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第219章

「それにしても艦隊って何です。船団じゃないんですか」

 ノーラはニヤッと笑った。

「船団は船の集まり。艦隊は戦うための船の集まりよ。軍隊みたいなものね。指揮艦がいて、その命令通りに動く」

 怖い。

 洋一はもう一度艦隊を眺めて、さっきから感じていた疑問を口に出した。

「なんか、艦隊の船がみんな綺麗な気がするんですが」

「あら、よく気がついたわね。どうしてか判る?」

「判るわけないでしょう」

 ノーラは肩を竦めた。

「まあ仕方がないか。そもそも、ヨーイチはカハ祭り船団に参加した船を見てどう思った? 古い船が多いとか思わなかった?」

「それは思いましたけど」

「カハ祭りは結構乱暴な催しでしょう。喧嘩なんか当たり前だし、時には船同士をぶつけ合って両方とも沈没という結果になることもある。だから、男たちは廃船寸前の船や減価償却が終わって買い換えようと思っている船に乗るのよ。傷ついたり沈んでしまっても惜しくない船にね」

「だから、あんなにボロだったのか」

 そういえば、カハ祭り船団の船は火炎瓶攻撃程度で沈んでいた。もともと沈みかけていたボロ船だったのかもしれない。

「でも、こっちの艦隊はみんな新型船よ。速度も出るし、機動性も高い。これから商売に使う船で、減価償却も済んでいないし、まだローンがたっぷり残っている。何より、男たちにとってみれば自分の財産なのよ。そんな船に対して攻撃できると思う?」

 何という悪辣な戦術なのか。洋一は恐怖した。

「じゃあ、こっちの艦隊は攻撃される心配なしに相手を叩けると」

「カハ族にはカハ族の女房と船を、カハノク族にはカハノク族の女房と船をぶつけるのよ。ヨーイチがやることは、その音頭取り。といってもそれもラライスリたちがやるから、ヨーイチはただ座っていればいいわ」

 ではよろしくね、と言い捨ててノーラが消えた。残されたのは、唖然と座り込む洋一と、艦隊から寄せられる歓声に応えて手を振るラライスリたちである。

 凄すぎる。誰の作戦かは知らないが、ここまで人をおちょくった話はない。今海に出ているカハ族とカハノク族の人たちこそ、いい面の皮だ。自分の財産と女房が攻撃してくるのだから、どうしようもない。

 これは勝てる。

 『イリリシア』はいつの間にか艦隊の先頭に立っていた。後方には多数の船が広がっていて、同じ方向に進んでいる。大艦隊といっていい。船を見ただけでは違いが判らないが、カハ族とカハノク族が左右に分かれているのだろう。

 女性たちにとっては、カハ/カハノク抗争など知ったことではないのだ。ただ、ラライスリたちについていくだけだ。

 そう、ラライスリたちだ。洋一には、やっとノーラが言っていた意味が判りかけてきた。例えばメリッサだけでは駄目なのだ。メリッサは確かにラライスリの器ではあるが、カハ族のラライスリである。カハノク族にとっては、無条件で従うには抵抗があるはずだ。例え名目上のことであっても、カハノク族はカハノク族以外のラライスリには帰依できまい。

 だから、ノーラは……というよりはどこかでチェス盤を眺めている指し手はカハノク族のラライスリを用意した。サラは日本人との混血ではあるが、一応名の通った家柄の出ではあるし、どうやらカハノク族の中ではかなり有名な美少女らしい。サラがラライスリを演るのだったら、カハノク族は誰も反対しないだろう。メリッサにラライスリが降臨した話はすでに広まっているが、そのメリッサと肩を並べているのがカハノク族出身のラライスリなら、従うのに抵抗はないはずだ。

 同じ理由で、第三勢力、ではなくてラライスリ派の巫女候補であるミナもここに立っている。カハ族でもカハノク族でもない人たちは、とりあえずミナに従えばいい。もともとラライスリ神殿の巫女なのだから、分不相応ということもない。

 そして、この三人のラライスリの主導権争いを避けるためには、その上にタカルルを置けばいい。ラライスリはタカルルの恋人なのだから、従ったって問題はないし、ラライスリの権威が傷つくわけでもない。

 ここで重要なのは、タカルルの出自である。フライマン共和国出身なら必然的にどこかの勢力に属することになってしまうのだが、日本人の洋一なら何も問題がない。完全中立ということで、抑えとしては完璧だ。

 それに、何も判らないし言葉も通じないから、下手に動き回ったり反抗したりする心配がないしな、と洋一は自嘲した。何のことはない、ソクハキリが最初に説明した通りだったわけだ。

 屈折した心情の洋一を置き去りにして、『イリリシア』は一段と速度を上げた。後方の艦隊もよくついてきている。『イリリシア』が全速を出せば艦隊ごと振り切れるだろうが、有能な船長であるシェリーの指揮で、見事に艦隊運動ができる限界の速度を保っているらしい。

 ノーラが無線機を片手に甲板に現れて、しきりに後方を見ながら話していた。どうやら、艦隊に混ざった部下たちに指示しているらしい。ひょっとしたら、カハ祭り船団やカハノク族の中にも手先がいるのかもしれない。

 ノーラは無線を切って洋一に近づいてくると言った。

「あと10分もすれば、見えてくるわよ。そこでちょっと派手に示威行動するから、これをつけて」

 手渡されたそれは、耳栓だった。

「なんですこれ」

「音楽を、ね」

 ノーラは、ラライスリたちにも耳栓を渡して船室に入った。

 洋一が苦労して耳栓をねじ込んでいると、突然ガガガッという音が響いた。続いてドーン、という重低音に混じって高い音が響き渡る。耳栓をしていても腹や骨に物理的な衝撃がきそうなもの凄い音である。

 洋一は思わず耳を押さえながら甲板を見回して、そして見つけた。巨大なスピーカーがいくつも甲板に取り付けてあって、そこから凄まじい音が響いているのだ。スピーカーは外向けに設置してあるのだが、それでもこの衝撃である。

 カハノク族船団への夜間殴り込みの時は強力なライトだったが、今度は音か。さすがタカルル艦隊旗艦『イリリシア』。色々と変わった装備を持っているものだ。どうせこれも謎のチェスの指し手の仕掛けなのだろうが。

 『イリリシア』は大音響をまき散らしながら、前方に現れた二つの船団の間に突っ込んでいった。危ないところで間に合ったらしい。あと30分も遅れたら、カハ祭り船団とカハノク族の船団はぶつかっていただろう。

 『イリリシア』が高速で突入し、その跡を新型船の集団が追っていく。飛ぶように過ぎていく左右の船の群が、翻弄されているのがよく見えた。突然現れた新型船の集団にとまどっているらしい。おそらく、中には自分の財産である新型船を見つけて慌てふためいている人もいることだろう。

 やがて『イリリシア』は次第にスピードを落とし、ついには停止した。もっとも周りの船団が動いているので、巧みに相対位置を調整しながら相対的に静止しているらしい。シェリーの腕の見せ所だ。

 タカルル艦隊の新型船は、『イリリシア』の周りを守るように航跡を描きながら走り回っていた。中には自分の亭主を見つけたのか、周りに突っかかっていく船もある。

 『イリリシア』が発する音が変化した。今までは何かのクラシック音楽のような曲だったのが、ブツッと切れたかと思うといきなり演説に変わった。大音量だが割れてはいない、かなり綺麗で澄んだ声が延々と語る。

 もちろん洋一には一言も判らなかったが、ところどころかにラライスリとかタカルルとかが混じるので、何を言っているのかは明白だった。

 演説が続いているうちに、周りを走っている船が次第に速度を落として集まってきた。洋一の位置から見ると壮観である。周囲360度が船で埋まっている。この前見たカハ族とカハノク族の船団の時と同じだが、今度の方が船密度が高い。

 突然、演説が止まった。そのまましばらく沈黙していたが、不意に音楽が始まる。今度は流れるような旋律の、綺麗な曲だった。

 洋一の目の前で光が踊った。ラライスリたちが動き始めたのだ。ややあって、周り中からどよめきが伝わってくる。

 フライマン群島の海の大祭の始まりだった。

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