第204章
「ちょっと待ってて」
サラは洋一を椅子に座らせると、さっさと部屋を出ていった。一人残された洋一は落ちつかなげに辺りを見回しながら待っているしかない。
数分でサラは戻ってきた。しかも、新しいグラスと酒瓶を持っている。さっき洋一と鉢合わせたのも、新しい酒を調達するために部屋を出ようとしていたかららしい。
「お待たせ。ヨーイチも飲むよね」
言いながら、サラは既に腰を降ろしていた。グラスを洋一の前に置いて、つぎ始める。暗い赤色をしているところを見ると、どうやらワインだ。
洋一は突然気がついた。
サラはすでに一人で1本空けてしまっているのだ。明らかに酔っぱらっている。
どうすることも出来ないまま、洋一はグラスを取り上げて合わせた。
サラは豪快に飲んだ。さすがに一気に飲み干すようなことはなかったが、一度でグラスの半分くらいまで干して小さくしゃっくりをする。
「おい、サラ、大丈夫か?」
「平気。このくらい何でもない」
歯切れはいいが、サラらしくない言い方だ。やはり酔っている。洋一にはどうしようもない。
仕方なく、洋一もチビチビと飲み始めた。酒と言えばビールの洋一だが、ワインの味も嫌いではない。ビールより高いからめったに飲まないだけだ。
サラは黙って飲んでいた。酔うと饒舌になるタイプではないらしい。サラはやはり、ハードボイルドなのだ。
洋一も押し黙って飲んでいた。妙なことに安心感がある。普通なら気まずい雰囲気になってもおかしくない、というより当然なのだが、サラとは黙っていても通じているような気がするのだ。
サラは綺麗だった。大胆に椅子に座り込んでいて、行儀は悪いのだが、なぜか凛としたイメージがある。今は美少女というイメージではないが、いっしょに酒を飲む相手としては最高かもしれない。女としてではなく、友人としてという意味だが。
サラのグラスはすぐに空けられ、サラは無造作にワインをつぎ足した。ピッチが早いような気がするが、洋一にはサラのもともとの飲み方が判らない。
だがサラはコルクを締めた後、グラスを手に取ろうともせずに押し黙っていた。
やばい。
反射的に、洋一は動いていた。サラのグラスを取り上げる。そしてぎりぎりまで自分のグラスに移す。ろくに飲んでいない洋一のグラスがいっぱいになっても、サラのグラスはそれほど減ったようには見えなかった。
静かにサラのグラスを戻す。そして初めてサラに目を向けると、あっけにとられたような表情のサラがいた。
「……ヨーイチ、それ、アピールのつもりなの」
ややあってサラが妙に間延びした口調で言った。あいかわらずグラスには手を出していない。
「いや、サラの飲み過ぎを少しでもくい止めようと思って」
一瞬間があって、プッとサラが吹き出した。
しばらく声を押し殺して笑い続けた後、サラは目を上げた。その間、洋一は半笑いを顔に張り付けたままである。
「ありがと。ヨーイチの気持ちは受け取った。心配かけてごめんね」
「……」
「なんか、今ので酔いがさめちゃったみたいだから、もうやめる。私もおフロに入ってくる」
サラはゆったりした動作で立ち上がりながら言った。
「というわけで、ヨーイチ、悪いけれどこれでお開きにする。これ、持っていってね」
あれよあれよという間に、洋一はワインの瓶とグラスを押しつけられて追い出された。
サラは最後にもう一度「ありがと」と笑顔を見せて、ドアを閉めた。
洋一は廊下に突っ立ったまま、脱力していた。まあとにかくサラを元気にするという目的は達したようだ。謝ったわけではないのだが、サラの機嫌が直ったのだからよいとしよう。
都合のいい論理を組立て、洋一はぼんやりと歩いた。ふと手にしたワインを見る。まだ半分以上は残っている。
ホールに戻ったら、今頃はパットたちがいるかもしれない。ここは一人で飲み直したい。
今は誰かと話すのも面倒だった。自分の部屋に帰っても良かったが、パットあたりが押しかけてくる公算が大だ。
洋一は向きを変えて、突き当たりを目指した。人目につかない部屋か何かがあるかもしれない。
そこには小さなドアがあった。影になっているので、よく見ないと気づかないくらいだ。開けてみると、一人がやっと通れるような狭い階段が上に向かっている。
洋一はためらいもなく踏み込んだ。
20段ほど昇ると、階段は直角に向きを変えてさらに上に続いた。最初は屋根裏部屋かと思ったが、それ以上に昇っている。突き当たりでもう一度90度向きを変えて、さらに小さなドアがある。
開けると、目の前に海と星空が広がっていた。
そこは2メートル四方くらいの展望台だった。本来は屋根の修理などを行うための作業場なのだろう。3方を手すりが囲んでいる。
角度からいって、建物の回りからは死角になる。ここなら、誰にも見られずに海を監視できるわけだ。
ひょっとしたら、まさにその通りの目的に使われているのかもしれない。階段は狭かったが、一応掃除されているようで綺麗だった。
何はともあれ、今の洋一にとってはありがたい場所である。洋一はあぐらをかいて座り込むと、ワインをグラスに注いだ。
この場所は、露天風呂というかあの展望風呂の真上あたりにあるのだろう。景色が大体同じである。違うのは、こっちには満天の星があることだ。それに視界が180度開けていて、快適この上ない。
どうせならここに風呂があれば良いのにと思ったが、さすがにそれは無理だったのだろう。いや、本来なら屋上にでもしてビヤガーデンでも開けば流行るような気がするが、それは日本的発想であって、ココ島ではそういう無粋なのは流行らないのかもしれない。
どうも、この宿も随所に日本的なアイテムが目に付くが、そういう所は取り入れてほしくはない。
ワインは旨かった。
そのうちに身体が暖まってきて、洋一は浴衣を脱ぎ捨ててシャツだけになった。ついでにひっくり返る。床は、日本の物干し台のような木で出来ていて、寝転がると気持ち良かった。
こうやって仰向けに横たわっていると、目に映るのは星ばかりだった。空気が汚れていないせいもあって、怖いくらいの数の星が洋一を見下ろしている。天の河もはっきり見えるどころか、その光で本が読めそうだ。
ワインが心地よく身体中を回っている。理想的な酔い方をしていた。上等のワインだったのかもしれない。憂さ晴らしの酒よりは、こっちの方がずっといい。
洋一はぼんやりと考えていた。
露天風呂にいたのは年少組の3人だった。その後ミナとホールで会って、ミナも風呂に行った。洋一はそれから2階にあがってサラと会い、結果的にはサラに部屋を追い出されてここにきたわけである。
すると、メリッサはどこにいるのか。風呂やホールにはいなかったから、多分2階の別の部屋か、あるいは外かもしれない。