第205章
もっとも別に大した問題ではない。メリッサとは、彼女が軽食を持ってきてくれた時に会っているのだし、洋一がメリッサの行方を知っておかねばならない理由はないのだ。
でも、やはりメリッサと会いたい。
こういう星空を、メリッサといっしょに見られたらいいのだが。
ああ、それにしてもみんなにはひどいことをしてしまった。楽しい宴会をぶちこわしにして、風呂でふてくされていたりして、一体何様のつもりなのか。
みんなは怒っているはずだ。少なくとも、これからは洋一に距離を置いて接するようになるだろう。
それもみな、この衝動のせいだ。
自虐的な快感をひとしきり味わった後、洋一は思いだし笑いをした。サラもミナも、いつもの通りに接してくれた。ひょっとしたら、そんなにひどいことになっていないのかもしれない。メリッサは気にしている様子はなかったし、年少組は面白がっているだけに見えた。可愛いパットもいつも通りだった。
まだ手遅れではないのかもしれない。
いつの間にか眠っていたのだろう。洋一はいきなり目を覚ました。
寒い。身体が冷えている。
まだ夜中だった。天の河が少し移動している。それ以外は、何も変わっていない。しかしワインの酔いはすっかり醒めていて、気持ちよく暖まっていた手足は冷え切っていた。
やはり、ココ島でも夜中には冷えることもあるのだ。今日のように晴れ渡っている日は特に冷え込むのかもしれない。
そばにワインの瓶が転がっていた。まだ少し残っている。洋一はグラスと瓶を取り上げて立ち上がった。
ここは、もう一度風呂だろう。パットたちもとっくに上がっただろうし。
長い階段を下ると、2階の廊下は静まり返っていた。明かりも消されている。忍び足で歩いて、ホールに向かう。客室のドアはいずれも真っ暗だった。みんな寝ているらしい。
ホールも暗かった。というよりは闇に近い。広い窓から星明かりが入って、やっと周りがかすかに見えている。
洋一はほとんど手探りでホールを横切り、風呂の入り口に向かった。
ちょっと心配したが、ドアには鍵がかかっていなかった。その代わり、階段は真っ暗である。勘で手探りすると、運良くスイッチがあった。
一瞬にして辺りは光に包まれる。
目を隠したまま階段を降りる。とりあえず、この分では風呂に先客がいるなどという事態は避けられるだろう。
脱衣場も闇の中だったが、階段の明かりで何とかスイッチを見つける。
露天風呂も、脱衣場からの明かりでやっと水面が見える程度である。こっちには明かりがない。どこかにあるのかもしれないが、スイッチが見つからないので、洋一はドアを開けっ放しにした。
籠に服を入れて、今度は用心のためにバスタオルを持って風呂場に向かう。手の届くところに置いておかないと、万一ということがある。
ワインは風呂に合いそうにもなかったが、とりあえず一緒に持ち込むことにする。
湯は、かなり冷えていた。
考えてみれば、本物の温泉であるはずがない。どこかにボイラーがあるはずで、最悪の場合は水が抜かれていたかもしれないのだ。多少冷えていても、まだ十分風呂として入ることが出来るだけの湯が残っていたのは僥倖かもしれない。
洋一は肩まで浸かって一息ついた。冷え切っていた身体が少し暖まってくる。だが、やはりアルコールを入れた方がいいかもしれない。
ワインの栓を抜いて、グラスに注いだとき、どこかでボンッというかすかな音がした。
しばらくして、じわっと暖かい湯が肩にしみてくる。どこからか、お湯が沸き出しているのだ。湯沸かしが動き出したらしい。
ということは、誰かが洋一のためにボイラーに点火したということだ。いや、必ずしも洋一のためではないかもしれない。誰かが夜中に風呂に入りたくなり、自分のためにやったという可能性もある。
いずれにせよ、その人物は風呂にやってくるはずだ。洋一は身を堅くして待った。
風呂はどんどん暖かくなっていく。かなり強力なボイラーを使っているのだろう。
依然として、風呂には誰も入ってこない。湯が沸くのを待っているのかもしれないと思ったが、そのうちにどこかでため息がもれるような音がして、ボイラーが止まった。それでも、人の気配すらなかった。
そうすると、その誰かは洋一の気分を重視して、湯沸かしだけをやったわけだ。気配りとしては見事なものだが、洋一は少し不快になった。どうも、見えない所から監視されているような気がするのだ。
こういうことをやるのはミナあたりだろうか。サラはもっと堂々とやりそうだし、メリッサなら風呂を沸かすだけでなく夜食の差し入れくらいはもってきそうである。
いつの間にか、少女たちの性格まで把握してしまった。
別に洋一の人物観察眼が鋭いというわけではない。それだけ少女たちが、自分を偽らない真っ直ぐな性格だということだろう。
もっとも洋一にそう思わせておいて、実は全然違うのかもしれないが、そうではなかろうと洋一は踏んでいた。性格は行動に出るのだ。
例えばミナは複雑な性格で、色々なパターンをもっているように見えるが、芯のところは同じである。自分では器用に演技しているつもりかもしれないが、実はむしろ不器用で真面目すぎるミナが見えている。
もちろん、ミナと普通に接触した程度では判らないだろう。洋一のように一日中行動を共にして、初めて見えてくるものだ。
サラもそうだ。悲しいくらいに真面目で責任感の強い、苦労を自分で背負い込むタイプのリーダー。
メリッサは、おそらくみんなの中では一番強いかもしれない。何者も彼女を動かすことは出来ない。メリッサ自身の確固たる行動指針が、メリッサを動かす唯一の羅針盤だ。
それにしてもまあ、よくこれだけ粒が揃ったなと思えるような美少女ばかりだった。もちろん人間なのだから、それぞれ欠点はあるし洋一の審美眼から外れる部分もたくさん持っている。しかしその欠点を補ってあまりある長所が輝いているような少女たちばかりなのだ。
それだけに洋一の立場は辛い。恋をしても、表に出せない。あの3人なら、今の状況で惚れたはれたにうつつを抜かす洋一を相手にしないだろう。たとえ、万一その気になっていても、チームの感情を考えてその感情を殺してしまうに違いない。
またしても長湯してしまった。
洋一はフラフラになりながら脱衣場に戻った。誰もいないことを確認する。
しばらくの間は拭いても拭いても汗が吹き出てくる。バスタオルを腰に巻いてぼんやりと座っていると、これは至福の時と言ってよかった。
今度こそ眠れそうである。なんだか寝てばかりいるようだが、それだけ疲れていたということだろう。
やっと汗が引いてきて、洋一はのろのろと服を着込むと明かりを消してから階段を昇った。
ホールは依然として真っ暗だった。誰もいないようだ。
とりあえず厨房で水を飲む。冷えた水がうまい。
2階へ昇ろうとして、洋一の足が止まった。
みんなは今、2階にいるはずだ。おそらくそれぞれの部屋で眠っているだろう。そして、洋一は彼女たちがどの部屋にいるのか知らない。
万が一、間違えて踏み込んだりしたら大変なことになる。夜這いそのものだ。いや、鍵のかかったドアをガチャガチャいわせただけでも、運が悪ければまずいことになるかもしれないのだ。
困った。