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第202章

 ちょっとぼんやりしていたらしい。

 いきなりドアが開いて、黒い塊が飛び込んできた。

「ヨーイチ!」

 ばしゃーん、と派手な飛沫を上げて洋一に飛びついてきたのは、言うまでもなく可愛いパットだった。

 平気で体当たりしてくるパットを思わず抱いてしまって、洋一は一瞬パニックになったが、洋一の手に触れた感触は肌ではない。

 パットは裸ではなかった。水着を着ている。

 一瞬にして頭に昇った血がどっとひいてゆく。良かった。危ないところだった。

 開けっ放しのドアの向こうがざわついている。と思う間もなく、ひょいっというかんじで小さな影が出てくる。

「ヨーイチさん、ごいっしょさせて下さい」

 薄暗がりの中でシャナが微笑んでいた。もちろんシャナも水着をつけている。しかし、パットがスクール水着のような暗色のワンピースなのに、シャナの方は白っぽいセパレーツだった。だからどうというわけでもないが、洋一は一瞬ロリコンと言われる人々の趣向が理解できた気がした。

 シャナはつつましく風呂に滑り込んでくると、肩まで風呂に浸かってタオルを頭に乗せた。一応日本式の風呂の入り方を真似しているつもりらしい。この少女はいちいち洋一の心の琴線に触れてくる。

 最後にドアがのろのろと開いた。小柄な影がしぶしぶといったかんじで入ってくる。

 アンはなぜかバスタオルを片手に持っていた。このまま湯に浸かるつもりかと思ったが、アンはまっすぐ洋一の方に向かってきた。

「ヨーイチ様、あがる時にはこれをお使い下さい。ミナ様からの伝言です」

 洋一は青ざめた。

 そういえば洋一は全裸なのだった。パットに襲われた時に、とっさにタオルで股間だけは護ったものの、少女たちに居座られたら湯から出られなくなるところだった。

 さすがにミナ、先見性と気配りについては彼女の右に出る者はいない。

 洋一はさりげなくタオルを受け取った。パットを引き剥がして、バスタオルを湯に沈める。あぶくが盛大にあがってきたが、そんなことにかまってはいられない。

 かなり無理な姿勢でタオルを腰に巻いて、やっと一息ついた。これでとりあえず少女たちに全裸をさらす気遣いはなくなった。

 アンは用心深く、洋一が支度を終えるまで控えていてから湯に入ってくる。どうも警戒されているらしい。ちなみにアンの水着はホワイトの肩出しワンピースだった。これはこれで可愛い。

 パットがまた近寄ってきたので、洋一はとりあえず牽制するために立ち上がった。そのまま足だけ浸かった状態で岩に座り込む。夜風が濡れた身に滲みる。それでもパットに全身ひっつかれるよりはましだった。

 パットは不服そうな顔だったが、諦めたらしい。洋一の足下で手足を伸ばして横になった。

 薄暗い中で、洋一と3人の少女たちが黙って見つめ合っていた。

 洋一にとってはスリルそのものだったが、少女たちは面白がっているらしい。中でもアンはミナに色々言い含められてきたらしく、興味しんしんで洋一を凝視している。

 ふとシャナが動いた。ゆっくりと移動して、パットの隣に座り込む。洋一から見ると、綺麗に足を揃えて横座りしたシャナを斜め上から見下ろす格好である。その反対側にはパットがいる。

 洋一の足にふれんばかりの近距離だが、触れてはいない。むき出しの肩がほんのり光っていて綺麗である。

 パットは疑わしそうな視線を向けていたが、やがてプイと横を向いた。美しい姉以外にはかなり寛大なのだ。

 洋一は、わざとらしくくしゃみをしてから立ち上がった。

「ちょっと冷えてきた。上がるよ」

「はい」

 シャナが感情を込めずに答える。アンは吹き出しそうな表情をしていた。パットはちらっと洋一を見上げたが、また目を閉じてしまった。怒らせたのかもしれない。

 しかしそんなことにかまっていられないくらい、洋一は限界寸前だった。

 相手はほんの幼い少女たちなのだ。洋一にロリコンのケがない以上、いっしょに風呂に入っていたってどうってことないはずだ。まして、風呂とはいえ少女たちは水着をつけているのである。

 理屈ではそうなのだが、問題は洋一がタオルでガードしているものの、パンツを履いていないということである。この状態で幼いとはいえ女の子といっしょにいてどれくらい耐えられるのか。洋一はがんばった方かもしれなかった。

 ことさらゆっくりとドアを開けて更衣室に入る。ずぶぬれのバスタオルから大量の水が滴っていたが、かまってはいられない。洋一は浴衣を脱いだ籠に駆けつけ、唖然となった。

 ない。

 洋一の服どころか、浴衣すら持ち去られているのだ。

 子供のいたずらでもあるまいし、これはあんまりなんじゃないかと呆然と佇んでいると、目の前にメリッサが現れた。

「ヨーイチさん、もう上がったんですか」

 振り返ると、目の前に息をのむほどの美貌があった。

 メリッサは小さな包みを抱えていた。着ているのは浴衣である。金色の髪の毛が完璧な卵型の顔の両側から流れ落ちていて、浴衣の両肩を覆い隠している。

 そしてメリッサはなぜか上気していた。深い紫色の瞳は潤んでいるようで、白い頬も心なしかバラ色に染まって見える。何よりいつも毅然としていたはずのメリッサが、少し崩れているようだった。

「あ、ああ。寒くなってきたからね」

「ちょうど良かった。これ、着て下さい」

 そう言ってメリッサは抱えていた包みを差し出す。それは紙袋のようだった。

「服か。もう乾いたのか?」

「開けてみて下さい」

 メリッサはいたずらっぽく言う。今のメリッサには、女神だったときの禍々しいイメージはなかった。もっとも正視できないほどの美貌は健在で、洋一はうつむきながら袋を開けた。

 入っていたのは下着と、男物の開襟シャツにジーンズのズボンだった。もちろん、洋一のものではない。

「ヨーイチさん、着替えがないみたいなので、サラさんがノーラさんに頼んで取り寄せてくれたんです。サイズは合っていると思います」

 熱心に言うメリッサは、とても幼く見えた。そうするとパットとの共通点が浮き上がって見えてくる。目鼻立ちはよく似ていて、メリッサが年長な分、より彫りが深いというだけの差だ。パットもあと数年したら、このメリッサと同じくらいの美女になるだろう。

 洋一はボソボソとお礼を言って背を向けた。メリッサは微塵も曇りを感じさせない笑顔で階段の上に去った。

 どうやら、洋一が宴会中にスネて逃げ出したことは大した問題になっていないらしい。そう思うと何となく腹立たしかったが、ほっとした気分の方がはるかに強い。

 風呂の方を確かめて、洋一は素早く服を着込んだ。濡れた肌にじかにパンツやシャツを着込んで気持ち悪かったが、いつパットたちがこっちに来るかと思うとそんなことにかまってはいられない。

 露天風呂の方はしずまりかえっていた。シャナやアンはともかく、パットが黙っているというのは想像しにくかったが、あえて何も考えないことにする。

 いずれにせよ洋一としては風呂に戻るわけにはいかない。つまり、リビングに戻るしかない。

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