表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
226/227

エピローグというより状況説明

□エピローグ1


 ココ島南部のエレメンタリースクール、通称「南校」の第三教室は、授業前にはいつもそうであるようにざわついていた。いや、今日はいつもより音量が大きい。生徒たちの大半は、今年のカハ祭りのことでお互いに自分の経験を披露しあっていた。

 確かに、今年はいつになく盛大なお祭りだった。島中から船や人が集まって、どんちゃん騒ぎが何日も続いたのだ。大人たちも久しぶりだと言っていた。子供たちの興奮が醒めないのも当たり前だ。

 するとそこへ、まだベルも鳴らないのに学級担任であり、校長でもある白髪のミルツ先生が入ってきた。先生は子供たちの騒ぎを止めようともせずに大きな声で言った。

「今日は、みなさんに嬉しいお知らせがあります」

 カマールは顔を上げた。期待で胸がどきどきする。

 先生は学芸会の芝居のような大げさな手振りでさっとドアの方を指しながら言った。

「大変嬉しいことに、チムリさん、テスミルくん、シアさんが戻ってきました!」

 三人が照れくさそうに教室に入ってくると、みんなは歓声をあげて迎えた。

 カマールは、身じろぎもせずにシアを見つめた。シアは顔をくしゃくしゃにして笑い、いきなり駆けだしてカマールに飛びつく。

 抱きついたまま、小さな声でシアが言った。

「カマールなら、絶対何とかしてくれるって、信じてた」

 どっと囃し立てる声が回り中に溢れて、カマールはシアを抱きしめたままじっと目を閉じていた。


□エピローグ2


 シンガポール、オモフ港。

 商業地区のとある摩天楼、最上階に近い一室で、カチッという信号音と同時にディスプレイの隅に旗が立った。前の信号音は耳障りだったので、堅い音に変えてみたが、なかなか聞き心地が良い。

 仕事中に煙草を吸うのは厳禁だ。イェンセンは煙草の火を慎重に消すと、念のために水が張ってある吸い殻入れに入れた。最近、ネクタイは外してしまっている。どうせ誰も見ていないのだ。

 ポリシーのパラダイムシフトがあったことは相手には見えないはずで、だらしない格好のままイェンセンはマウスをクリックする。

(ダイレクト接続が要求されています)

 YESをクリック。

(接続完了)

 画面の中央にウィンドウが開き、会話モードがスタートする。

 クリック。

 あいかわらず、相手のアイコンは古風な電話機である。向こうはパラダイムシフトが未だ来ていないらしい。

 慎重に喉を慣らしてから、とっておきの声を出す。

 カチッ。

「おはようございます、サー」

 カチッ。

「おはよう、イェンセンくん」

 スピーカーから、あいかわらずカン高い声が流れる。前回の連絡とまったく設定に変化がない。まあ、お得意様がどんな趣味していようが、イェンセンは気にしない。儲かればいいのだ。

 カチッ。

「いかがでしたでしょうか。報告書はメールで送付済みです」

 カチッ。

「受け取った。大変満足できる結果だ」

 カチッ。

「では、残りの半金は」

 カチッ。

「すでに振り込んだ。確認を」

 イェンセンは、ワークステーションを操作して別ウィンドウを立ち上げ、口座を確認した。確かに振り込まれている。あいかわらず素早い対応だ。正確で迅速で確実。おまけに気前もいい。だからこの客は好きだ。愛していると言ってもいい。

 カチッ。

「確認しました」

 カチッ。

「了解した。では今回の取引は完了だ」

 カチッ。

「ありがとうございます。ところで、ひとつよろしいでしょうか」

 好奇心を抑えられない。本当は顧客の内情など探るべきではないのだが。

 カチッ。

「何か?」

 カチッ。

「戦争は、どうなりましたでしょうか?」

 しばしの沈黙。イェンセンは息を殺して待つ。

 カチッ。

「うまくいったよ。ああ、十二分な出来だった。それでは」


         *


 あいかわらず暗い部屋。

 ネットフォンのソフトを終了させて、彼は今回の計画のレポートを眺めた。といっても、部分ごとの資料や評価分析はあちこちのコンサルタントから集めたものの、レポート自体は彼が自分のためにまとめたものだ。従って余計な資料もないし、説明文もない。結果とその評価が簡潔に記載されているばかりである。

 貸借対照表を見てため息をつく。

 今回はやたらに金がかかった。フライマン共和国の国家予算に近い数字が資産から消えている。彼の総資産からみれば大した割合ではないが、補充するのにしばらくかかる額ではある。

 ただしもったいないとは思っていない。

 この件で金を使ったことは微塵も後悔はない。それどころか、これほど有益なことに金を使った覚えは生まれてこのかたないほどで、彼は大満足していた。

 たかが金だ。もっと重要なものはいくらでもあるし、それを守るためなら金なんか全部使ってしまってもいいくらいだ。

 計画の実行結果の分析を見る。

 シンガポールの怪しい商人、何でも扱うと評判の貿易商から仕入れた精巧なモデルガンは、ほぼ予定通りの効果を発揮してくれたと出ている。

 ただしああいうオモチャがあれほど高いとは考えてなかったから、当初予算はかなりオーバーしてしまった。しかも本物そっくりの精巧なモデルガンを大量に集めるとなると、世界中探し回らなければならなかったようだ。この件では業者に苦労をかけてしまった。

 別々の業者に集めさせたモデルガンを集積してココ島に運び、分散して秘匿するという仕事はさらに別の業者にやらせたが、実にうまくやってくれた。もと軍人だということだが、あの業者の名は覚えておく必要がある。

 彼は業者の名をメモした。

 さりげなく、隠すようでいて目立つように置いたモデルガンは、計画通りそのほとんどがカハ族とカハノク族の急進派の手に渡ったとある。

 その手配をしたのはまた別の誰かで、彼は相手を知らない。適切なコンサルタントを雇えば、その辺りの手配は全部やってくれる。モデルガンを集める手配は、万が一を考えて彼が自分で手配した希有な例なのだ。間違っても本物を集められたら困る。

 モデルガンをばらまく一方で、ココ島だけでなくフライマン共和国中から金に糸目をつけずに集めたライフルや拳銃の実弾は、こちらは馬鹿みたいに安かった。

 せっかく高く買ってやると言っているのに、ありったけ持ち出してきて安売りした連中もいたらしい。銃器店は根こそぎ在庫を出してきたし、軍や警察の武器庫から盗んだ弾も混じっていたようだが、とにかく全部買って輸出してしまった。一時的とはいえ、ココ島全体が極端な弾丸不足に陥ったはずだ。

 弾がなければ手持ちの銃は撃てない。手元には本物そっくりのモデルガンがあるばかりで、それを使うしかない。これでカハ族とカハノク族の軍事衝突を出来るだけ防ごうという空想的な計画だったが、まあまあうまくいった方だろう。祭りの期間を通じて撃ち合いが頻発したにもかかわらず、銃による死傷者がひとりも出なかったと報告にある。もっとも、本物の銃だったらあれほど撃ち合わなかっただろう。みんなオモチャだと知って、憂さ晴らしや景気づけでぶっ放していたのかもしれない。

 オモチャとはいえ、見た目には本物そっくりの銃で撃ち合いが頻発したりすれば軍や警察が動かないわけがないが、そちらの対処はフライマン共和国の上層部にコネがあるコンサルタントが引き受けてくれた。結構な金額が色々な人に渡ったらしいが、彼は詳細を知らない。もちろん、詳しいレポートは来ているので何かあったときはそれが物を言う。

 今思うとすべての面でメチャクチャな作戦で、成功したのは僥倖だった。もう二度とあんなやり方はしない方がいい。ちなみに、集めた実弾は信頼できる業者に海に沈めて貰った。別にもったいなくない。あんなものはない方がいい。

 ああ、そういえば無用になったモデルガンは回収して始末しておく必要がある。ほっといてもいいような気もするが、やはり島外の第三者の注意を引きそうな要素は極力排除しておくべきだろう。これは早急に手配しないと。

 彼はその件をメモした。

 レポートをめくる。

 やはり、カハ祭り船団の食事船が大きな役割を果たしたようだ。あの船を用意したのはカハ族の指導部、もっと言えばソクハキリという男だが、大したものだ。

 評判は聞いていたから、思い切って金と簡単な指示だけ出して、あとは丸投げしてしまったのが良かったらしい。最後まで秩序だった船団を維持し続けたとある。

 一方、カハノク側は船団をまとめるのに失敗して途中で解散してしまったようだが、まあこれは仕方がない。カハ族側がまとまっていたために、カハノク族も再集結せざるを得なかったのだし、結果的にはうまくいったのだからいいだろう。

 計画通り、大祭が開かれるまで双方の急進派をほぼ全部引き留めることができたとある。あれがなければ、血の気が多い連中が群島中に散らばっていたかもしれない。一番怖かったのは、跳ねっ返りが和平に反発して勝手に騒ぎを起こすことだったのだが、すべて抑えることができた。

 両者には、後で融資か資金援助の話をしなければならない。

 彼はその件もメモした。

 第三勢力と名乗っていた連中はどうも頼りなかったので、資金だけでなく改装した大型高速艇(どさくさに紛れて好みの名前をつけた)やラライスリ降臨の作戦計画書まで渡したが、これもうまくやってくれた方だ。ただし、イレギュラーもひどかったようで、計画にないタカルルの出現や予想外の事態に混乱して、途中で訳がわからなくなって放り出してしまったらしい。

 その様子は、彼が手を回して実況中継させた島のケーブルテレビで見ていた。ラライスリは人間とは思えないくらい綺麗で、青く光り始めた時は彼すら怖くなったほどだ。それを間近で見せつけられる恐怖は計り知れない。カメラクルーを含めた第3勢力の全員が逃げ出してしまったのも、仕方がなかったのかもしれない。

 しかも、周りを囲んでいたカハノク族までが、集団心理でパニックになって逃げ散ってしまったのだから、あれは大失敗という評価だ。

 もっとも当初の作戦は途中で破綻したが、最終的にはあの高速艇が重要な役目を果たしたと報告にあるので、これも成功したと言えるだろう。結果が重要なのだ。

 あとは、フライマン共和国中の女性に呼びかけて、フライマンタウンに集結させるという馬鹿馬鹿しい作戦。成功してしまったのが不思議だ。これも大した金はかかっていない。カハ族とカハノク族の上層部を通じて、地域ごとのまとめ役に動いて貰っただけなのだ。もちろん、交通費や食費、宿泊費は援助したが、そんなのは何でもない。

 彼としては、騒動自体は例の新型船船質計画で収めるつもりだったのだが、大祭の成立とカハ/カハノク抗争終結の駄目押しになったことは確かである。

 運が良かった。

 ココ島中のホテルの部屋を何日にも渡って買い占めたり、船を大量にレンタルしたりでかなりの金が出て行っているが、全部合わせてもモデルガンと弾丸より安い。世間的には大金らしいが、あの程度の額は彼にとってはポケットマネーだ。

 実際には、あれは場当たり的に打った手で当初予算には入ってなかったから、文字通り彼のポケットマネーでもある。

 レポートには出ていないが、彼の一連の大盤振る舞いで、ココ島の経済がかなり活性化したことは否めない。今年度のフライマン共和国のGDPは数パーセントの上昇を見るかもしれない。大祭のためだと考えて貰うと嬉しいのだが。実際にもそうだし。

 それにしても、全体を見て思うのだが、この無茶な計画がよく成功したものだ。考えてみるに、最大のイレギュラーであるあのタカルルをうまく活用できたことが、成功の一番の要因だった。

 新聞で見たが、いくら優秀と評判の日本人とはいえ、あのラライスリたちをまとめた手際は凄い。短い期間で何をどうしたのか、ラライスリ全員の絶対的な信頼を集めて意のままに動かしている。カリスマというのだろうか、ラライスリになるほどの女性たち全員が安心しきって背中を預けているとは、ただ者ではない。しかも、あの日本人は彼の打つ手が見えているかのように動いて、計画を予定より遙かにうまく実行してくれたのだ。

 外見は普通の人に見えたが、やはり何かあるのだろう。彼としても、自分にはない偉大な資質には素直に尊敬の念を抱けるというものだ。

 彼の計画では、最初はタカルルなど入ってなかったのだ。ラライスリたちだけにやらせる予定だった。

 しかし冷静に考えれば、3つの勢力のラライスリをただ集めただけでは、共同作業などうまくいくはずがなかっただろう。あのタカルルがいたからこそ、見事に成功した。その意味では、あの日本人は本物の英雄と言える。

 神など信じない彼だったが、今回のことで金や知性ではどうにもならないこともあると思い知らされた。神、といって悪ければ運命というものも、あるのかもしれない。あの日本人は、まさしくココ島の神の遣いだ。

 確認作業を終えてレポートを閉じてから、彼はいつもの習慣で為替相場をチェックした。

 自動化されたソフトが彼の金融資産を増やし続けていて、それらはあちこちの国の銀行の口座に分散されているが、今のところは特に問題はないようだった。

 大量のエージェントを使っているので、彼の築いた資産に気がついている者はまだいないはずだ。さらに、何重もの防御を突破されても、その時点で資産は自動的に廃棄されて、彼の所にはたどり着けないようになっている。たかが金だし、分散してあるからひとつやふたつ消えても問題はない。

 最初は、父親が新しいワークステーションを購入したために不要になった旧式のマシンを貰って、父親が自宅に引いた特定回線に相乗りして始めた金融取引だった。資金はお小遣いを貯めた百ドル程度だったか。

 本能的に儲ける方法が判ったので、しばらく試してから自分でプログラムを書いて、あとはほっといたら、あっという間に資産が膨らんでしまった。以来、金融取引には関心が持てなくなってしまって、自動取引ソフトに任せっぱなしである。時々手を入れてセキュリティを強化するくらいか。

 現在は、もちろん衛星通信回線を含む専用の秘匿回線を3通りと、最新型の分散処理型ワークステーションを使っている。しかし、もはや資産運用や資産自体にはあまり興味はない。元はと言えば子供の小遣いなのだ。全部なくなってしまっても、別にかまわない。まあ、今回のようなことがあった場合に備えて、ないよりはあった方がいいのは確かだが。

 そんなことより、またシアと一緒に学校に通えることが素直に嬉しい。

 シアの父親はカハノク族の重鎮で、娘にシア……本名イリリシアと名付けるくらい伝統を重んじる人だ。だから本人の意志はどうあれ、大祭が開かれた以上はもはやカハ族との相克を表に出すわけにはいかないだろう。当然、娘を元の学校に戻さざるを得ないわけで、今回の作戦はただそれだけを目的としたものだった。大祭を開く以外、シアの父親の考えを変える方法がなかったからだ。

 だからやった。仕方がなかった。

 そんなことより、これからのことを考えなければならない。

 来年はシアと一緒に中学校に行くわけで、歩いて通うには少し遠すぎるし、道がひどいのでマウンテンバイクが必要になる。近いうちに注文しておかなくてはならないが、家族にどうやって手に入れたか聞かれた時のために、懸賞で当たったとか言い訳を考えておかなければならない。

 シアの家は裕福だから、きっといいバイクを買うはずだ。どんなバイクにするのか聞いておかなければ。さりげなくお揃いにするというのが、現在の最重要ミッションである。

 これはメモしないでも大丈夫だ。忘れるはずがない。

 薄いドアの向こうから、彼を呼ぶ声が聞こえる。ココ島在住の、国際的に著名なシステムデザイナーの息子であるカマールは、ワークステーションの電源を落としてから窓のカーテンを開けると、自分の部屋を後にした。

プロローグに登場人物を追加しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ