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第220章

 音楽に乗ってラライスリたちが舞う。

 特等席でそれを見ている洋一はともかく、周りの船に乗っている人たちにはラライスリの顔までは見えないだろうが、それでも女神たちの舞は観客を魅了しているらしい。次第にこちらに近づいてくる船は、お互いにぶつかるまいとしてかなり無理な操船を強いられているようだった。

 それにも増して混乱を助長しているのが、新型船とボロ船との相克だった。逃げまどうボロ船に新型船が追いつき、乗組員が乗り移って白兵戦を展開している。無抵抗の男たちを女房たちが一方的に叩きのめすという悲惨さである。もちろん洋一のところからははっきりとは見えないが、ノーラが甲板に上がってきて教えてくれた。ボロ船は次々に制圧されて、乗組員は捕虜になっているそうだ。

 1時間もすると、もはやカハ祭り船団なのかカハノク族なのか、それともタカルル艦隊なのか判らない船が入り乱れて、大混乱になっていた。『イリリシア』はフライマンタウンの港に向かって動き出していたが、それにベクトルを合わせようとしてそこにいる船が、ごちゃまぜになりながらいっせいに動いている。おかげで、洋一には全船がほぼ停止したまま少しずつ動いているように見えた。みんなが同時に同じ方向に同じ速度で動いているので、移動している感覚がなくなってくる。

 最初は全員で踊っていたラライスリたちだったが、いつの間にかローテーションを組んだようで、今では常時動いているのは2人か3人になっていた。ラライスリの踊りはゆるやかなヨガのようなもので、ミナに聞いたところではラライスリの巫女が正式に踊る形の簡略版ということだった。ココ島では一般に広まっていて、特に女の子はパットくらいの年頃になればみんな踊れるそうである。もちろん、正式なものは振り付けも複雑で長いが、今回はミナですら簡略版を使っていた。

 長期戦なのである。

 フライマンタウンが近づいて来た頃には、すでに舞踏は数時間に及ぼうとしていた。まだ日は高いが、この分では入港する頃には日が暮れるだろう。暗くなってからの入港は危険なので、少なくとも『イリリシア』は日没前に入港する必要がある。

 ノーラははっきり言わなかったが、どうもこの「タカルルとラライスリの行進」は上陸した後も続くらしい。勘弁して欲しいものだ。

 座りっぱなしの洋一でもさすがに辛くなってきている。ずっと踊っている少女たちは大丈夫なのか。時々休んでいるとはいえ、みんな恐ろしくタフだった。さすがに島の娘たちというしかない。

 だんだんと前方から港が近づいてきて、同時に前方の船がどんどん後方に回り込んでいくようになった時には、太陽が急速に水平線に近づいていた。際どいことになりそうだ。すでに刻一刻と暗くなってきている。音楽は止んでいた。この混雑で大音量を鳴らすのは危険だからだろう。

 だが、前方にはっきりと埠頭が見えた時、洋一は目を疑った。桟橋まで含めて、岸には人がぎっしりと並んでいたのだ。その全員が何か叫んだり手を振ったりしている。

「これがカハ祭りか」

 洋一の呟きに、ちょうど目の前で踊っていたサラが振り向いて言った。

「違う。これはココ島の大祭だ」

「大祭? カハ祭りじゃないのか」

「カハ祭りは、カハ族だけのお祭りです。そうではなくて、ココ島に住む人たち全員が参加するお祭りがあるんです」

 メリッサがしっとりと言う。

「それが大祭か」

「そうだ。でも、大祭がいつ開かれるかは人間には決められない」

「大祭を開くことが出来るのは、ココ島の神様だけです。タカルルやラライスリなどの」

 メリッサは涙ぐんでいた。サラも、ちょっと感傷的になっているようである。

「と、いうことは」

「そうですヨーイチさん。大祭が開かれたということは、カハ族とカハノク族は和解します。ココ島はひとつになりました!」

 甲板に出てきたミナが叫んだ。続いてラライスリ全員とノーラが飛び出してくる。

「やったわよ、ヨーイチ。大祭が開かれた以上、もう争いは許されない。全部解決よ!」

 ノーラが興奮してぴょんぴょん跳ねていた。そういう所もあるのだなと感心してしまう。ラライスリたちも、それぞれのやり方で喜びを表していた。ミナに飛びつくアン、サラと手を取り合うシャナ、そしてもちろん、洋一にしがみついてくるパット。

 洋一はパットに首を絞められながら、ふと疑問に思った。

 大祭が開かれたって誰が決めるのだろう?

「やったな、ヨーイチ」

「大したもんだ、ヨーイチ」

 不意に、起重機のような手が洋一の肩に置かれた。続いて細いが強靱な手が洋一の反対側の肩を握りしめる。ジョオとローグがタカルルの御座にのしかかるように立っていた。どうやら、クライマックスを見に来たらしい。

「あの、ええと、不思議なんですが、大祭が開かれたと聞きました。それ、誰が決めたんですか?」

 とりあえずこの古株の二人に疑問をぶつけてみると、二人は揃って肩をすくめた。

「あー、それはワシらには判らんのだ」

「群島生まれでなければ判らんらしい」

「え? ジョオさんはそうだけど、ローグさんはココ島の人でしょう?」

 ローグはニッと笑った。

「そう見えるか。嬉しいが、実は違う。ジョオと一緒で退役後に住み着いたクチでな」

「Yes,sir!」

 ふざけてジョオが敬礼すると、ローグは手を振った。

「とにかくだ。ワシらも不思議でシャナに聞いてみたんだが、どうも『なんとなく判る』らしい。そいで、大祭が開かれたらもう争いはおしまいなんだと」

 そんなにあっけなく。

 だったら、今までみんなが駆け回っていたのは何のためだったのだろう。

 しかし、すぐに間違いに気がつく。駆け回って頑張ったからこそ、大祭が開かれたのだろう。もし何もしないで待っていても、ココ島の大祭は開かれない。

 ふと顔を上げると、ぽつんと立っているメリッサと目が合った。メリッサはその紫色の瞳を見開いて、それから洋一を見つめながら微笑んだ。

 そうか。

 やったのか。

 嬉しさがこみ上げてきて、洋一は立ち上がって思わず叫んだ。自分でもそんな声が出るとは思えないような、もの凄い音量だった。しかも喉が少しも痛まない。どんどんボリュームが上がっていって、クライマックスでふっと消える。

 一瞬の静寂の後、『イリリシア』の甲板でも周りの船でもどっと歓声が上がった。それが港に反響して、陸でもお祭り騒ぎが始まる。

 ノーラが飛びついてきて、洋一の耳元で叫んだ。

「確かに聞いたわ! タカルルの雄叫び。これで大祭は確定した! ありがとうヨーイチ!」

 派手に洋一の頬にキスをしてからノーラが離れると、次はメリッサだった。胸に飛び込んできた熱い身体を抱きしめると同時に、腰にも衝撃があった。洋一の腕の中で美しい姉妹が睨み合う。ああ、そんなことも嬉しい。

 『イリリシア』の甲板はディスコさながらで、ラライスリたちがかわるがわる洋一に抱きついてきては、頬に軽くキスしていく。しまいにはジョオやローグまで抱きついてきたので、洋一はあわてて逃げ回った。

 そんな混乱の中、夕闇が迫る桟橋につけた『イリリシア』には人が殺到する。なぜか女性ばかりだった。男はどこかに追いやられてしまったらしく、視界全部がほぼ女性で埋まっていた。それも幼女からいい年のご婦人まで、満遍なく揃っている。

「なんなんだこれは?」

 叫んでみたが、もちろん回答はない。

 その時だった。突然、周りが真昼のように明るくなったかと思うと、もの凄い数の漂光が海面から舞い上がった。『イリリシア』目がけて後から後から押し寄せてくる漂光が洋一に殺到する。

 クリスマスツリーさながらの姿になった洋一に、周りの群衆は叫んだ。

「タカルル! タカルル! タカルル!……」

 洋一は眩しさに目を覆いながら叫んだ。

「俺はタカルルなんかじゃない! かんべんしてくれ!」

 もちろん洋一の言葉は無視された。凄まじい歓声の中、洋一は『イリリシア』から拉致され、担がれるように運ばれていった。

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