第224章
「ヨーイチさんが日本に帰るって兄さんに言われて、全部放り出してきてしまいました」
メリッサが胸に手を当てて言った。今日は素朴なワンピースを着ているが、その辺の服を適当に着てきたのか、微妙に身体に合ってなくて少し着崩れしている。もちろん、その程度では美貌にはまったく影響していない。
「朝からラライスリの派手なドレスを着ていてね。本当はそれでヨーイチを見送りたかったんだけど、そんなことしたら人が集まってヨーイチが出発できなくなりそうだから、適当な服に着替えてきたんだ」
そういうサラの服は、ホットパンツにぶかぶかのウインドブレーカーというわけの判らないコーディネートだった。それでも何かのファッションに見えるのは素材がいいからだろう。
「ヨーイチさん」
ミナが何か言おうとして飲み込んだ。それ以上は何も言わない。花柄の可愛いスカートにふわふわのレースの服が、凛々しい顔立ちに痛々しいほどミスマッチである。
「見送り、ありがとう」
洋一は感激していた。美少女たちに旅立ちを見送られるなど、今までの人生で一度でもあっただろうか。これでもう、俺は満足だ。この思い出を胸に一生生きていける。もちろん、この思い出は誰にも話さないけど。いくらなんでもスケコマシはないだろう。
♪帰れるんだ、これでただの男に。
歌のフレーズが浮かんだが、その時メリッサが小さな声で言った。
「私、大学に戻ろうと思うんです。今回のことで色々あって、ちょっと自信がつきました。もう一度、やってみます」
「そうか」
まあ、あれだけの経験をすれば、今更大学生活なんか恐れることはないだろう。
サラが続ける。
「私もヨーイチを見ていて、大学というところに興味が出てきた。日本にいた頃はつまらなそうだと思っていたけど、なかなか面白い毎日みたいだし」
「いや、俺は大学生としてはオチコボレというか、オフコースなんだけど」
日本の大学生で、ここ数週間の洋一のような経験をする人はまずいないだろう。
そこにミナが爆弾を投げ込んだ。
「私も留学したいです。高校卒業資格は持ってますけど、日本の大学って受け入れてくれるでしょうか。ヨーイチさんの大学には、留学生っていますか?」
「結構いるよ。そういえば入試にも留学生枠ってのがあったような気がするな」
「良かった。早速調べてみますね」
ミナが嬉しそうに微笑む。あれっと思った時には遅かった。
「私は日本の高校を出ているけど、まだ二重国籍だから留学生として入れるかな。その、ヨーイチの大学に」
サラも微笑む。
「さあ、どうかな」
たじたじとなる洋一に、メリッサが駄目押しを打ち込む。
「今度は本格的に日本語の勉強をしようと思うんです。だったら日本の大学の方がいいですよね? 出来ればよく知っていて、信頼できる人がいる大学がいいと思うし」
三人の美少女は、期待を込めて洋一を見つめている。洋一は曖昧に笑った。冗談だろう。いや嬉しいけど、冗談だと思いたい。
沈黙を破ったのは、意外にもシャナだった。
「サラさんに教えて貰いました。日本には、私立校の生徒としてなら、奨学金が貰えれば留学できるそうです。サラさんの実家が私を引き受けてくださるということなので、私も行きます」
サラの母方の実家は日本の、それも都内だったっけ。
シャナに奨学金を出す私立の学校がないはずがない。実力が知れ渡れば、むしろ取り合いになりそうだ。
続いてアンも「姫様のお世話をする人が必要ですよね」の後、小さな声で「本がいっぱいあるし」と続ける。
その後の沈黙の中、全員の視線がパットを向くと、パットも何か悟ったらしい。洋一に抱きついてベラベラベラッと話しかけ、それから悔しそうに一歩退いた。自分だけ言葉が通じないという屈辱を噛みしめているようだったが、突然洋一を指さして何か叫んだ。
「日本語を覚えて絶対に行く、と言っています」
シャナが通訳する。
もうどうにでもなれだ。
洋一は、それから一人一人とハグして別れを惜しんだ。大学名や連絡先を聞かれたのでメモに書いて渡す。メリッサがそれを大切そうにしまい込んだ。後で全員が写すことになるらしい。ラライスリたちの連絡先は、あえて聞かない。ここで露骨に聞くと色々面倒なことになりそうだ。
予定と違って再会を期した別れになったが、そのことについては誰も何も言わない。すでに何らかの競争が始まっているようでもある。
その頃には、飛行機に乗る乗客が集まってきて、洋一たちは見せ物になっていたが、もうそんなのは気にならなかった。
最後に全員と握手して、手を振りながら機上の人となる。飛行機が発進すると、全身で手を振る美少女たちが見えなくなるまで見つめ続けて、それから洋一は目を瞑った。他の乗客たちがラライスリとかプレイボーイとか言っているようだったが無視する。
今はとにかく、休みたい。
骨の随にまで染みこんだ疲労に引きずり込まれるように、洋一は深い眠りに落ちた。




