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第218章

「判りました。いいですよ。とにかく、俺はラライスリたちを守ればいいんですね」

 ノーラは強く頷いた。

「ヨーイチはその認識でいいわ。彼女たちの背中を支えてあげて」

 それくらいなら出来る。というより、やらせて欲しい。

 もしノーラの言うとおり、俺にしか出来ない役目なのだとしたら、それをやるだけだ。メリッサだけでなく、ラライスリ全員に対する洋一の義務である。

 ノーラは、ラライスリたちにも指示があると言って去った。メリッサたちは、おそらく下の船室にいるのだろう。何をしているのか知らないが、全員で籠もっているのなら大体想像はつく。

 洋一はほっとしていた。今のところ、タカルルの出番はなさそうだ。

 しかし、すぐにその考えが甘かったことを思い知らされた。15分ほどでドアが開いて、美少女たちが飛び込んできたからである。

 いや、美少女ではない。ラライスリだった。それもど派手な、見ていると目がチカチカしてきそうな衣装を身に纏っている。メリッサだけではない。サラやミナ、シャナやアンに至るまで、全員がキラキラのドレス姿になっていた。この前は夜で暗かったりライトで明るすぎたりして気づかなかったが、ほとんどタカラヅカの世界ではないかと思えるくらいの派手さである。

 あのラライスリの衣装を纏った小さな影が、いつもの通りに体当たりしてくる。虚を突かれて思い切り腹で受けてしまった洋一が咳き込んでいる間にも、パットはラライスリの衣装のまま洋一にしがみついていた。

 船室の中は、美少女で足の踏み場もないほどだったが、女神たちを掻き分けてノーラが近づいて来て言った。

「ヨーイチも着替えて。あまり時間がないから」

「え、なんで俺まで」

 抗議が通るはずがないことは判っていたが、一応反発せずにはいられない。もっとも無駄な抵抗なのは最初から明白だったから、洋一はすぐに諦めて力を抜いた。

 幸い洋一の衣装はラライスリたちと違って、服ごと着替えるというものではなかった。薄手の上着を着て、その上からマントのようなものを纏うだけである。このマントも一見厚手に見えたが通気性がよく、暑いということもない。

 下は、まあジーンズでいいということになったようだ。ノーラと部下の女性が議論した結果、なるべく座ったままでいれば着替えないでも大丈夫だろうという結論になった。

「座ったままということは、あそこですか」

 嫌な思い出が蘇る。あの時はすぐに暗くなってしまったから良かったが、今度は真っ昼間である。

「もちろん。タカルルの御座でしょう」

「俺があそこにいなければならない理由がイマイチ判らないんですが」

「ラライスリたちに聞いてごらんなさい」

 ノーラが平気な顔で言うので、洋一は美少女たちを見た。全員、もとから美少女だが、さすがに盛装しただけあってさらに美少女度が上がっている。というか、まぶしい。

 真っ先にメリッサが言った。

「ヨーイチさんがあそこにいなければ、安心できません」

 サラとミナも言う。

「ヨーイチ、ラライスリはタカルルのために舞うんだ。私たちの舞を見て欲しい」

「タカルルじゃなくても、ヨーイチさんがいないと駄目です」

 年少組の少女たちは何も言わない。いや、パットだけが何か言ったが、判らなかったし誰も通訳してくれなかった。

 しょうがない。

「判ったよ」

 ラライスリたちが歓声を上げた。なぜかテンションが上がっている。これは、劇団が舞台の直前で興奮しているのと同じなのだろうか? フライマン共和国の未来を救うなどという使命感よりは、祭りを思い切り楽しもうというようなノリを感じる。

「あと1時間くらいで艦隊と合流するわ。何か食べて、トイレに行っておきなさい。水分補給くらいは出来るでしょうけれど、始まったら終わるまでは休む暇はないわよ」

 ノーラの指示で、さっそくメリッサが動いた。といっても今更料理はできないので、用意していた食料のたぐいを配るだけである。こんなに急な上に時間もないのでは、さすがのメリッサも食事の用意など出来るはずがない。

 幸い、メリッサがサンドイッチやドリンクのたぐいを持ち込んでいたので、洋一たちはその場で貪った。その間にも、ラライスリたちが一人ずつ消えては戻り、次が消えるという行動を繰り返している。みんな自分がやるべきこと、しなければならないことを心得ているのだ。

 本当に凄いメンバーだった。このチームなら、世界征服は無理でもココ島くらいは制圧できるのではないか?

 いや、それを実際にやろうとしているのだ。ラライスリの力で。

 洋一は最後にトイレに行った。これからは長丁場になるだろう。なんだか急展開で、心が追いついていない。今回の洋一の冒険の総決算になることは間違いない。これで生き残れたら、勝ちだ。

 部屋に戻るとノーラが言った。

「艦隊が見えてきたわ。そろそろ、行くわよ」

 洋一を先頭に、ラライスリたちがぞろぞろと甲板に出る。洋一が例のタカルルの御座に納まると、ラライスリたちが配置についた。不本意だが懐かしいと思ってしまう。あのときは凄かった。今回は一体どうなることやら。

「ヨーイチさん、見えました」

 メリッサの声が、洋一を現実に引き戻す。タカルルの御座はかなり高い位置にあるので、水平線上にぽつぽつと白い点があるのがよく見える。高速で突進する『イリリシア』は、みるみるうちにそれらの点に追いついていく。

 白い点は、それぞれが船だということが判った。しかも、大小の違いはあるが、みんな格好良さそうだった。カハ祭り船団のほとんどの船がボロボロだったのとは対照的だ。

「なんだあれは」

 思わず呟いた洋一に、思いがけず返事があった。

「あれがヨーイチの艦隊。3つの勢力のどこにも属さない、フライマン共和国の四番目の勢力よ」

 ノーラがいつの間にかそばに立っていた。ラライスリたちも、ノーラを注視している。

「そんなのがあったんですか!」

「集めたのよ。タカルルの威光でね」

「そんな馬鹿な」

 今や『イリリシア』は船の集団の中を走っていた。心持ち速度を落とし、緩やかに艦隊を突っ切っていく。それに伴って、船上で叫びながら手を振る人たちが見えた。もちろん『イリリシア』の美少女たちも手を振り返している。

 数隻が近寄ってきて、船上の人たちの顔が見えた瞬間、洋一は仰け反った。

「女性ばかりじゃないですか!」

 ノーラがくすくす笑った。

「カハ祭り船団を見ているから知っていると思うけれど、ああいう祭りは男の天下なの。女は参加しない。でも、女もお祭りを楽しみたいのは同じでしょう? だから、今回は女主体で艦隊を組んでみたのよ。本物のラライスリが率いる、女の艦隊よ」

 そのラライスリたちを率いるのはタカルルだけどね、と笑うノーラに、洋一はさらに疑問をぶつけた。

「しかし、こちらの女性たちには戦う理由がないでしょう」

「そんなことはないわよ。祭りだからと言って仕事を放り出していつまでも勝手に遊んでいる旦那連中への怒りは大きいわ。女房だけ留守番させられて、みんな内心はかっかきているのよ。ちょっと水を向けたら飛びついてきたわよ」

「それじゃ私怨じゃないですか」

「この際、利用できるものは何でも使うのは当たり前でしょ」

 恐ろしい話である。やはりノーラはただものではない。

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