、ってやり過ごすしか無いだろ。」
「…ゆづる変わったな。」
「そりゃ3年も経てばね。」
金切り声が徐々に唸り声に変わっていく。きっと次は掠れた甘い声で、ゆづる、と言い続ける。それは本当に日常に溶け込んだ、ゆづるの生活パターンの一つだった。
「明日から頑張れよ。」
ゆづるはそれには一言も返さずに、欠伸と伸びをして布団に潜り込んだ。
朝は必ずやってくる、と誰が言っただろう。ゆづるには朝が来る日もあるし、朝は来ず長い夜が続く日もある。しかしその反対、朝がずっと続く日もある。ゆづるにとって、それは理解不可能な事だった。
「おい、ゆづる。」
「…ん。………今日は朝が来たんだな。」
「みたいだ。まだ現実とリンクしているかは分からないけど。」
ゆづるは布団からずるずると這い出、暗灰色のカーテンをそっと開く。ムッとした熱気が頬と目を刺した。
「リンクしてる。着替えたら行こう。」
「分かった。」
リンク、それは多分ゆづる特有のものだった。朝が来ない日は、現実とはリンクしていない。その日は千登世達の住む、イデア世界とリンクしている。イデア世界の時間は、現実の世界の一秒にも満たない、存在しないものだ。つまりイデア世界にゆづるがリンクされていても、リンク時とリンクが切れた後の現実の時間は一緒である。
ゆづるはカーテンと同じ色の制服を身につけると、部屋の南京錠を外し扉の外へ出る。両親は居ない。母は病院、父は会社だろう。
「千登世。」
「はいよ。」
千登世がゆづるの手をとり、優しく握る。そのまま上下に揺らし、また手を放した。千登世とゆづるの生前の儀式。泣き虫ゆづるを強くしてくれた儀式だ。
「…ありがと。」
「構わないけど、急がないと。」
千登世が時計を指差すと、ゆづるはまた表情を固める。そして玄関のドアノブに手を掛けると、光る世界へ一歩を足を進めた。




