第210章
頂上、といっても海面から1メートルも出ていないのだが、そこは数メートル四方の比較的平らな場所だった。すでにサラとミナがゆったりと落ち着いている。
洋一はそろそろと中央まで進み、そこに腰を降ろした。正直立っているのが辛いくらいである。バテていた。
パットがさっそくやってきて、洋一の隣に寝転がる。くっついてこないのは、さすがに暑いからだろう。シャナもその隣にそっと座った。
ようやくひと心地ついて見回すと、サラと目が合った。
サラは大胆なビキニをつけていた。派手な原色で、肢体を覆っている部分が最小になるたぐいの水着である。
サラのイメージとは正直言ってミスマッチだったが、身体の線が綺麗なせいかよく似合っている。さしづめ、海岸のミスコン出場資格十分といったところだ。
ミナの方は、競泳用らしいワンピースだった。こっちはイメージそのままで、ミナの魅力が強調されていた。いかにも俊敏で強固な、鋭い鋼の印象である。ミナも、一番最初に出会った時のイメージに戻ったようだ。
洋一はふらつきながら立ち上がってみた。メリッサはどこにいるのだろう?
海面には、あの豪奢な金髪の輝きがない。さっきはかなり沖で泳いでいたような気がしたが、あれからどこかに行ったのだろうか?
「ヨーイチ、私たちは戻るけど、まだここにいる?」
サラが言った。
「もうちょっと休んでからにしたい」
「判った。うっかり寝たりしないでね。日射病になるかもしれないし、そうでなくてもあと1時間くらいでここは沈むから」
サラはそういうと、綺麗なフォームで水に滑り込んだ。ミナも洋一に頷くとサラに続く。どうも、少女たちの態度が微妙に違っている。
毎日のように態度を変えられると、洋一としても混乱するばかりだが仕方がない。とにかく、せいいっぱいやっていくしかない。
島の上の人間はこれで3人になった。
パットはすでに寝込んでいる。無意識だろうが、身体を丸めて太陽から顔を隠していた。
しかし、白い肌が容赦なく紫外線にさらされていて、このままでは日焼けでひどいことになりそうだ。洋一は自分の身体で影を作ってやったが、根本的な解決にはならない。もう少ししたら、起こして海に入れるしかない。
シャナはさすがに考えているらしい。水際まで降りて、海水を身体にかけている。シャナの肌はすでにこんがりと焼けたような色合いだが、これ以上黒くなりたくはないのだろう。
シャナは不思議な少女だ。人種的にはほぼ東洋人で、彫の深さと髪の色からある程度の混血を思わせる。もっともこの程度なら、日本人にもよくいる程度だから混血と決まったわけではない。ローグじいさんの孫かひ孫だと言っていたから、白人種の血も入っているはずだが、少なくとも外見的には判断がつかなかった。
そんなことはどうでもいいが、シャナについては洋一も判断が出来かねている。外見通りの子供だとはとても思えない。かといって、大人というわけでもない。精神年齢で言えば洋一自身より高いのではないかと思うくらいなのだが、少女としての部分も多分にあって、うっかりしたことも言えない。
頭が良すぎて何でも判っているように思えるが、本質はほんの少女なのだ。素直で純真だから、洋一が口をすべらせただけでどう解釈されるか判らない。いやが上にも慎重になる必要があった。
それにしても気持ちがいい。直射日光にさらされているわけだから暑いのだが、適度な風があるため、不快ではない。
空は綺麗に晴れ上がっている。海は蒼い。リゾートそのままである。
その時、輝きが洋一の視界をよぎった。
みるみる近づいてくる。と思う間もなく、メリッサが浅瀬で身体を起こした。
ビキニの水着をつけたメリッサは、海の女神そのものだった。そういえばラライスリは海の象徴なのだ。
豪奢な金髪は、濡れてぴったりと頭や身体に張り付いていて、完璧といっていい頭の形が露わになっている。
身体の線も完璧だった。モデルというには肉付きが良すぎるが、白人種の体型としてはほっそりしていると言うべきだろう。
改めて水着姿を見ても、メリッサは完全な白人種に思える。髪や瞳の色、肌の白さや手足の長さ、腰の高い体型などは白人の特徴だ。しかし、顔つきや全体の印象からすると、どことなくオリエンタルなイメージがある。
そしてそれがメリッサの美貌をいやが上にも強調していると言える。この見ているだけでひきつけられるカリスマは、メリッサという存在の根本的な部分から発散される違和感に負う所が多い。
女神は、全身から海水をふるい落としながら昇ってきた。まっすぐ洋一の方を見つめて微笑んでいる。紫色の瞳が洋一の心を射抜くようだ。それは、まさに海の女神が立ち上がってくるようで、どうみても普通の人間とは思えなかった。
だが、そんな感傷は洋一の方だけらしい。メリッサ本人は何も気づいていないのか、さっさと昇ってくると洋一のそばに立った。
「ヨーイチさん! ここ、座っていいですか」
洋一はやっとのことで頷いた。舌が金縛りにあったみたいに動かない。
メリッサはしなやかに腰を降ろした。まだ濡れている身体のあちこちからしぶきが飛ぶ。洋一にも降りかかって、その感触がようやく洋一を解きはなった。
「ずっと泳いでたのか」
「はい。久しぶりに思い切り。疲れました」
「鮫かなんかいないのか?」
「ここにはあまりいないはずです。しょっちゅう船が出入りしていて、鮫は敬遠しますから。それでも時々入り込みますけれど」
「大丈夫なのか!」
「怪我でもして、血の臭いでもさせないかぎり寄ってこないです。鮫にしてみれば、人間って結構大きな図体ですから、獲物にしにくいんですよ」
メリッサは、あいかわらず洋一に対して敬語を使う。そういう言葉しか知らないのかもしれないが、目の前にいる美しい生き物が洋一にへりくだってくれるという事に、どうしても違和感がつきまとっていた。
威張らなくてもいいから、せめてタメ口で話してくれないかと思うのだが、洋一の方からは言い出しにくい。それに、ヘタをすると誤解される恐れもある。
洋一は、泳がせていた視線をちらっとメリッサに戻して、ビキニの胸の谷間をもろに見てしまった。
この程度なら、日本だって海水浴場あたりに行けばちらほらはいる、と判ってはいる。しかし、理性では感情を押さえきれない。
むりやり視線をもぎはなして、洋一は立ち上がった。呟くように言い訳をする。
「パットが日焼けしそうだから、起こして水に入れないと」
その途端、パットがむっくりと頭を上げた。どうも狸寝入りだったらしい。
パットは、洋一の隣に座っている姉に向けてレーザー光線のような視線を放った。メリッサも同じくらい強力な視線で迎え撃つ。
洋一は気づかなかったふりをして、その場から逃げ出した。
海にはいると心地よい冷たさが身体を包んだ。思い切り頭まで潜る。火照った身体が冷えると、これは快感だった。
腹の辺りの深さで足をつけて立ち上がる。
すると、目の前に肩まで水に浸かったシャナがいた。




