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それから

 ふと気配を感じて、アマンダはテーブルから顔を上げた。少し暑いがいい風が吹いている。空はいつものように晴れ上がっているが、雲も出ていて太陽が隠れそうだ。このカフェテラスはよく風が通る。屋外テーブルならなおさらだ。

「アマンダさん」

 いつの間にかテーブルの向こう側に立っていた青年の声に、アマンダは頬を緩めた。この声は知っている。もうかなり長い間聞いてなかったが、忘れるはずもない。

「いつ来たの?」

「ついさっきです。ホテルにチェックインして、まっすぐお宅に行ったんですが、アマンダさんはここにいると言われて」

 青年はここいいですか、とか言いながら返事を待たずにアマンダの向かいに腰を下ろした。黒髪と黒い瞳の組み合わせは、やはりココ島では珍しい。顔の造作や皮膚の色は日本人というよりはこっちの人に近いかな、とアマンダは思う。

「うちに泊まればいいのに」

「厳命されてます。なぜか知らないけど、今回は色々とまずいかもしれないから、アマンダさんたちと親しすぎるところは、なるべく周りに見せるなと」

「まあそうね」

 アマンダは手元のトロピカルドリンクを手にとってちょっと飲んだ。もう氷が溶けかかっている。もともと、そんなに長く休憩するつもりはなかったのだ。日本からヨーイチがもうそろそろ着く頃だから、それまでと思って。

 違った。アマンダは、改めて目の前の青年を見た。中肉中背、黒目黒髪、やや浅黒い皮膚で、ジーパンにTシャツというこの姿があまりにも昔出会った頃の彼に似ているから、間違えてしまった。

「よく来てくれたわね。久しぶりね、ヨースケ」

 青年はにんまりと笑った。

「オヤジと間違えてませんでしたか? アマンダさん」

「一瞬ね。ほんと、あなた初めて会った頃のヨーイチそっくりなんだもの。父親の遺伝子が露骨に出たみたいね」

「ラッキーでしたよ」と今年二十歳になる青年、諏佐洋介はため息をついた。

「母さんの血が強く出ていたら、面倒なことになっていたでしょうしね。男でああいう傾向はごめんだ」

「妹さんたちはどうなの?」

「ああ、あいつらは母さんの若い頃にそっくりだとオヤジが言ってました。露骨に母親の遺伝子が強く出たみたいで。俺と兄妹だとは、誰も信じてくれない」

「楽しみね。今年のラライスリは日本人とのハーフだと知ったら、若い連中が驚喜するわよ。いえ、そうじゃなくてハーフはタカルルの方かしら」

 洋介はちょっと怯んで言った。

「オヤジと母さんに命令されたから来たけど、一体何なんです? 大学休学してでも絶対に行け、妹たちも連れて行け、とか命令する割には、何も教えてくれないんです。オヤジはニヤニヤするばっかだし、母さんは何だか凄く懐かしそうに俺を見て、息子の前だってのに年甲斐もなくオヤジに抱きついたりしてたし。

 カハ祭りは小さい頃に何度か見たけど、普通のお祭りでしたよね?」

「普段は、ね」

 アマンダはトロピカルドリンクを飲み干した。

 洋介が「あと、なんだか年配の人たちが俺と妹たちを見て驚いたりコソコソ話したりするんですけど、なんなんですかね?」とかぶつぶつ言うが無視する。

 そう、いつものカハ祭りならどうということはない。みんなで楽しく練り歩いて、ささやかな船団が島を回って、踊って騒いでちょっと喧嘩して、それからラライスリとタカルルの芝居があって、それだけだ。

 しかし、今年はそうはいかない。やっかいな問題が山積みで、しかも島中が真っ二つに割れて緊張が高まっている。

 だから、今年は現れるかもしれない。再びココ島の運命を切り開いてくれる英雄が。現れてくれないと困る。

 にいさーん、と日本語で呼ぶ声が聞こえて、二人の少女が走ってくるのが見えた。まあ、遠目で見ても二人とも大した美少女だこと。本当に、あの頃のあの娘たちにそっくりじゃないの。

 ヨースケがこっちだこっち、とか叫んで手を振っている。ああ、間違いない。新しいタカルルとラライスリ、いや今度は誰がだれになるのだろう?

 こうやって、ココ島の神話は続いていくのだろう。さてさて、年はとっても負けてはいられない。新しい神話の創造には裏方だって必要だ。

 携帯が鳴って、新たなトラブルの発生を臭わせる。アマンダは、気合いを入れ直して立ち上がった。

 読んでいただいてありがとうございました。


 この話のルーツは、某アメリカ映画にあります。自分の国ではごく普通の何も特別なところがない青年が、外国を旅行中に革命騒ぎに巻き込まれ、「外国人である」という条件だけで、色々な場面で流されるままに色々なことをこなすうちに、いつしか英雄と呼ばれるようになる、というような話でした。(ほとんど同じテーマのライトノベルも最近出てましたね)

 もちろんパロディでありコメディ映画なのですが、この設定を使って願望充足小説を書いてみたいとずっと思っていました。当然、テーマは美少女です(笑)。それもずばりハーレムです。


 ライトノベルのハーレム設定は、ライトノベルでしか通用しないお約束に基づいていて非現実的なので(義理の妹とか幼なじみとか前世の婚約者とか(笑))、無理にでも何とかリアルでもありそうな状況にしたいと考えて書いていったらこうなりました。(十分非常識だったりして)正直、作者が楽しんで書いているだけなので、読者へのサービスはあまり考えておりません。濡れ場も(ほとんど)ないしな。

 主人公が大学生で二十歳なのも、ある程度責任をもって行動できて、周りからも大人として認められるための最低年齢だからです。ライトノベルによくあるような高校生では、残念ながら今のオトナ社会では相手にされません。そもそも監督者なしで海外放浪していたら日本に強制送還されます(笑)。


 また、今回実験的に書いてみたのですが、ストーリーはほぼ主人公視点のみで直線的に進行します。主人公の行動をトレースしているだけで、主人公および読んでいる人には主人公の周辺以外で何が起きているのかわからない、という状況をあえて作ってみました。

 リアルでは人は「神の視点」を持っていないので、発生している事件や環境の変化にダイレクトに触れない限り、よそで何が起こっているのかわかりません。しかし今の小説は、主人公たちが何もかもわかっているような行動をとる場合が多いので、そんなもんじゃないだろうという鬱憤を込めて書いたわけです。おかげで主人公は何がなんだかわからずに迷走することになってしまいましたが、こういう話があってもいいのではないかと。


 ところで、主人公が年齢の割にちょっと奥手に見えますが、実は彼は現代の青年ではありません。最後に出てくる男が21世紀の日本人青年であって、主人公は一世代前の(昭和の)若者です。昔の大学生は(女に対して)ちょっと遠慮深かったわけです。

 こうなった理由は色々ですが、ひとつは登場人物たちに携帯電話を使わせたくなかったということがあります。ケータイがあると連絡が便利になりすぎて、ストーリーが面倒になるので思い切って省いてしまいました。舞台の島では携帯電話が普及していないどころか、概念自体が存在しません。インターネットみたいなものも出てきますが、今のものとは違って大金持ちや先端的な技術者しか使えないわけです。みんな五里霧中で走り回るしかなかった時代、物事はむしろ面白かったような。


 それではまた、いつかお会いしましょう(なんちゃって)。

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