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第203章

 階段を昇る足は重かった。みんながせっかく楽しもうとしていたのに、小学生みたいに気分をぶちこわしにして逃げてしまったことを思うと、とても顔を見せられる立場ではない気がしてくる。

 それでも責任はとらなければならない。洋一は悲壮な覚悟でリビングに戻った。

 リビングはしずまり返っていた。誰もいない。テーブルも大半が元の場所に戻されていた。一部にふきんをかけた皿が並んでいるだけで、あの宴会の豪華さは跡形もない。

 あれからどれくらい時間がたったのか?年少組の3人が風呂に入っているのだから、宴会はとっくに終わったはずなのだが、そんなに時間がたったとは思えない。やはり洋一のせいでお開きになってしまったのだ。

 洋一は力無く腰を降ろした。

 力が抜けて何をする気力もない。

「コーヒーでもいかが?」

 いつの間にか誰かがそばに立っていた。

「ミナ」

「どうしたんですか。元気ないですよ」

 ミナは屈託なく笑って厨房に行き、すぐにカップを持って戻ってきた。ミナの分もある。

 ミナはそのまま洋一に向かい合って座る。

 洋一は何も言えなかった。ミナの顔もまともに見られない。

「気にすることないです。みんな結構楽しみましたから」

 ミナがさらっと言った。

「そうなのか」

「主役がいないので、早々にお開きにしてしまったけれど、大したことではないです。……今までヨーイチさんにご迷惑をかけてきたことを考えると」

 そこでミナの口調が変わった。

「でもヨーイチさん」

「え?」

「判っているとは思いますが、この件のフォローはちゃんとやって下さいね」

 洋一は何も言えない。ミナは真剣である。

「言うのが私の役目だと思うから言いますけど、あのままじゃサラさんが可哀想です。こんなこと言って逆効果かもしれないけれど、ヨーイチさんは優しい人だって思ってますから」

「そうだね」

「とりあえず、それだけです。……フェアでしょ? 私」

 ミナの口調がまたいきなり変わった。

「サラさん、チャンスですよね。私なら良かった。けれど、私だとヨーイチさんは警戒してしまうから駄目かも」

 早口で言って立ち上がる。

「あ、サラさんは2階にいるはずですよ。では」

 言うだけ言って、ミナはあっという間に去った。コーヒーを飲み干して流しに置くと、そのまま露天風呂のドアを開けてその中に消えたのである。風呂に入るのか、あるいは逃げたのか。

 洋一はげっそりして頭を抱えた。「恋の鞘当て」ゲームはまだ続いているらしい。しかも、どうやらますますエスカレートしているようだ。

 洋一が拗ねて露天風呂に逃げた原因は、サラにあると思われているらしいのだ。サラは洋一に余計な口出しをしたために嫌われた。だからミナは洋一からなぐさめてやれ、という。

 思えばメリッサが妙に機嫌が良かったのもそのせいかもしれない。自分も自分の料理も無関係だし、ライバルが減ったくらいに思っていても不思議はない。

 腹が立つのは、これがゲームでしかないということだ。

 女の子たちが残酷なゲームを仕掛けてきているのだ。洋一にも、それは何となく判る。本当の恋愛沙汰だったら、こんな風に展開するはずがないからだ。

 そして洋一は、いやおうなしにこのゲームに乗らなければならない。ゲームにつき合わなければ、少女たちは洋一を見捨ててしまうかもしれないからだ。そうなったら何もかもぶちこわしである。

 いっそぶちこわしてしまいたいという凶暴な思いが沸いたが、洋一は努力してそれを押さえつけた。今の状況が、洋一の感情など意味を持たないくらい重要なもので、しかもそれが危ういバランスの上にやっと成立しているものだということは判っている。これは奇跡のようなもので、もしこれが崩壊したらもう後はないだろう。

 カハ族とカハノク族の軋轢が今どうなっているのか判らないが、その2つの勢力の代表とみなせるような人物がいっしょに動けるグループがあるというだけで、解決の可能性は一気に高くなる。しかも、洋一といういわば中立の立場の日本人がそれを率いているとすれば、うまく使えばこのカードで紛争終結までもっていけるかもしれないのだ。

 だから、洋一はこのゲームに参加せざるを得ない。

 つらいことだった。洋一にとってはゲームではないのだ。メリッサに恋している以上、他の女の子の機嫌をとったりみんなとうまくやってゆけるよう動くのは、彼女への裏切りになるかもしれない。その結果、メリッサの信頼を失ってしまえば、この恋は終わりだろう。

 日本にいる時には夢にも考えたことがなかった、仕事と恋とどちらを取るかという、古典的かつ笑うしかない悩みに洋一は囚われていた。

 仕方がない。

 洋一はコーヒーを残したまま立ち上がり、思い切りよく階段を昇った。考えていても事態が進展しない以上、嫌なことは早く済ませてしまうに限る。

 いや、「嫌なこと」と決めつけるのはサラに失礼だろう。それにサラに謝るのは別に嫌なこととは言えない。ただ状況に押し流されているのが気持ち悪いだけで、サラの信頼を取り戻すのは絶対に、一刻も早くやらなければならないことなのだ。洋一自身の心の安定のためにも。

 2階は静まり返っていた。廊下の明かりも半分くらいしか点いていない。もう寝てしまったのか。年少組の3人とミナは風呂だから、あとはメリッサとサラしかいないし、この2人だったら何時間でも黙っていることが出来そうである。

 洋一は深呼吸して、一番近くにある部屋を覗いてみた。

 誰もいない。使われていないらしい。

 なんだかかくれんぼでもやっているみたいな気になってくる。

 次のドアに近づくと、ドアがいきなり開いた。

「わっ!」

「きゃっ!」

 サラが棒立ちになっていた。

「……驚いた。ヨーイチ、いきなりどうしたの」

「いや……」

 言葉が出ない。

 サラは不意ににっこり笑って洋一の手をとった。部屋に引きずり込む。

「ちょうど良かった。退屈してたの。つき合って」

 どきっとするような事を平気で言うということは、多分そういう気は全然ないのだろう。

 サラの部屋は、シングルベッドが2つ並んだツインタイプだった。部屋はあまり広くない。アメリカ型のホテルでは無駄に広い部屋が多いが、ここは違うらしい。それでもホテルらしく、窓際にはテーブルと椅子のセットがあった。

 テーブルには酒の瓶とグラスがある。どうやらサラは一人でやっていたらしい。

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