女子会とおっさん
お待たせしました…!
スイーツのどか食いをやめた直樹は、時折振られる話題にぎこちなく相槌を打つだけの機械と化していた。
何とかというデザイナーの新作ドレスがどうだとか、今年の流行色は何色だとか、近衛兵の誰それがかっこいいだとか、正直全く分からない。
可もなく不可もないおっさんから超絶美少女の皮を被ったおっさんにクラスチェンジしてから随分と立つが、女子力というものは一朝一夕に身に付くものではないのだ。
基本的に男というものは、いや、世の中の人間を男と女の二分割で考えるのは愚かかもしれないが、少なくとも大野直樹という人間は、一見意味のない『お喋り』を楽しむことのできる人種ではない。
楽しくお喋りに興じている少女達が、実は同じ男の愛を争う敵同士であるならなおさら。
薄ら寒さしか感じない。
直樹が張り付いた笑顔で『そうですわね』と『まあ本当ですの?』をタイミング良く繰り出すことに集中している間に、話題はオカルトチックなほうに移行していた。
分からなくもない。
おっさんの想像の世界の女子会で話題になるものといえば、ファッション、えげつない下ネタ、スピリチュアル、それから恋の話。
ファッションの話は先程出尽くした。
娘と同じ年頃の少女達がえげつない下ネタを繰り広げる様は見たくない。
そして、恋の話はまずい。
ここにいる少女達は自分も含め、王妃様以外は全員がアレン王子の花嫁候補である。
つまり、建前上全員が同じ人に恋をしていることになるのだ。
そんなところで恋の話などしようものなら、きゃっきゃうふふのお茶会が血と涙と裏切りの飛び交う天下分け目の戦いになりかねない。
となると、残るはスピリチュアル、つまりオカルト一択なのである。
「それで、以前とはどことなく様子の変わった恋人の姿に、女が嫌だなぁ怖いなぁと思っていると……」
わざとおどろおどろしい声を作りながら、ひとりの少女が話している。
美人だが、重たげな栗色の髪がどこか陰鬱な印象を与える。
確か名はウルリケといったような。
何となく誰かを思い出すような語り口だが、彼女の語りは意外と上手い。
手持ち無沙汰に持っていた花柄のティーカップを置き、直樹は話に集中することにした。
「突然恋人を病で失った女は、とある術士を訪ね、魂返しの儀式を行ったのです。
何事もなかったように彼は蘇りました。
けれど、何かが違う。同じ顔、同じ姿のはずなのに……。
……恋人は、姿形は同じでも、そこに宿った魂は全く別のものだったのです……。
信じるか信じないかは、あなた次第……」
語り終え、ウルリケは静かにティーカップを置いた。
途中、何だか別の人が混ざっていたような気もするが。
いや、それよりも。
この話、どこかで……。いや『どこか』ではなく。
直樹は思わず勢い良く立ち上がってしまった。
その拍子に、手元のティーカップが音を立てる。
テーブルが揺れたせいでティースタンドも大きく揺れた。
「ユリア嬢?」
王妃様が訝しげな表情を直樹に向ける。
それにつられるように一斉に向けられる視線が痛い。
だが、今はそれどころではない。
身体に宿る別人の魂。
まさに、今の自分そのものではないか。
術師だの魂だのといった非現実的な話を信じたわけではない。
だが、現に今直樹は自分が美少女になるという非現実の真骨頂を体現しているのだ。
そう思えば、ウルリケ嬢の話を笑い飛ばすほうが愚かな選択に思えた。
突然立ち上がり、王妃の呼びかけにも応えない直樹に、少女達の口から次々と非難の言葉が浴びせられる。
曰く、礼儀知らずだとか、全くこれだからジャガイモは、だとか。
不本意ながら、もはや聞き慣れてしまったさざ波のような嘲笑がこだまする。
それを遮ったのは、意外な人物だった。
「ユリア様は怖い話が苦手なのですわ。
ここまで怯えてくださるなんて、語り手冥利に尽きるのではなくって、ウルリケ様?」
王妃に次ぐ上座に陣取った彼女は表情一つ変えず、何でもないことのようにそう言った。
本来、率先してユリア姫を嘲るはずの彼女の言葉に、少女達が水を打ったように静まり返る。
何故だ。
先程の衝撃を脇に置いて、直樹は驚愕の表情で彼女、シャルロッテを見る。
シャルロッテ、何故おまえが俺を助ける。
いつの間にか、悪役令嬢シャルロッテ・アンネマリー・フォン・ヴァルトフォーゲルと宿敵と書いて親友と読む間柄になるルートに突入してしまったとでもいうのか。
そんなルートは原作には確実に存在しないと思うが。
悲しいかな、思春期の少女の気持ちなど中年にはわからない。
だが、ずるい大人は大人しく助け船に乗ることにした。
「ごめんなさい。私、本当にこういう話に弱くって……。
ウルリケ様がとても上手にお話しになるから、余計怖くて……」
言いながら、か弱げに肩を震わせておいた。
「まあユリア嬢。あなたって本当に可愛らしいお方ね」
王妃が軽やかに笑う。
「でも安心なさってね。
このようなことは現実に起こりうるはずもないのですから」
若々しく美しい笑顔でそう言う王妃に、直樹はこくこくと頷いた。
ともかく、このお茶会が終わったらマティアスに色々話を聞こう。




