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第212章

 やがてアンが戻ってきて、全員が席についた。言うまでもないが、洋一以外は全員が10代の美少女である。こんな状況は、いくら金を積んだところでおいそれと作れるものではない。億万長者ならあるいは可能かもしれないが、少女たちは誰一人として金目当てなどではない。こんなことを続けていると、若いうちに幸運を使い果たしてしまうのではないかと洋一は心配になった。

「ヨーイチさん、これを」

 いつの間にか隣にいるシャナがグラスを持たせてくれた。でかいジョッキだった。冷えている。

 続いて、コークを注いでくれた。

「それでは、とりあえず乾杯ということで」

 サラが言った。

 それを合図に、少女たちはてんでにカンやグラスを持ち上げる。

「ヨーイチさん、音頭を御願いします」

 向かいからミナが言う。訳が判らないまま、洋一は自分のジョッキを持ち上げて言った。

「その、乾杯」

「カンパーイ!」

 少女たちは、元気いっぱいに歓声を上げて手にしたグラスを打ち合わせた。さすがにアルコールはないようだ。昨夜の宴会では飲んでいた娘もいたようだが、昼日中にビールはやはりまずいのだろう。それ以上に、いつノーラから連絡が来るのか判らないのだから、酔っぱらうわけにもいかない。

 カンパイというのは日本語だな、と洋一は思った。ここまできても、少女たちは自分に合わせてくれているのだ。

 昨夜の宴会は洋一のせいで気まずくなってしまったから、今度はしっかりやらないと、と洋一は笑顔を作った。

 こういう席を思い切り楽しめる性格だったらな、と思う。大勢の女の子とうまくやるという発想が洋一にはない。

 もちろん女の子にもてたい気持ちは十分にあるのだが、いわゆるプレイボーイ的な行動はとれないのだ。

 さらに言えば、洋一はメリッサに惚れている。そのメリッサの前で他の女の子と仲良くするなどとんでもない。

 とは言っても、例えば可愛いパットになつかれて無視できるほどの鋼の心があるはずもないし、サラやミナの前でいい顔をしたいというスケベ心がないはずもない。

 そういった心の葛藤が洋一をアンビバレンツな状態に追い込んでいる。結構苦しいのだ。

 だからといって、洋一が楽しんでいないというわけでもなかった。正面には絶世の美女がビキニで微笑んでくれている。その左右にいる少女たちも、飛び抜けたと言って良い美少女だ。目を開けているだけで目の保養になる。

 そして自分のそばにはとびきり可愛い少女たち。恋愛の相手としては幼すぎるが、愛らしさでは正面の美女たちをも上回る。

 そしてその全員が、たとえ表面だけにしろ洋一に好意的なのだ。これを極楽と言わずに何と言おう。

 しかもメシがうまい。メリッサの手が入ったランチは、例えサンドイッチであっても絶品である。洋一は食いまくった。

 少女たちも、旺盛な食欲を見せていた。みんなその細い身体のどこに入るのだろうと思うほど食べている。メリッサが用意した食料はかなり大量にあったが、ものの30分もしないうちにほとんどが食い尽くされていた。

 突然、サラが立ち上がって閉会を宣言した。

 少女たちはテキパキと動き始める。

 腰を浮かせた洋一に、サラがさりげなく言った。

「片づけはやっておくから、ヨーイチはもう一度泳いでくれば?」

「しかし」

「今のうちだけよ。いつ出動要請が来るもしれないんだから」

 それだけ言うと、サラはさっさと立ち去った。見ると、メリッサとミナも微笑んだり頷いたりして去って行く。あっという間にパーティは片づけられていた。洋一などが出る幕など初めからなかったのである。

「ヨーイチ」

 パットが手を引いた。後ろにシャナがいる。アンが見えないが、ミナについていったのだろうか。どうやら、洋一は子守でもしていろということらしい。いや、洋一の方が子守されるのかもしれない。

「泳ぐか」

 洋一は観念して言った。腹も膨れていたし、さっきの疲れもとれているようだ。ここいらでちょっと海に浸かるのも悪くない。

 あいかわらず海岸は無人だった。白い砂が眩しい。適度な風があって、少し波が高い。

 だからといって遊泳禁止などになるはずもない。パットとシャナは歓声を上げて海に飛び込んでいった。

 洋一はそれより遅れて、ざぶざぶと海に踏み込んだ。海底はかなり遠くまで砂だが、5メートルも歩くと急に落ち込んでいる。足がつかなくなった時点で息を吸い込んで潜った。

 そのまま海底まで降りて座り込む。見回してみると、あちこちに魚の影が動いていた。

 ひときわ大きな影がまっすぐに洋一に向かっていた。早い。ところどころ輝く短い金髪をなびかせて、パットは洋一のそばに舞い降りてきた。

 いったん洋一の隣に着地すると、思い切りジャンプして海面に飛び出す。その勢いで洋一の回りの砂が舞い上がった。

 パットはすぐに降りてきて、洋一のマネをして海底に座った。洋一にしきりに頷きかける。

 洋一が見ていると、パットは砂を掘った。白い煙が舞い上がった。その反動で身体が浮き上がり、パットはあわてて洋一の頭につかまった。そして、肩を伝い降りてくるとちゃっかり洋一の背中にくっついてしまった。

 行動が予測不能である。

 そのあたりで息が切れてきたので浮上する。海底にとどまるために思い切り息を吐き出していたので、水面でぜいぜいと喘がなければならなかった。

 その間もパットは洋一の背中にしがみついている。思い切り首を締め付けてくるところは、まるで何とかいう妖怪のようだ。

 洋一はもう一度潜った。パットを背負ったまま、ひたすら潜る。パットはすぐに離れていった。洋一が急に潜ったので、息が切れたのかもしれない。

 そのあたりはもう数メートルの水深があった。洋一は水底に足をついて、周りを見回した。

 そのとき、辺りが明るくなった。太陽が雲の切れ間からでたのだろう。とにかく、海底が白く光って、海の中が思いがけないほど遠くまで見通せた。

 あちこちに岩が突き出ている以外はおおむね平坦な砂浜である。魚の群が乱れ飛んでいるが、思ったほど多くはない。ここは漁港のすぐそばだから、魚たちは船や人には慣れているはずだが。いや、だからこそ近寄ってこないとも考えられる。

 洋一の視界ぎりぎりのところを、かなり大きな影が横切っている。一瞬鮫かと緊張したが、その影には2本の足があった。シャナだ。

 シャナはゆったりと向きを変えて、洋一に向かってきた。両手をぴったりと身体につけて、足だけで推進している。それでも早い。

 シャナは洋一の目の前で止まり、腕を広げてバランスをとりながら着地した。非常に優雅な動きである。

 この辺りでも海流が結構強い。洋一などは直立しているだけでもぶざまに手を動かさなければならない。それに比べて、この人魚は余計な動作をまったくしないのだ。その動きは洗練されていて、単なる島の娘を遙かに越えているような気がする。パットがイルカなら、このシャナは人魚だ。

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