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第222章

 洋一は身震いした。

 あの恥ずかしい物語が今後も語られるというのか。神話になって。

 大体、外から見たらハーレムに見えたかもしれないが、洋一は全然そういう美味しい立場ではなかったのだ。

「ま、別にヨーイチの名前が伝わるわけじゃないからいいだろ。人間の英雄がタカルルとなって、ココ島を守ったというだけだ。ヨーイチのことを覚えているのは今生きている連中だけで、百年もすればタカルルのやったことになっている。気にするな」

「なんですかその英雄って。タカルルは神様でしょう」

「だから、あくまで何かやるのは人間なんだよ。ココ島の歴史に残るほどのことをやった人間は英雄と呼ばれる。神様になるのはその後だ」

「英雄なんてもんじゃないですよ。俺なんか、チェスの駒みたいにあちこち駆け回っていただけじゃないですか」

「英雄ってのは、そんなもんだ」

 ソクハキリはニッと笑った。

「たまたまその役をやった奴が、英雄になるんだよ」

 それからソクハキリはふと宙を見つめて言った。

「親父も、そうだったんだろうな」

「ソクハキリさんのお父さんですか?」

 反射的に返してから、洋一は気がついた。そう言えば、ソクハキリやアマンダたちの両親はどこにいるのだろう?

 メリッサもパットもそれについては何も言わないのでついうっかり忘れていたが、特にパットはまだ両親が一緒に住んでいなければならない年頃のはずだ。

「ヨーイチが知るはずもないか」

 ソクハキリは洋一の疑問を察したようだった。肩をすくめる。

「俺の親父と、アマンダたちの母親つまり親父の後妻であり俺の義理の母である人が、先代のタカルルとラライスリだったのさ」

「はあ」

 そうとしか返しようがない。

「ラライスリやタカルルの役は、必ずしも島の人間が務めると決まっているわけではないんだ。いや、もちろん普通の祭りでは島の娘や若者が選ばれるんだが、何十年かに一度、ココ島の危機と呼べるような事態になると、誰が選ぶわけでもないのに本物のタカルルとラライスリが現れる。不思議だが、これは間違った試しがない」

「……」

「逆に言えば、英雄や女神としか言いようがないタカルルとラライスリが現れる時こそ、フライマン群島の危機であるとも言える。それが大祭と呼ばれる祭りだ。そしてそれは突発的に起こるんだ。例えば今回、ヨーイチがタカルルを演るなど誰も予想してなかっただろう? ラライスリが複数現れるってのも予測できなかった」

「俺は別に」

 ソクハキリは洋一の意見など必要としなかった。

「親父の時もそうだった。当時、俺はまだ子供だったんだが、正直親父がタカルルになるなんて想像もしてなかったな。俺の母親が早く死んでしまったことを引きずっていて、客観的にも中年のショボくれたオヤジにしか見えなかったんだぜ。

 そこにいきなり現れたのがまだ二十代の初めだったあの人だ。ヨーロッパの某国の出身で、フライマン共和国には観光クルーズ船でやってきて、たちまちラライスリになった。古い家柄の欧州貴族だぜ。淑女といえる人を俺は初めて見たね。今のメルと同じくらいかそれ以上の美人だったな。というか、肌が真っ白で大理石でできた女神像みたいだった。俺は、すべてが終わった後、親父からこの人がお前の新しい母親になるとか言われてビビッたもんだ」

 先代のラライスリにもドラマがあったらしい。メリッサと同等かそれ以上だと言うのなら、恐ろしいほどの美女だったのだろう。

「それで、ご夫婦は?」

「もちろん健在だよ。本居はココ島だが、仕事の拠点は欧州で、あちこち夫婦で飛び回っている。ほとんどココ島にはいない」

 ソクハキリはしかめっ面になった。

「今のヨーイチなら判るだろうが、一度本物のラライスリやタカルルを演ってしまうと、島に居辛くなるんだよ。小さな島だからな。簡単に言えば、ハリウッドスターが下町の町内に住むようなものだ」

 実によく判る。

「だから、なるべくココ島から離れて生活しているわけだ。おかげで俺が若くして日本から呼び戻されて責任を押しつけられる羽目になった。角界入りの夢もパーだ。それについては、今でも親父を許せん」

「でも、アマンダさんやメリッサは日本やアメリカに留学したんですよね。パットも、あの容姿だったらヨーロッパの方が住みやすいんじゃないですか」

「ディアナさん……ああ、アマンダたちの母親だが、あの人が反対したんだ。実家が古い家系の貴族だからな。娘たちには自分が味わったような窮屈な思いをさせたくなかったらしい。ディアナさんは親父と結婚したことで一族から縁を切られているが、娘たちは古い血を引いているわけだ。血統を何より大事にするのが貴族だしな。娘たちを連れて行けば、あっという間に一族に取り上げられて、淑女教育とかスイスの花嫁学校とか政略結婚とかの話になっていたに違いないそうだ」

 なるほど、だからあえてココ島で育てることにしたと。

 それにしてもメリッサたちがヨーロッパの貴族の血を引いているとは。あのどうしようもないカリスマや気品の正体はそれか。もちろんパットやアマンダにも、曰く言い難いオーラを感じる理由がこれで納得できた。

 サラがことあるごとにメリッサのことを姫呼ばわりしていたのは、このことを知っていたからなのかもしれない。

 ソクハキリはなぜかニヤニヤしながら言った。

「だから、ヨーイチもなるべく早くココ島を離れるんだな。もとタカルルは辛いぞ」

 用件はそれだけのようで、いまいち釈然としないまま、洋一は追い出されるように屋敷を出た。いつの間にか、洋一の荷物がまとめられたナップザックが用意されていた。

 なんだか排斥されているようで悲しかったが、昨日までの騒ぎで洋一は指名手配されているのも同然だし、下手すると政治的に利用されかねないということは判る。それにしても、メリッサやパットにも会わせて貰えないというのはどういうことか。

 言葉の通じない知らない男が手振りで招くので、洋一は言われるままにスクーターの後ろにまたがる。スクーターは十分ほどで日本領事館に着き、洋一を降ろして走り去った。

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