第216章
島の娘だからだろうか?
いや、同じ島の男たちはメリッサに熱狂していた。パットにも根強い人気があり、その点男は洋一と変わらない審美眼や性向をもっていることが証明されているから、メリッサの扱いはココ島でも日本でも同じはずだ。
アマンダに吹き込まれて、メリッサの性格がひどい引っ込み思案とか臆病だとか思いこまされていたが、実際に話してみるとそんなに飛び抜けているというわけではない。
むしろ、メリッサのような立場や容姿をもって育ってきたにしては、しごくまともで素直といえる。まあ、普通の女性に比べたらちょっと飛び抜けた部分もないではないが、メリッサの魅力を損なうほどではない。
というより、今の洋一みたいにメリッサに惚れてしまえば、どんな欠点があっても見えなくなっているだろうが。
メリッサはうつむき加減に目を閉じて、激しい船の揺れに楽々とあわせている。
単純に見て、美しい。顔が見えなくても美女だと判る。
どんな無防備な姿でも美しい、というのはどういうことだろうか。ポーズの美しさは、普通意識して作らなければ現れないはずだ。
モデルの訓練は厳しいと聞いているし、形の美しさをつくるためには肉体だけでなく精神の鍛錬も必要だろう。
つまり、メリッサが今見せているのはそれとは別のものなのだ。
洋一はそこで堂々めぐりの思考をやめて目を逸らせた。
メリッサの隣にはサラが座っている。何か考え事をしているかのように、目を閉じている。
サラも綺麗だった。隣に目のくらむような美女がいるにもかかわらず、それなりの存在感を示せている。これは大変な事といえるだろう。
サラの魅力は、メリッサと正反対ともいえる。メリッサが無方向に魅力を発散するのに対して、サラは秩序だった整合性を感じさせるのだ。
だがどうしてなのか、メリッサは文句無く「美女」という表現が似合うのに、サラの方はどちらかといえば「美少女」だ。
実際には、サラの方がメリッサよりずっと精神的に安定していて大人なのだが、そういうものを越えた所でサラはまだ「少女」なのかもしれない。少女といっても、サラは洋一より一つ下なだけで、精神的には遙かに年長に違いないのだが。
いつの間にか、狭い船室の中は静まり返っていた。もちろん、後部からの爆音は続いているし、船内のあちこちから色々な音が響いてくるのだが、人の声というものが絶えてしまっている。
全員が黙りこくっている船室の空気は重かった。ただ黙っているわけではなく、ピリピリとした緊張が感じられる。みんな何か言おうとしているが、そのきっかけがつかめないというか、あるいは他の全員の出方が判らないために一歩踏み出せない、というような張りつめたものがあるのだ。
洋一にしがみついて眠っているはずのパットからもそれが伝わってくる。眠ったふりをしているだけらしい。それはみんな同じで、サラもメリッサも顔を伏せながら注意をこちらに集中しているのが判った。
たまらない気持ちだった。洋一は壊れた時限爆弾なのだ。解体処分をしたいが、いつ爆発するか判らないために近づけない。
それでも耐えていたが、洋一の我慢が限界に達しようとした時、いきなりドアが開いた。
「ヨーイチさん、ちょっとよろしいですか?」
アンが首だけ突っ込んで言った。船内の全員が、寝ていたはずのパットを含めて見守る中、洋一はどっと汗をかきながら答えた。
「ああ。何か?」
「ミナ様が、少しご相談したいことがあるので、出来ましたら上がってきていただけないかと」
「いいよ」
洋一はアンが話し終えないうちに、少女たちの抱擁を振り解いて中腰で立ち上がっていた。
狭くて揺れる中を、もがきながら進む。やっとのことで甲板に顔を出すと、ミナが無線機を片手に怒鳴っていた。
エンジンの音がやかまし過ぎて、爆音以外は何も聞こえない。全速で飛ばしている最中に無線で会話しようというのが無謀なのだが、ミナは無線機のマイクに怒鳴ってはスピーカーを耳に押し当てる動作を繰り返している。
やがてミナは無線機を置いて、洋一に怒鳴った。
「ヨーイチさん! もうすぐ乗り換えられます!」
「乗り換えるって、船を?」
「はい! ヨーイチさんも知っている船です。『イリリシア』を使えます」
「あの船か!」
ラライスリの降臨のために改装されたような、第三勢力いやラライスリ派の大型クルーザーが使えるのか。確かにラライスリたちが乗る船としては、あれ以上のものはないだろう。女神専用艦とも言うべき船なのだ。あれにはタカルルの御蓙もあって、洋一は普段着で座らされて恥ずかしい思いをしたが。
それはともかく、大きさや速度、それに装備からいったらあの船以上のものはない。今乗っている船が魚雷艇だとしたら、駆逐艦に乗り換えるようなものだ。
エンジンの爆音が五月蠅くてそれ以上話すのは疲れるので、洋一は右手の親指を立てて頷いた。ミナはそれを見るとすぐに無線機に怒鳴る。
洋一は、船室に引き返そうとして気がついた。なぜミナはこの情報を洋一に伝えようとしたのか。というより、そもそも『イリリシア』の使用に洋一の許可が必要だとは思えない。あれは第三勢力いやラライスリ派の船なのではなかったのか?
疑問が解けないまま、洋一は船室に引き返して元の場所に落ち着いた。すぐにパットがしがみついてくる。そのまま30分ほどもたっただろうか。いいかげん尻が痛くなり始めた頃、唐突にエンジン音が低くなった。周りの女の子たちも気がついたようで、暗い中それぞれ瞳を光らせる。
しかし、誰も何も言わない。
エンジン音は強くなったり弱くなったりを繰り返していたが、ついに停止した。すぐにアンが首を入れて宣言した。
「船を換えます。来てください」
少女たちが一斉に立ち上がる。いいかげん、みんなうんざりしていたようだ。素早い身のこなしで、我先に船室を飛び出して行く。それはメリッサすら例外ではなく、最後に残ったのは洋一とパットである。パットは洋一にしがみついたままだ。洋一さえ確保出来ていれば、あとはもう何も関係ないらしい。
パットを引きずって甲板に出た洋一は、目の前に懐かしい『イリリシア』が停泊しているのを見て訳もなく嬉しくなった。いや訳はあるかもしれない。今乗っている船の狭さ、暑さや爆音にはもう耐えられそうにない。
少女たちは、すでに『イリリシア』に乗り込んだようだ。簡単な渡り板が降ろされている。ふと気づくと『イリリシア』にはもう一隻の大型ボートが横付けされていて、続々と人が移っているところだった。ここまで『イリリシア』を持ってきたクルーたちが去るところらしい。
だとしたら、誰が船を動かすのだろう? 『イリリシア』は、かなり大型の高速クルーザーである。操船自体はひとりでもできないことはないだろうが、エンジンの世話や各部署に少なくとも数人のメカニックが必要ではないのか。まして、『イリリシア』はラライスリ降臨のためのギミックとして大容量の発電機と投光器を積んでいるのだ。それらの操作は素人にはできないのではないか。
少女たちがやるのかと思ったが、メリッサを含めて美少女たちは全員が政治や料理、あるいは漁には詳しくても、電気技師や機関士としての素養があるとは思えない。ミナやアンがかろうじて出来るかもしれないが、やはり無理だ。
『イリリシア』はただのクルーザーではないのである。ある意味戦闘艦なのだ。これから、カハ族とカハノク族の大船団に殴り込みに行くわけで、その武器はただ一つ、ラライスリだけだ。つまり、ラライスリ役の美少女たちの配置場所は甲板である。船内で船の世話などできるはずがない。




